*April Propose*


 エイプリルフールなんて、高校生の頃に卒業してしまった。

 最後にふざけたのは、まだ姉が生きていて、金澤と一緒につるんでいた頃だ。

 あれから現実がどのようなものだと知り、リアリストとして生きて来た。

 自分は永遠にロマンティストにはなれないし、なる気もないと思っていた。

 香穂子に出会うまでは。

 香穂子と出会って付き合うようになって、自分が本当はひどいロマンティストであることを知った。

 吉羅は、それが今は心地よくさえ思えてしまう。

 エイプリルフールだから、恋人にはロマンティックな嘘を吐きたい。

 吐くならばとっておきにロマンティックな嘘を。

 恋人が幸せになれるような、そんな嘘を吐きたかった。

 

 エイプリルフールにデートだなんて、なんだかくすぐったい。

 何時もならば吉羅が迎えに来てくれることが多いが、今日に限っては、吉羅が指定するカフェで待つようにと言われた。

 年度始めであるから、恐らくはかなり忙しいのだろう。

 香穂子はいつものようにケーキとカフェオレのケーキセットを頼んで、のんびりとしていた。

 吉羅はきちんと帰れるように努力をしてくれてはいるが、いつも遅くなりがちだ。

 一生懸命、仕事をしてくれているのだから、目くじらを立てて怒ることもない。

 香穂子は、それぐらいに大きな気持ちで、吉羅と付き合っている。

 香穂子は譜面を読んだり、本を読んだりして、のんびりと時間を過ごした。

 だが、なかなか吉羅は来ない。

 何時もならば遅刻なんて一時間ぐらいの範囲内だというのに。

 約束の時間からもう二時間近く経っているというのに、なかなか来なかった。

 もしかして何かあったのではないだろうか。

 香穂子はそればかりが気にかかって、段々と落ち着かなくなった。

 胸が痛くて切ない。

 息が出来ないほどだ。

 いつもならば吉羅を信頼して連絡はしないのに、今日に限ってはそうしてしまいそうになる。

 香穂子は携帯電話を手に取ると、直ぐに吉羅宛にメールをした。

 どうか。

 吉羅に何もありませんように。

 ただ仕事が立て込んでいてメールが出来ないというだけでありますように。

 香穂子はそう思いながらも、泣きそうになっていた。

 香穂子は落ち着かなくて、長居をすることも申し訳なくて、学院に行こうかと思い立ち上がった。

 しかし、直ぐにカフェのスタッフがやってきて、新しい紅茶を持ってきてくれた。

「フルーツティーです。よろしければどうぞ」

「有り難うございます」

 何時もならばこんなサービスなどはないというのに、今日に限ってはどういうことなのだろうか。

 ひょっとして、二時間も粘っているものだから、新しい紅茶を飲みなさいということなのだろうか。

 それならばしょうがない。

 このフルーツティーを飲んだら、吉羅がいるだろう学院に行こう。

 何もありませんように。

 ただそれしか祈ることが出来ない。

 香穂子は、落ち着かない気分で、吉羅にもう一度メールを送った。

 しつこいと思われるかもしれないが、心配でしょうがなかった。

 香穂子はお茶を心から楽しむことが出来ないままに、フルーツティーに口を付ける。

 味を余り感じないのは何故だろうかと、思わずにはいられなかった。

 お茶を飲み終えて、香穂子が立ち上がった時だった。

 店長と思しき男性がスマートにやってくる。

「お客様、お連れ様よりメッセージがございます」

「はい…」

 ようやくのメッセージ。

 遅れるのか、それとも来られないのか。

 香穂子は泣きそうなぐらいに不安になりながら、メッセージを待った。

「どうぞ」

 メッセージが書かれているだろう白い紙が渡されて、香穂子はそれを受け取る。

 ドキドキしながら紙を開けたというのに、全く何もメッセージが書かれていなかった。

