大晦日まで仕事をすることなんてない---- そんなことを思いながら、香穂子は時計とにらめっこをする。 もうすぐ今年も終わる。 年越しの瞬間は、大切なひとと過ごしたい。 だからこうして、吉羅の家に来て、帰ってくるのを待っている。 だが、大好きなひとはまだ帰っては来ない。 香穂子は時計を見ながら、溜息を吐いた。 年末恒例の歌番組を見たり、クラシックコンサートを聴いたりしながら、膝を抱えて大好きなひとを待つ。 本当は怒ってみたい。 拗ねてみたい。 だが、その顔を見るだけで、そんな気持ちは吹き飛んでしまい、そのまま甘えてしまう。 ひとりでいる時は、蜜柑を食べながら、つい吉羅に聞こえない悪態を吐いてしまう。 「いつもかつも私が待ってばっかりいるとは思わないで下さいね」 蜜柑を食べながら、香穂子はいない吉羅に拗ねた風に言ってみる。 「もうっ! バカっ!」 甘えるような声で本音が出てしまう。 蜜柑の皮を自棄で投げつけた後、溜息を吐いて蜜柑の皮を回収する。 遅くなっても良いから。 せめて、年が変わる瞬間に、そばにいてくれたらと思う。 再び時計を見る。 もう23時。 今年ももう1時間しかない。 ジルベスターコンサートの中継もまもなく始まるというのに、大好きなひとは帰ってこない。 「…暁彦さんのバカ…」 香穂子は大きな瞳に涙を滲ませると、胸が切なくなった。 吉羅は腕時計を見ながら溜息を吐いた。 ようやく仕事が終わった。 注文しておいて花とケーキを手にした後、吉羅は自宅に向かって車を走らせる。 新しい年は。大切な愛する女性と過ごしたい---- それは吉羅も同じなのだ。 香穂子はいつも文句を言わずに待ってくれている。 本当によく理解してくれている。 本当は切ない想いをしているのは判っている。 ひとりで待っている時に帰ると、大きな瞳に涙を浮かべて甘えてくるから。 いつも申し訳ないと思っている。 いつも感謝している。 なかなか言葉にすることが出来ない。 だから、気持ちを伝えるためにも、自由になる時間はなるべく一緒にいて、香穂子に最大限楽しんで貰いたかった。 吉羅は車の時計の時間を気にしながら、香穂子の待つ自宅に向かう。 自宅に着いたら、すぐに抱きしめてやりたい。 自宅に着いたら、「有り難う」を言いたい。 吉羅は逸る気持ちを抑えながら、自宅へと急いだ。 香穂子を抱きしめて、その後は…。 香穂子を独り占めにして、ずっと過ごしたい。 吉羅は想いを抱きしめながら、家へと急いだ。 もう23時30分だ。 吉羅は帰ってこない。 香穂子はクッションを思い切り抱きしめて、つい噛んでしまう。 いつになったら、愛するひとは帰って来るのだろうか。 香穂子はTVでジルベスターコンサートを見ながら、瞳に涙があふれてくるのを感じる。 大好きな男性には我が儘が言えないから、香穂子は静かに黙っていた。 もうすぐ今年が終わってしまう。 なのに大好きな男性は帰ってはこない。 泣きそうになる。 このまま素直に泣いてしまおうか。 きらびやかなジルベスターをTVで見ていると、どうして横に大好きな男性がいないのか。 そればかりを考えてしまう。 今日、何度目か判らない溜息を吐いたときだった。 玄関ドアが開く。 その瞬間、躰にも心にも羽根が生えたような気分になり、香穂子は玄関へと駆け出す。 「お帰りなさい!」 愛する男性を出迎えた瞬間、幸せが心の奥底から沸いてきて、笑顔以外になにも見つからなくなる。 大好きな男性がそばにいれば、それで良い。 それだけで本当に幸せ。 愚痴なんて、ほんとうにどうでも良くなる。 香穂子が吉羅の胸に飛び込むと、吉羅はそのまま抱き留めて、抱きしめてくれる。 しっかりと抱きしめてくれたら、もう他には何も必要としない。 吉羅がいればそれで良い。 涙も愚痴もどこかへいってしまう。 これが、恋する魔法なのだ。 本当にこころから愛することが出来る運命の男性と出会った女の子だけに与えられる魔法なのだ。 「ただいま」 吉羅は甘くて低いよく通る声で囁くと、香穂子を抱きしめてキスをしてくれる。 一度のキスだけでは足りなくて、何度もキスを交わす。 キスの後、リビングに腰を下ろしても、ふたりはキスをする。 TVではカウントダウン。 香穂子と吉羅はキスでカウントダウン。 キスの中に。 お互いへの、愛、感謝、未来、期待…。 いろいろな気持ちを閉じ込める。 出会えて嬉しかった。 ずっと一緒にいよう。 そんな想いを閉じ込めながらキスをする。 今まで有り難う。 これからもよろしく。 二人は翌年になった瞬間、更に深いキスを交わす。 お互いに唇を離した後、二人は笑顔になる。 「いつも有り難う。今年もずっとよろしく」 「いつも有り難うございます。来年もこれからもずっとよろしくお願いします」 「いつも私の我が儘を受け止めてくれて有り難う…。君だからこそ甘えられるんだよ」 「暁彦さん、私もあなただからこそ甘えられるんですよ」 しっかりと抱き合うと、ふたりは新しい年と、更にその先にある時間に想いを馳せてきた。 |