今日は大好きで大好きでしょうがない男性のバースデー。 何をプレゼントするのかを、正直、迷ってしまう。 大好きな男性は、香穂子よりもずっとずっと大人の男性だから、何を望んでいるのかがサッパリ解らない。 吉羅が望んでいるプレゼントは何なのか。 本当に何も思い付かなかった。 吉羅の雰囲気に合うものを選んだとしても、香穂子には経済的にかなりキツい。 またまだ駆け出しのヴァイオリニストなのだから、高価なものは何も買えない。 何をプレゼントすれば良いのかが分からなくて、香穂子は唸るしかなかった。 天羽に相談してみると「プレゼントは私が一番喜ぶと思うけれどなあ」と言われて、真っ赤になるしかなかった。 今さら自分をプレゼントなんて出来ないし、本当に困り果ててしまっていた。 香穂子は結局何も思い付かなくて、せめてヴァイオリンでたくさんの曲を聞かせてあげようと思った。 吉羅にとってはそれが一番のような気がしたから。 それだけでは心許無いから、吉羅が長く使えるようにと、幸運の馬蹄ストラップをプレゼントすることにする。 これならば男性の携帯電話に着けてもおかしくはないだろうから。 少し高級感のあるストラップにして、ずっと使って貰えるようなものを選んだ。 吉羅の誕生日。 香穂子は朝からほんの少しだけ調子が悪かった。 だが、折角大好きな男性のバースデーだから、何とか体調を立て直した。 暫くじっとしていれば治ったことから、それほど深刻なものではないようだった。 いつもよりもほんの少し大人びたスタイルにする。 髪を下ろして、緩やかに巻いてみる。前髪はセンター分けてみた。 ワンピースは華やぎと落ち着きのある色とデザインのものを選んだ。 吉羅とは最近、余り待ち合わせをしなくなった。 わざわざ迎えに来てくれることが多くなっている。 そのさり気ない優しさと気遣いが、香穂子には嬉しくてしょうがなかった。 今日も吉羅は迎えに来てくれる。 今日の主役は吉羅なのに何だか申し訳ないと思いながら、香穂子は待つ。 逆に香穂子が迎えに行くと言ったのだが、吉羅がキッパリと「ダメだ」と言ったのだ。 約束の時間になり、香穂子が家の前に出ると、そのタイミングで吉羅の車がやってきた。 「待たせたね」 「有り難うございます」 香穂子が笑顔で言うと、吉羅はエスコートするように車のドアを開けてくれた。 「どうぞ」 「有り難うございます」 吉羅は、香穂子がシートベルトをしたことを確認すると、車を静かに出してくれた。 「今夜はゆっくりと過ごそう。明日は休みだからね。有り難いことに」 「それは私も嬉しいです。暁彦さんとゆっくりと出来ますから」 「そうだね」 吉羅は甘い笑みを浮かべた後、ハンドルを緩やかに切った。 「ドライブをしようか、少し。その後にレストランを予約してあるから、そこへ行こう」 「はい」 吉羅とのディナーはいつも楽しみだ。 美味しいレストランに沢山連れて行って貰ったお陰で、香穂子は一流が何であるかを学んだのだ。 「やはり三が日はドライブがしやすくて良いね。まあ神社の周り以外は爽快な感じがするよ」 「はい!」 香穂子はスムーズに流れる車を心地好く思いながら、ドライブを楽しんだ。 吉羅が連れて行ってくれたのは夜景が美しく、吉羅の自宅にも近いレストランだった。 「ここでゆっくりとした後でうちに行こうか。明日もゆっくりしたいからね」 「はい。私も暁彦さんの家が一番安心します」 香穂子が笑顔になると、吉羅は優しい表情で頷いてくれた。 食事はオーガニックフレンチで、食材の新鮮さや味を活かした、躰にも味覚にも美味しいものだった。 香穂子は嬉しくて、いつも以上に食事を楽しむ。 今朝気分が悪かったことなど、すっかり忘れてしまっていた。 「本当に美味しいです。暁彦さんのバースデーなのに…、何だか私ばかりが楽しんでしまって、申し訳ないです」 香穂子が苦笑いをすると、吉羅はその頬に手を伸ばしてきてくれた。 柔らかく触れられて、余りにもの気持ち良さにうっとりとしてしまう。 「君が楽しんでくれることが、私には嬉しいんだ。だから気にしなくて良い…」 「暁彦さん…」 吉羅の言葉に、お祝いする側なのにも関わらず、香穂子は泣きそうになった。 