大好きなひとのバースデイは、お正月。 高校生の頃は、会えないから祝えないと嘆いたものだが、今は違う。 お正月三が日はたっぷりと一緒にいることが出来るのだから。 これはふたりにとっては、何よりも大きなことに間違いはなかった。 こんなに幸せな時間をのんびりと過ごせるのは、今しかないのだ。 仕事が追いかけて来ない。 それが何よりも楽しいことなのだ。 ふたりでお正月を過ごす前は、吉羅は三日から仕事をしていた。 香穂子もまた、ヴァイオリンの練習中によく出逢ったものだった。 日本的ホリディシーズンの最終日。これ以上楽しい日はないのではないかと思う日。 そんな日が、香穂子の大好きなひとのバースデイだ。 正月三が日は、流石にのんびりと過ごす。 起きるのはのんびりで良い。 だが、三日だけは、香穂子にとっては早起きをする、いや、早起きをしなければならない日なのだ。 今日は、先ずケーキを作る。 珈琲によく似合う落ち着いた甘さのケーキ。大人の味と言っても良いだろう。先ずはこれを準備する。 ヘルシー嗜好が強い吉羅のために蒸し鍋も作る。 なるべく吉羅の好物で食卓を固める。 更には、魚のカルパッチョなども作る。 外で食べるのも良いのだが、それでは吉羅が車を運転することになってしまうので、結局は、手を煩わせてしまうことになる。 香穂子としては、それだけは避けたかった。 それに。吉羅がアルコールを飲めなくなるというのもあった。 香穂子と外食する時は、吉羅は一切アルコールを口にしない。 代行運転も頼むことは出来るのだが、吉羅がそれを嫌がった。 余程の理由がなければ、香穂子を乗せる場合だけは、自分で運転すると言ってくれているからだ。 それでどうしてもの場合は、タクシーを使うと言ってくれている。 それは香穂子にとっては、何よりも嬉しいことなのは、間違いなかった。 香穂子はケーキをオーブンに入れて、ほっとする。 そのタイミングで吉羅が起きてきた。 吉羅がゆっくりするのも今日までなのだ。 明日からは、財界の新年会などに、参加しなければならないのだ。 今は、星奏学院の理事長が正式な肩書だが、吉羅の敏腕さを請う企業も多く、コンサルタントとしての、きめ細かいアドバイスなども、行う仕事もしている。 多忙につぐ多忙だ。 香穂子としては、ただ体調だけが心配だった。 「暁彦さん、おはようございます。茶粥が出来ていますよ」 「有り難う。ゆっくりしなくて、君は大丈夫なのかね?」 「大丈夫ですよ。楽しんでいますから」 「ならば、構わないのだが……」 吉羅は、香穂子の健康に関しては、人一倍心配症だ。 「今日は、一年間ずっと楽しみにしていた、暁彦さんの誕生日ですから。張り切らせて下さい」 「君は全くしょうがないね。私はこれ以上、年を取りたくはないがね」 吉羅は苦笑いを浮かべながらも、優しくも温かな眼差しを香穂子に送ってくれた。 少し遅めの朝食を取ったあと、ふたりでのんびりとする。 ニューイヤーズコンサートに行く年もあったのだが、三が日の最後は、ふたりでゆったりするのが、定番になってしまった。 ふたりで手を繋いで散歩をしたり、静かな空間で本を読んだりと、とても幸せな時間を過ごす。 夕食がしっかり目だから、お昼は軽くそばだけにした。 誕生日の日は、香穂子が吉羅に膝枕をするのが定番になっている。 お互いに温かな時間を過ごした。 夕食は、早い時間から、香穂子が大奮闘をする。 吉羅に喜んで貰えることが、香穂子にとっては、嬉しかった。 吉羅を喜ぶためにやっているというよりは、自分自身が楽しく、喜ぶためにやっているような気が、香穂子にはしていた。 準備をしっかりした後で、何度もチェックをする。 完璧だと思ったところで、香穂子は吉羅を呼びにいった。 吉羅が席につくと、先ずは魚のカルパッチョと、サラダを出す。 そのあとに、メインの蒸し鍋だ。 凝ったものより、喜んでもらえるものを作った。 「有り難う、フルコースなんかより、私はこれが一番だよ」 吉羅の言葉に、香穂子はつい笑顔になった。 蒸し鍋は野菜も肉も魚もたっぷりと取れて、とても美味しかった。 「美味しいね。有り難う」 吉羅の温かな言葉が嬉しくて、ゆきはしょうがなかった。 夕食のメインが終われば、いよいよデザートだ。 香穂子は、自分で作ったバースデイプレートをケーキに乗せる。 珈琲は、とっておきの豆を使う。香穂子はカフェオレであるが。 珈琲を出して、ケーキを食卓に出す。 まだ吉羅も三十代だが、アラフォーと呼ばれる年代になった。 「ろうそくがあったら複雑な気分だからね。なくて良かった」 吉羅はフッと笑うと、ケーキのプレートを見た。 「有り難う香穂子。とても嬉しい」 吉羅は柔らかく目を細めると、香穂子を甘く見つめた。 吉羅と一緒のティータイムだと言うだけで素晴らしい時間を過ごすことが出来る。 充実した時間だ。 「暁彦さん、お誕生日おめでとうございます」 香穂子はそっと吉羅に誕生日プレゼントを渡す。 今年はカフスボタンだ。 吉羅は、イタリアやイギリスのテーラードスーツを着ているから、いつも小物を贈るようにしている。香穂子にとって、それが一番だと思うのだ。 吉羅のスタイルにあう洋服をプレゼントするのは、本当に難しいからだ。 バランスが本当に難しい。 香穂子がいつも気にするのは、そこなのだ。 「有り難う、香穂子。早速、開けて構わないかな?」 「どうぞ」 「有り難う」 吉羅がプレゼントを開ける瞬間は、いつも緊張してしまう。ドキドキして堪らなくなる。 吉羅にプレゼントをしたのは、とても美しい七宝焼きの凝ってはいるが、気品が滲むカフスボタンだった。 驚くほどに美しい。 これは、香穂子も思わず見とれてしまうほどのものだ。 「有り難う、大切にする」 吉羅が優しく微笑んでくれたから、香穂子は嬉しくてしょうがなかった。 吉羅は香穂子の手をしっかりと握り締める。 「香穂子、もうひとつ、私がどうしても欲しいものがあるのだが、願いを叶えてくれるかね? 君しか難しいのだが……」 「はい、どうぞ」 何か解らなくて香穂子は軽く言う。 「完全に私のものになってくれないか?」 吉羅の言葉に、香穂子は驚いて目を見開いた。 「あ、あのそれは」 「完全に私のものになって欲しい。妻となり、私の子供の母になって欲しい」 吉羅は真剣にプロポーズしてくれる。 香穂子は泣いてしまうほどに嬉しくて、ただ吉羅に頷いた。 「有り難う」 吉羅のバースデイ。 香穂子はかけがえのないものを貰った。 |