*ふたりだけの休日*


 

 ゴールデンウィーク。

 巷は大型連休で浮かれぎみではある。

 吉羅も休みではあるが、休みの間も、海外のマーケットは通常通りに空いているから、外資系投資会社の顧問としては働かなければならない。

 それに恋人も、ゴールデンウィークの半ばは、大型クラシックイベントに出演するために忙しい。

 結局、大型連休でうきうきとしている状況ではないのだ。

 ただ、いつもよりは逢うチャンスはたくさんある。

 吉羅も仕事をするといっても、メインの仕事は、星奏学院の理事長だから、サブの仕事を手伝うといった側面のほうが強いのだ。

 サブでも、それなりに報酬は貰ってはいるから、きちんとやるのは当然のことではあるのだが。

 だが、いつもよりは余裕があるし、恋人の演奏もたっぷりと聴くことが出来る。

 それも楽しみのひとつだ。

 香穂子の演奏をたっぷりと聴く機会も、最近は随分と少なくなってきてはいる。

 香穂子が高校生の頃は、本当によくヴァイオリンをきかせて聴かせて貰っていた。

 だが、今は、香穂子もプロのソリストとなり、なかなかそばで独占してヴァイオリンを聴くことは少なくなっている。

 だからこそ、恋人の音をたくさん聴くことが出来るのは、とても貴重で、また楽しみにしていた。

 

 香穂子が、クラシックイベントに参加する前日から、イベント翌日まで、会場周辺の外資系ホテルのジュニアスウィートを押さえた。

 香穂子の演奏を楽しめるし、しかも仕事も楽しむことが出来るのだ。

 吉羅にとっては、一石二鳥な環境だ。

 しかも、恋人も一緒に宿泊をする。

 吉羅の仕事道具と、香穂子の衣裳や仕事道具を、部屋に持ち込んで準備万端だ。

 香穂子はリハーサルと打合せが続き、余り時間がないようだったが、充実しているようだ。

 香穂子がヴァイオリニストとして活躍してくれるのは、吉羅にとっては何よりも嬉しいことだ。

 だからこそ、会えなくても我慢することが出来た。

 それを、吉羅は、かつてヴァイオリンを志したものとして、理事長として、行く道を支えるものとして、香穂子の活躍は、誇りに思えた。

 香穂子が、リハーサルに行っている間、吉羅はマーケットの仕事を行う。

 こうしていると、ふたりは上手くバランスを取って仕事をしていると吉羅は思う。

 吉羅は、白いカッターシャツに黒いスラックスのシンプルなスタイルで、仕事を楽しんでいた。

 仕事に没頭していると、夜はかなり深くなっていることに気付いた。

 まだ、香穂子は戻っては来ない。

 そろそろ食事を取らなければ、良くないだろう。

 そう思った時、香穂子からホテル到着の電話が入った。

 吉羅は直ぐに、フロントロビーに迎えにいくと、香穂子が嬉しそうな笑顔で待ち受けていた。

「暁彦さん」

「香穂子、リハーサルは上手くいったかな?」

「はい。お陰さまで上手くいきました」

「それは良かった」

「食事は?」

「軽くサンドウィッチを食べただけです」

「だったら、何か軽くルームサービスでも頼もうか」

「はい、有り難うございます」

 吉羅は、フロントでスマートに、ルームサービスの軽食メニューを注文した後、香穂子と一緒に部屋に戻った。

 レストランに食事に行っても良かったのではあるが、それだと香穂子とじっくりと楽しむことが出来ないと判断した。

 久し振りだから、吉羅は、香穂子とふたりで長く一緒にいたいのだ。

「ルームサービスにしてしまったが、レストランのほうが良かったかな?」

「いいえ、ルームサービスのほうが、暁彦さんと長く一緒にいられるから、そのほうが良いですよ」

「それはよかった」

 ふたりでエレベーターに手を繋いで乗り込んだ。

 直ぐにジュニアスウィートルームへと 向かう。

 一秒でも長く一緒にいたかった。

 部屋に入ると、吉羅は久々に、香穂子の柔らかな身体をしっかりと抱き締める。

 この身体をずっと強く抱き締めたかった。

 息が出来ないぐらいに強く抱き締めたかった。

 吉羅は香穂子の華奢で柔らかな身体を思いきり抱き締める。

 そのままゆったりとしたキスをする。

 激しいキスをすればどうなるかは、吉羅が一番よく分かっている。

 このままベッドへと直行してしまいたくなるのだ。

 だからこそ、柔らかく爆発する寸前に止まらなければならない。

 吉羅は香穂子に口付けたあと、髪を僅かに乱す。

「香穂子、お疲れさまだね。大丈夫かな?」

「有り難うございます。リハーサルも打ち合わせもしっかり出来ましたから」

「それは良かった」

 吉羅はホッとして、もう一度優しく香穂子の身体を抱き締めた。

 柔らかく抱き締めると、吉羅はほっとして微笑んだ。

「さてと、今日からはふたりで、真夜中はのんびり出来るのかな?」

「そうですね。のんびりしましょう。真夜中はですが」

 香穂子ははにかむように笑うと、自ら優しく吉羅を抱き締めてくれる。

 その柔らかさと温もりが、吉羅には嬉しかった。

 こうしているだけで、本当に癒される。

「こうして一緒にいられるのは久し振りだから嬉しいです」

「それは良かった」

 香穂子も余り濃密なキスをしてはダメなのは、分かっているからか、柔らかな触れるだけのキスをした。

 そのタイミングで、頼んでいた軽食が届いた。

「フルーツが美味しそうです」

「しっかりと食べておきなさい。明日からは本番だから体力は使うだろうからね」

「暁彦さんは、まるで保護者みたいです」

「……かつては君の保護者のようなものだったからね」

「 そうですね」

 香穂子はくすりと笑うと、フルーツを食べる。

「美味しい」

「それは良かった」

 香穂子は本当に美味しそうに食べる。

「しっかりと食べたら早く寝るんだね。明日は君も大変だろうから……」

「有り難うございます。暁彦さん」

 香穂子は嬉しそうにほんのりと笑った。

 

 食事の後、香穂子を先に風呂に入れる。

 吉羅はその間も仕事をし、香穂子が眠った頃に、入浴した。

 吉羅がベッドに向かうと、香穂子はすやすやと眠っている。

 疲れているから、起こすのは忍びない。

 吉羅は香穂子を愛したいのは山々だったが、そのまま休むことにする。

「おやすみ、よい夢を」

 吉羅は香穂子をしっかりと抱き締めながら、眠りに落ちる。

 優しい温もりだ。

 ただ香穂子と一緒にいるだけで、幸せになれる。

 香穂子を抱き締めているだけで、幸せな気持ちになる。

 幸せな休暇の始まりだ。

 これほど安心することはなかった。



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