もうすぐ父の日だ。 街では、父の日のポスターが溢れている。 香穂子は突出てきたお腹を抱えながら、暁慈の手を引いてショッピングをする。 「ママ、いっぱあい同じ紙がある」 「“父の日”のポスターだよ」 「“ちちのひ”って、ウシさんの日?」 きょとんとしながら母親に訊く暁慈に、香穂子は苦笑いをした。 「違うよ。“お父さんの日”なんだよ」 「とーしゃんのお誕生日?」 「お父さんのお誕生日は一月三日だよ。父の日はね、お父さんに有り難うって言う日なんだよ。有り難うの気持ちを込めてプレゼントを渡したりするんだよ」 「じゃあ、あきちゃんも、とーしゃんに“有り難う”を言うっ!」 「そうだね。お父さんにはいっぱいいっぱい有り難うを言わなくちゃね?」 「あいっ!」 暁慈は手を真っ直ぐ上げて、頷いている。 それがとても嬉しい。 「あきちゃん、とーしゃんにぷれじぇんとを渡したい」 「じゃあ何か手作りして渡そうか? お父さんの似顔絵をつけて、クッキーでも作ろうか? 健康に良いものをね?」 「あいっ!」 暁慈は父親に何かをしてあげられるのが嬉しいのか、燥いでいる。 その姿が可愛くて、香穂子は目を細めた。 クッキーの材料を買い求めた後、ラッピング用品が揃っている店に行く。 そこで暁慈が似顔絵を描けるようなメッセージカードを買い求めた。 これで“父の日”の準備は完了だ。 吉羅にとっては、初めての父の日。 香穂子はなるべく楽しくて感動的なものにしてあげたかった。 “父の日”を祝うなんて、去年までは考えられなかったことだ。 香穂子は祝えることが嬉しかった。 吉羅に解らないように、ふたりで準備をする。 一緒に父の日の準備をしながら、香穂子は幸せな気分に浸っていた。 来年はもっと幸せで、もっと楽しい父の日になるっ予感しながら。 クッキーは米粉を使ったり、豆乳やおからを使った、甘さの抑えた健康に優しいクッキーにする。 健康志向が強い吉羅にはピッタリのものだと思う。 暁慈は吉羅とお揃いのカフェエプロンをして、材料を一生懸命混ぜたりするのを手伝ってくれた。 暁慈は自分で作った音程だけはやけに正確な歌を歌いながら、お菓子作りを一生懸命頑張った。 オーブンでこんがりと焼きあげて、完成だ。 それを綺麗にラッピングをして、吉羅には解らないところになおしておいたのだ。 後は暁慈の似顔絵だ。 暁慈はこれまた一生懸命父親の似顔絵を描いている。 その姿がとても可愛く思えた。 父親の似顔絵には、ネクタイが欠かせないようで、夢中になって描いていた。 「でけたっ!」 カードを覗き込むと、子どもらしい絵を描いている。 「お父さん、とっても喜ぶよ」 「あいっ」 吉羅はかなり喜んでくれるだろう。 それを想像するだけで、香穂子までもが幸せな気分になった。 「ね、ママ、ぷれじぇんとだけれど、いちゅ渡すの? とーしゃんがねんねしてから?」 どうやらクリスマスと勘違いをしているようだ。 「…あきちゃん、それはサンタさんだよ。ちゃんと昼間に渡そうね。あきちゃんも、お父さんが気に入ってくれる顔が見たいでしょう?」 「…あい」 「だから夜ご飯の時にでも、渡そうね。ママ、いっぱいご馳走を作るからね」 「あきちゃんもっ!」 「だったら、手伝って貰うね」 「あいっ!」 暁慈は本当に父親が大好きで、役立ちたいと思っているようだ。それを香穂子は嬉しく思っていた。 父親が帰ってきた途端に、暁慈は走って玄関先にむかう。 「とーしゃんーっ!」 暁慈は吉羅を出迎えに行き、抱っこされるのが大好きなのだ。 「おかえりー」 「ただいま」 吉羅は息子を抱き上げて、自分の書斎とワードローブに連れて行く。 「ねえとーしゃん、日曜日にとってもしゅてきなひみちゅなことがあるから、楽しみにしておいてねっ!」 言葉にしては“秘密”ではないのだが、息子の気持ちが嬉しくて、吉羅はフッと笑った。 「解った。お父さんは楽しみにしているよ」 「ママとふたりのひみちゅなのっ!」 吉羅は、息子に優しく頷いた。 いつものように息子を、香穂子とふたりで寝かせた後、ふたりで暫くその寝顔を眺めていた。 「本当に暁慈の寝顔は癒されるね」 「はい。