「…有り難うございます」 「君には沢山祝って貰うつもりだからね。そんな顔はしないんだ」 「…はい…。有り難うございます」 香穂子が泣き笑いを浮かべると、吉羅は更に甘やかせるようにフェイスラインを撫でてくれた。 デザートの時間になり、香穂子は、アイスクリームとのコラボレーションが美味しい桃のデザートを食べる。 「とても美味しいです」 「それは良かった」 「…あの…暁彦さん…。ハッピーバースデー」 香穂子はおずおずと吉羅に小さな箱を差し出す。 「バースデープレゼントです。気に入って頂けると良いのですが…」 ドキドキしながら吉羅にプレゼントを差し出すと、すんなりと受け取ってくれた。 「有り難う。開けさせて貰って良いかな?」 「はい」 吉羅が丁寧に包装をあけるのをじっと見つめながら、香穂子は鼓動が高まっていくのを感じていた。 吉羅はストラップを見るなり、とても穏やかで魅力的な笑みを浮かべた。 「馬蹄はヨーロッパでは幸運の象徴なんです。だからいつでも暁彦さんが幸運でいられますように…」 「有り難う香穂子。とても嬉しいよ。早速、使わせて貰う」 吉羅は携帯電話に丁寧にストラップを着けてくれる。 ストラップが揺れる様子を見るのが、何よりも嬉しかった。 「…私からも…いや…何でもない…」 吉羅は誤魔化すように言うと、黙ってしまった。 香穂子はデザートまで綺麗に平らげた後で、不意に気持ち悪くなる。 朝の症状と同じだ。 気分の悪さを何とか抑え込んでレストランを出たものの、吉羅の車に戻る頃には、かなりの苦痛になっていた。 「暁彦さん…何だか気分が悪くて…」 香穂子が何とか吉羅に告げると、その途端に吉羅の表情が変わる。 余りに気分が悪くて、顔色を紙のように白くさせると、香穂子はシートに凭れかかった。 「直ぐに休日診療のところに行こう。それまで頑張ってくれ」 「…はい…」 吉羅は香穂子の額を撫でた後で、休日診療を行っている病院に向かってくれる。 折角の吉羅のバースデーにこんなに苦しくなるのが辛かった。 病院に行くなり直ぐに診察を受ける。 すると予期せぬことを医者に告げられた。 「…ご懐妊ですね。おめでとうございます。予定は秋に入ってすぐですね」 この言葉に香穂子は目を丸くして驚く。 横にいる吉羅もかなり驚いているようだった。 「週明けに正式に産婦人科へ行って下さい。間違いないとは思いますよ」 「解りました。連れていきます」 吉羅は静かに言うと、香穂子を立ち上がらせてくれた。 駐車場に行くまでの間も、吉羅は香穂子をしっかりと支えてくれる。それが嬉しかった。 車に乗っている間、吉羅は無言だ。 妊娠させてしまったことを後悔しているのだろうか。 そんな不安が香穂子のこころの中で渦巻いて離れない。 吉羅は、六本木の自宅まで香穂子を連れて行き、中に入った。 その瞬間、力強く抱き締められる。 「…暁彦さん…っ!」 「…子どもは…最高のバースデープレゼントだ。どうも有り難う…」 吉羅は深みのある声に喜びを滲ませている。 「…私も嬉しいです…。あんなにもプレゼントに迷っていたのにこんなに素敵なプレゼントを持っていたなんて嬉しいです…」 香穂子が嬉しくて泣きながら微笑むと、吉羅に抱き寄せられる。 嬉しくてしょうがなかった。 「…本当は…、今夜…プロポーズをしようと思っていたんだよ…。凄く良いタイミングだね」 吉羅は幸せそうな笑みを浮かべると、スーツのポケットからジュエリーケースを取り出し、香穂子の左手を取ると、跪いた。 「…香穂子…、結婚してくれないか…?」 手の甲に口付けられて、香穂子はうっとりとした気分になる。まるでお姫様にでもなった気分だ。 「…有り難うございます…。嬉しいです…。私を…、暁彦さんの奥さんにしてください…」 香穂子は嬉しさの余りに涙ぐみながら、吉羅を見つめる。 感きわまって胸が詰まるのを感じた。 「…有り難う」 吉羅は深い声で言うと、香穂子の左手薬指に指輪をはめてくれる。こんなにも他に幸せはないと思う。 「最高の誕生日になったよ…」 吉羅の言葉に、香穂子は笑顔で頷く。 これ以上に幸せはないと思った。 |