吉羅のベッドで目覚めるバースデーの翌日は、スペシャルデーのような気がする。 香穂子はゆっくりと目を開けて、愛するひとの顔を見た。 穏やかにそして幸せそうに眠っているのがとても嬉しい。 香穂子はフッと甘い笑みを浮かべながら、吉羅の柔らかな髪を優しく撫でた。 「…起きたのかね?」 吉羅は静かに言うと、ゆっくりと目を開ける。 「…はい…」 「…まだ早いからね…。暫くこうしていようか」 「そうですね」 吉羅は力強く抱き締めてくれると、唇におはようのキスをくれた。 「…こうしてふたりきりの私の誕生日は今年で最後だが、来年は賑やかで楽しくなるんだろうね…」 吉羅は何処か喜びを滲ませながら、香穂子に呟く。 それが香穂子には嬉しい。 「来年は本当に可愛い赤ちゃんが一緒にいてくれるんですね…。それが嬉しいです」 香穂子の言葉に吉羅は頷くと、腹部を優しく撫でてきた。 「ここに私たちの子供がいるなんて想像出来ないね…」 「そうですね。まだまだ小さいですから、これから大きくなっていきますからね」 「…そうだね。それも楽しみだよ…」 「そうですね」 ふたりはしっかりと抱き合うと、ごく自然に腹部に手を宛てていた。 こうしてふたりで腹部に触れていると、それだけで素晴らしくも幸せな気分になれた。 「もうすこしだけこのままでいよう」 「…はい」 吉羅のバースデーに解るなんて、とても素敵なことだ。 この子は間違いなくふたりの宝物になるに違いなかった。 「…昨日、君にプロポーズをするつもりでいたから、なんてタイミングの良い子どもなんだろうね」 吉羅は幸せが満ちた声で言うと、香穂子の左手薬指に填めている指環を、指先でそっとなぞった。 「暁彦さんの誕生日なのに、本当に私が沢山のものを貰ったような気がします」 香穂子が幸せそうに笑うと、吉羅は首筋に口づけてきた。 「香穂子、私も沢山の掛け替えのないものを貰ったよ。こんなにも沢山のものを貰えて、本当に嬉しく思うよ…」 「…暁彦さん…」 香穂子がにっこりと微笑むと、吉羅は鼻にキスをして笑う。 「子どもが驚かないように…、優しく…、優しく…、愛するよ…」 「暁彦さん…」 吉羅は香穂子を組み敷くと、そのまま柔らかく愛してくれる。 朝からだからなんて、野暮なことは言う必要はない。 ただそこには吉羅との密度の濃い愛があるだけだ。 ふたりでしっかりと情熱的に愛し合った。 愛し合った後、意識をたゆたゆとしながらもしっかりと抱き合う。 こんなにも幸せで良いのだろうかと思うほどに幸せだ。 幸せ過ぎてこのまま溶けてしまうのではないかと香穂子は思った。 「ご両親にきちんと話をしなければならないね。本当は今日、君を送りに行った時に、きちんと話をしようと思っていたから、良いのだけれどね」 「…総ては予定通り?」 「予定以上の幸せを私にくれたよ」 吉羅は落ち着いた声で言うと、香穂子の長い髪をゆっくりと撫で付けてくれた。 「…暁彦さん、お腹の赤ちゃんは、ファータが見えるんだよね? 何だか嬉しいです」 「ああ、確かに私の子どもだからファータは見える。しかも母親は、一族以外で常にファータを見ることが出来る唯一の人物だからね。私よりもファータとの絆は強いのかもしれないね」 吉羅は嬉しいくせに、相変わらず悪態を吐くように話している。 その口振りに、香穂子はくすりと笑った。 「…そうですね…。私たちの赤ちゃんだから、ファータと直ぐに友達になれますね。きっと…、ファータたちも喜びますよ。リリに赤ちゃんが出来たことを報告したら、きっと喜んでくれるでしょう」 「喜び過ぎて張り切られても困るんだがね…」 吉羅は、アルジェント・リリの暴走ぶりを安易に想像出来たからか、溜め息を吐いている。 