この子は宝物ですよ」 「確かにね。私たちの宝物だ」 吉羅は香穂子の肩を抱いて抱き寄せると、幸せがふつふつと込み上げて来るのを感じて。 こんなにも幸せな時間半他にはないと思う。 「部屋に行こうか」 甘い声で囁くと、香穂子はそっと愛らしく頷いた。 寝室に行き、吉羅は大きくなり始めた香穂子のお腹に耳をあてがう。 「もう少ししてからですよ? 胎動が感じられるのは」 「ああ。だけどこうしていたいんだよ」 吉羅はまるでお腹の中の子どもとコミュニケーションを取るかのように、じっと香穂子のお腹を抱き締めていた。 吉羅はベッドに香穂子を連れて潜り込むと、しっかりと抱き締める。 「暁慈が明日秘密なことがあるから楽しみにしていてと、言っていたよ」 「もうあきちゃんったらおしゃべりなんだから」 香穂子はくすくすと笑いながら吉羅を見た。 「あきちゃんの言う通りに楽しみにしていて下さいね。何が起こるかは、明日のお楽しみですから」 「解ったよ。明日まで楽しみにしているよ」 「ええ」 吉羅は香穂子を抱き締めてキスをする。 「暁慈は本当に可愛い息子だ。素直な上に私によく似ているからね。あれほど可愛い子どもは他にはいないと思うよ」 「あきちゃんは本当に素直で助かっていますよ」 「そうだね…。有り難う香穂子」 吉羅は強く抱き締めると、そのまま香穂子を愛の世界へと誘った。 今日は父の日で夏至でもある。 暁慈は楽しみの余りにいつもよりもかなり早く起きてきた。 最近、ようやくひとりで寝ることにも慣れてきたが、やはり、何か怖い夢を見たりした時は、香穂子と吉羅を 起こしに来る。まだまだ小さいからしかたがない。 香穂子が一足先に起きて食事を作っている間、暁慈は椅子に座ってご機嫌にも歌を歌っていた。 食事の時間になり、いつものようにお気に入りのパンを食べる。 「とーしゃん、今日は良い日だね」 「そうだな。今日は“夏至”と言って一年で一番昼が長い日なんだ。だから今日は遅くまで明るい」 「おしょくまで明るいんだ。だったらおしょくまで遊べる…。ダメっ、今日はママのおてちゅだいだった」 暁慈は、吉羅のために料理をするのをとっても楽しみにしているのだから。 「今日はうちでゆっくりする予定だから、みんなでのんびりしましょうね」 香穂子の言葉に、吉羅はしっかりと頷いた。 吉羅は静かに読書をしながらクラシックを聴いている。その間に料理だ。 暁慈はカフェエプロンに、バンダナ姿だ。 「じゃあ、料理をしようか。今日はね、イベリコ豚を使ったサラダと、チキンコンソメ、ローストビーフだよ。あきちゃんレタスをちぎってね」 「あい」 楽しくて一生懸命クッキングだ。 香穂子は、なるべく暁慈が出来そうな作業を見つけてはやって貰った。 いつもよりも時間がかかってしまったが、それでも嬉しかった。 料理を作り終えて、暁慈は吉羅を呼びに行く。目を綺麗に輝かせていた。 「とーしゃんっ!」 「暁慈」 「ご飯が出来たからいこう」 「行こうか」 吉羅は息子に手を引かれて、ダイニングへとむかう。 すると既に料理がセッティングされていた。 「とーしゃん、父の日おめれとう!」 暁慈は大きな声で言うと、吉羅にプレゼントを差し出してくれた。 「とーしゃん、ぷれじぇんと」 吉羅は目の前に差し出された手作りのプレゼントが嬉しくて、一瞬、固まってしまった。 初めての父の日に、こんなにも素晴らしいサプライズが待ち構えているなんて、思いもよらなかった。 本当に泣きそうになってしまうぐらいに、感激してしまう。こんなに嬉しいことは他になかった。 「有り難う、暁慈」 吉羅は、息子が愛しくて愛しくてたまらなくなる。 思わず暁慈をそのまま思い切り抱き締めた。 「有り難う」 「暁彦さん、あきちゃんはお料理も手伝ってくれたんですよ。お父さんのためだと」 「本当に有り難う暁慈」 吉羅は嬉しくて嬉しくて言葉にすることが出来なかった。 今夜も吉羅は香穂子とふたりで息子の寝顔を見つめる。 「このカードは一生の宝物になるよ…」 「そうですね」 幸せが何であるかを教えてくれる家族が、吉羅にとっては最も大切だ。 この初めての父の日は忘れられないと思った。 |