吉羅はクリスマスの夜も忙しい。 今年は連休であるから、かなり幸運な星回りであるにも関わらずである。 やはり、吉羅のようなビジネスにおいても、指揮を執るような人物は、休みは休みであって、休みではないのだろう。 クリスマスイブは、予定を空けておいてくれとは言われた。 だが、具体的な時間や場所は空白のままなのだ。 だから香穂子も、スケジュールは空けたものの、本当にそれだけだった。 そのため、クリスマスの前日も朝から、ぶらぶらと家にいた。 夜は香穂子も演奏会に出演予定なので、午後には行かなければならない。 そのことは吉羅にも伝えておいた。 つまりは、午前中に吉羅からの連絡がなければ、今日のデートはないということなのだ。 お互いに忙しい身であることは分かっているから、ワガママは言えない。 それどころか、香穂子の用で、吉羅に会えなくなることもあるのだから。 香穂子の場合はもっぱら、演奏会の仕事が舞い込んだからという理由ではあるのだが。 朝から化粧をちゃんとして、とっておきのワンピースも着たのに、結局は吉羅からの連絡は一切無かった。 まだまだ、クリスマスに逢えるチャンスはあるかもしれないと、香穂子は吉羅へのプレゼントだけを持って、演奏会の仕事に出掛けることにした。 ついつい逢えるのではないかと、淡い期待を持ってしまう。 香穂子は、吉羅に逢えることを信じて、仕事に集中することにした。 演奏会は、クリスマスイブということもあり、カップルだらけだ。 ヴァイオリン演奏で、ひとときでもロマンティックな時間を過ごしてもらえれば良いと思いながら、ゆきは演奏にのぞんだ。 楽しいナンバーから、クリスマスらしいしっとりとロマンスを感じるナンバーまで。 香穂子は、自分自身が楽しみながら、ヴァイオリンを演奏した。 カップルたちはロマンティックな、甘い感情を滲ませている。 香穂子が奏でる音楽を堪能していることが分かり、とても嬉しかった。 ラストナンバーである、グノーのアヴェ・マリアを演奏しようとヴァイオリンを構えると、客席のはしには、吉羅が姿を見せている。 香穂子は、思わず微笑んでしまう。 やはり愛するひとに逢えた。 どうしても逢いたかったひとに逢えた。 香穂子は、幸せで満たされた気持ちになりながら、ラストナンバーを演奏する。 一日の黄昏になって、ようやく愛するひとに逢えた。 香穂子は、今日で一番の演奏をしようと、ヴァイオリンを奏でた。 吉羅がそばにいてくれる。 香穂子にとってはそれだけで、幸せな気持ちになれる。 それは、ヴァイオリンの音色にも滲んでいた。 演奏会は大盛況で終わり、吉羅もフッと落ち着いた笑みを浮かべていた。 演奏会が終わり、香穂子は、直ぐに吉羅に逢うために、会場から走って出た。 クリスマスイブに逢う。 その約束を吉羅はちゃんと守ってくれたのだ。 香穂子にとってはそれが何よりも嬉しかった。 「暁彦さん、来て下さって有り難うございます!」 香穂子は、思わず吉羅を抱き締めてしまいそうになる。 「良い演奏だったよ。私はそう思うよ」 「有り難うございます」 誰よりも誉めて貰えると嬉しいひとに誉めて貰えたのが、香穂子は、何よりも嬉しかった。 「今から時間はあるかな?」 「勿論です!」 「だったら、私の家に来ないかね? クリスマスイブのささやかなパーティの準備が出来ているから」 「はい」 「といっても、ケータリングだけどね」 香穂子は、吉羅とはふたりきりで過ごしたかったから、この心遣いがとても嬉しかった。 吉羅の家に到着してしばらくすると、ケータリングサービスがやってきて、見事なクリスマスディナーを用意して、帰っていった。 香穂子と吉羅は、テーブルにクリスマスディナーを並べる。 「こういうのも良いですね」 「そうだね」 ふたりで視線を合わせて、にっこりと微笑む。 「では、今年もふたりでクリスマスを過ごせたのを嬉しいね」 「はい」 ふたりでグラスを重ねあう。 「メリークリスマス」 「メリークリスマス」 ふたりで食事をするのが、楽しい。 他愛ないことを話ながら、ふたりは楽しい気分になる。 こうしてふたりでいられること。 それが何よりも嬉しく、幸せだ。 ポタージュ、サラダ、サーモンのカルパッチョ、ローストチキン……。様々な料理を食べる。 料理の味は本当に美味しいものであるかもしれないが、香穂子にとっては吉羅と食事をすることが、最高の味付けだった。 デザートまで堪能した後、吉羅と後片付けをした。 皿などは捨てられるようになっているため、片付けはかなり楽だった。 片付けのあとは、ふたりでのんびりと出来る。これが何よりも嬉しい。 「香穂子、クリスマスツリーのところに行こう」 「はい」 ふたりで飾り付けたクリスマスツリーだ。 「暁彦さん、待って下さいね」 香穂子は吉羅へのクリスマスプレゼントを、ツリーの元に置く。 こうするととっておきのプレゼントのように見える。 「明日の朝、開けるのか楽しみだね」 「はい」 ふたりは微笑みあうと、ケーキよりも甘い時間を過ごしに行った。 翌朝、吉羅の胸のなかで幸せな気持ちで目覚める。 クリスマスの朝にはピッタリの目覚め方だ。 「おはよう」 「おはようございます」 見つめあった後、ふたりはしっかりと唇を重ねあう。 「さあ、着替えて、クリスマスの朝の儀式をしようか」 「はい」 ふたりは着替えて、リビングにあるクリスマスツリーに向かう。 「暁彦さん、この箱が暁彦さんへのクリスマスプレゼントです」 「私のプレゼントは小さいが、そのボックスだよ」 「有り難うございます」 吉羅は、香穂子からのプレゼントを手に取る。 「開けるよ」 「どうぞ」 香穂子はドキドキしながら、吉羅がプレゼントを開けるのを見つめる。 プレゼントは、ダークブルーのカシミアのマフラーだ。 「有り難う、大切にする」 吉羅の嬉しそうな表情が、香穂子は何よりの喜びだった。 「君も開けてみてくれたまえ」 「はい」 香穂子は楽しみにしながら、プレゼントを開ける。 そこにはダイヤの指環がはいっており、香穂子は幸せな驚きに息を飲む。 吉羅は香穂子を包み込むように背後から抱き締める。 「メリークリスマス、&結婚しよう」 吉羅の言葉に、香穂子は瞳に嬉し涙を浮かべながら、ただ頷いた。 クリスマスに最高のプレゼントがやってきました。 |