 香穂子は驚いて、店長らしきスタッフを見た。

「炙り出しですか? それともからかっていらっしゃるんですか?」

 香穂子が幾分か厳しい口調で言うと、店長はただ微笑むだけだ。

「実は…、お連れ様より、来られないとご連絡がございました」

 何でもないことのように言うなんてひど過ぎる。

 しかも白紙の紙を渡すなんて。

「…分かりました…。帰ります」

 香穂子が立ち上がろうとした時だった。

「本日はサプライズの日ですよ、お客様」

「…あ…」

 確かに今日はエイプリルフールだ。

 嘘を吐いて良い日。

 サプライズをして良い日。

 だからと言って、エイプリルフールにデートをすっぽかすなんてことはないのにと、思った。

 不意に店長が他のスタッフに合図を送る。

 すると何処からともなく、バチバチと燃える花火が立てられたケーキか運ばれてきた。

 ケーキに書かれている文字を見て、香穂子は目を見開いて見つめる。

 

 香穂子へ。

 待たせてすまない。

 結婚しないか?

 暁彦

 

 まさか。

 嘘を吐いても良い日に、このようなサプライズが用意されているとは思ってもみなかった。

 ケーキ登場の後で、吉羅がゆっくりとやってくる。

 甘い笑みを浮かべる姿は官能的だ。

「…暁彦さん…」

 今にも泣きそうになる。

 怒って良いのか、喜んで良いのか、香穂子には全くと言って良いほどに、分らなかった。

「…このプロポーズもエイプリルフールのいたずらですか?」

 香穂子が涙ぐみながら言うと、吉羅は一瞬、ハッとしたように目を見開いた。

「…プロポーズは本物だよ。エイプリルフールのいたずらは、プロポーズの前までだよ…」

 吉羅は、しまったといった風な表情をすると、香穂子に跪いた。

「…高校生の頃から、君を随分と待たせてしまったからね…。…君と結婚したい。…結婚してくれないか…?」

 あんなにも切ない想いをした後に、まさかこんなプロポーズが待っているとは、思ってはいなかった。

「…香穂子…荒っぽいプロポーズだったかね…?」

 吉羅が不安そうな顔をしてこちらを見ている。

 プロポーズをされて、こんなにも嬉しいことはないというのに。

 香穂子は何とか笑みを浮かべると、吉羅を見た。

「…プロポーズ、とても嬉しかったです。…有り難うございます…」

 香穂子は泣き笑いの顔を浮かべると、吉羅を真直ぐ見つめた。

「…有り難うございます。喜んでお受けします…」

 鼻を啜りながら、香穂子は真直ぐ吉羅を見つめる。

 その瞬間、吉羅はホッとしたように、香穂子を見つめた。

「折角プロポーズをしようとしたのに、仕事が立て込んでね…。ここのスタッフに協力して貰ったんだよ…。ちょうど、エイプリルフールに便乗させてもらったこともある」」

「暁彦さん…」

 香穂子はこのロマンティックなサプライズに、何も言えなくなる。

 吉羅は不安に思ったようで、香穂子を心配そうに見つめる。

「…香穂子、怒っているかね…?」

 吉羅が心許無い少年になったように、迷子になってしまう。

 香穂子はわざと怒ったふりをして、視線を逸らせた。

「…怒った…か…」

 吉羅が困ったように言うものだから、香穂子は可愛くてしょうがなくなる。

「…連絡をしないままで遅れるんですから、当然です」

 香穂子はわざと拗ねるように言った後、吉羅を見た。

「だけど…とっておきのサプライズがあったので吹き飛びました」

 香穂子がにんまりとした笑みを浮かべると、吉羅は安堵の笑みを浮かべる。

 それが可愛くてしょうがない。

「…有り難う、幸せにする」

「私も幸せにします…」

 エイプリルフールのサプライズプロポーズ。

 それは恋人たちの甘いスパイスになる。

 これは許される嘘?



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