「…まあ、確かにリリなら暴走をして、何だか変なグッズを作りそうな気がします…」 香穂子も思わず苦笑いを浮かべる。 香穂子が使ったグッズは、きちんと完成品だったから良かったが、恐らく吉羅はかなり実験台にされたことだろう。リリへの態度をみれば、それは直ぐに解った。 「…目薬に、アロハシャツ、ミントキャンディ…。訳の解らないリズムを刻むメトロームまで…。私の被害はかなりのものだからね…。正直言って、これが唯一の頭痛のタネだ…」 吉羅は様々な出来事を思い出したのか、溜め息を吐いている。 香穂子は、吉羅の被害を思い出して、苦笑いを浮かべた。 「…また、この子の為に、得体の知れないグッズを作りそうですよね…」 「本当にそうだ。私は、自分の子供に被害が及ばないように頑張るつもりだがね。君も協力してくれたまえ」 「はい」 香穂子はにっこりと笑いながらも、誰もリリの暴走を止めることは出来ないのではないかと思った。 「暁彦さん、本当にお腹の赤ちゃんの成長が楽しみですね。きっと音楽に囲まれたとっても素敵な子供になりますよ」 「そうだね…」 吉羅はフッと甘い蕩けるような笑みを浮かべると、躰をゆっくりと起こした。 「香穂子、君はゆっくりと寝ていたまえ。朝食の支度は私がしよう」 「…有り難うございます」 香穂子が礼を言うと、吉羅は額に口付けてくれた。 吉羅がベッドから出ていった後、香穂子はもうすこしだけ温もりを堪能する。 気持ちが良い温かさに、香穂子は目を閉じる。 こんなにも幸せな朝は他にないのではないかと思う。 たゆたゆとした幸せに、香穂子は思わず口角を柔らかく上げた。 吉羅がバスルームから出て、キッチンへと向かう音がする。 香穂子はそれを確認してからバスルームに向かい、熱いシャワーを浴びた。 まだ赤ちゃんがお腹の中にいるという実感はないが、内側から幸せが溢れてくるのを感じていた。 キッチンに入ると、吉羅が朝食を用意してくれていた。 今朝はお粥を中心としたあっさりとした食事だった。 「これならば悪阻の君でも食べられると思ってね」 「…有り難うございます」 吉羅の気遣いが嬉しくて香穂子は微笑みながら、食事のテーブルにつく。 食事の匂いをかいだ途端に気持ちが悪くなり、化粧室へと駆け寄った。 直ぐに吉羅が駆け寄って来てくれる。 「大丈夫かね!?」 「…大丈夫です…」 香穂子が何とか笑顔で吉羅を見上げると、そのまま抱き締められた。 「…辛かったら言うんだ…」 「…大丈夫ですよ。病気ではありませんから」 「しかし…」 吉羅は、香穂子が苦しそうにしているのが辛いのか、切ない表情でその華奢な躰を更に強く抱き締めてくれる。 「大丈夫ですよ。しっかりと食べたくなりましたし」 「だったら良いのだけれどね」 香穂子がにっこりと笑って頷くと、吉羅は腰を抱いてダイニングまで連れていってくれた。 朝食を食べている間も、吉羅は香穂子を心配そうに見つめてくれる。 本当に有り難くて、香穂子は思わず笑みを零した。 「今日から…うちに住まないか?」 吉羅の突然の申し出に、香穂子は目を見開いて驚く。 「…君がひとりで悪阻を苦しむなんて堪えられないからね」 吉羅に手を握り締められて、香穂子の決意が固まった。 「はい。今日から一緒に暮らします…」 「有り難う。ご両親にはきちんと伝えるから」 「有り難うございます。暁彦さんと一緒に暮らせるなんて嬉しいです」 「私もだ。有り難う香穂子」 吉羅のバースデーの翌日。 新しい人生が始まりを告げた。 |