*Golden Slumbers*


 愛し合った後の気怠い優しい幸せに包まれながら眠りにつくのが、何よりものひとときだ。

 愛する者の温かな温もりを抱きながら眠るのは、本当に幸せだ。

 安らいでいられるのは、愛しい者のお陰だ。

 香穂子がいるから、こうしてのんびりと眠れるようになったのだ。

 それまではこうして眠ることなんて出来なかった。

 吉羅は悪夢にうなされていた日々が懐かしく感じる。

 本当は今もたまには見ることがある。

 愛する者を失う夢。

 それは、姉を失った時だ。

 疲れている時には、あの頃のことばかりを夢で見る。

 香穂子がようやくその闇から解放してくれつつあるのだ。

 吉羅は、フッと自嘲気味に笑うと、香穂子を更に抱き締めた。

 あどけなく眠る香穂子の寝顔は、なんて可愛いのだろうかと思う。

 本当にいつまでも見つめていたいと思ってしまう。

 香穂子の寝顔を見つめながら、いつしか眠りに墜ちて行った。

 

 また、あの夢だ。

 姉を失う夢だ。

 香穂子と出会ってから、かなり頻度が少なくなったとはいえ、まだまだ見る夢なのだ。

 香穂子と一緒に過ごすようになってから、見なくなっていたのに。

 吉羅はこれは夢だと解っているのに、妙にリアリティがあり過ぎて、そう感じられなくなる。

 これはリアルなのだ。

 白くて冷たい長い廊下を歩いて、吉羅は病室のドアを乱暴に開けて入る。

 白いベッドの上には、誰かが眠っている。

 鼓動が激しくなり、目眩を覚える。

 息苦しくなりながら、ゆっくりとベッドに近付いていく。

 背筋に余り良くない汗を流す。

 冷たくて気持ちが悪い。

 吉羅の姿を認めた医師が、顔に掛けられた白い布を取る。

 スローモーションで顔が現われる。

 姉だと思っていた。

 そう思い込んでいた。

 しかし現れたのは、香穂子の白い顔だった。

「………!」

 

 すぐ近くで吉羅が苦しそうにしていて、香穂子は目を覚ました。

「…暁彦さん…?」

 顔を覗きこむと、明らかに夢にうなされているように見える。

 吉羅が夢にうなされるなんて、本当に珍しい。

 香穂子は、吉羅の額に触れた。

「暁彦さん、大丈夫?」

 本当に苦しそうだから、香穂子は心配で堪らなくなる。

 悪夢を見ているというのであれば、早く目覚めさせてあげたい。

 香穂子は、吉羅への愛しさが深い部分から込み上げてくるのを感じながら、その逞しい躰をしっかりと抱き締めた。

「…暁彦さん…、大丈夫ですから、本当に大丈夫ですから…」

 香穂子は何度も吉羅に言い聞かせるように言うと、背中をゆっくりと撫でてやる。

 いつも吉羅が慰めたり宥めたりしてくれているのと同じように、香穂子もする。

 優しく胸に抱き締めると、吉羅はうなされなくなる。

 苦しげな想いは少しでも取ってあげたかった。

「…暁彦さん、大丈夫ですよ…。私がずっとそばにいますから…」

 優しく柔らかな声で、吉羅に語り掛ける。

 すると安心したのか、吉羅の状態はかなり良くなっていった。

 

 香穂子がいなくなる。

 そんなことはあり得ないし、考えたくも信じたくもない。

 ましてや、一番痛い形で失うなんてことは、絶対に信じたくはなかった。

 吉羅が呆然とベッドの前に立ち尽くしていると、突然、香穂子が瞳を開けて、笑みが滲んだ瞳で見つめてきた。

「…大丈夫だよ、暁彦さん…」

 香穂子がキラキラと輝きながら、吉羅に微笑み掛けてくる。

 大丈夫。

 きっと大丈夫。

 香穂子はいなくなんかならない。

 吉羅はホッとして泣きそうになりながら、香穂子の華奢な躰を思い切り抱き締めた。

 

 そこで夢から醒めた。

 瞳を開けると、香穂子が優しく抱き締めて、心配そうに見つめてくれている。

「暁彦さん、大丈夫ですか?」

 香穂子が心配そうに見つめるものだから、吉羅はバツが悪くなる。

 少しだけ恥ずかしい。

「有り難う、平気だよ」

 吉羅は香穂子の柔らかな頬に手を伸ばすと、そのまま触れる。

 優しくて柔らかい弾力だ。

「…良かったです…」

 いつもとは真逆に、香穂子が柔らかなふんわりとした胸で抱き締めてくれている。

 これもまた心地が好いのではないかと、吉羅は思ってしまう。

「有り難う…」

 吉羅はそれだけを言うと、香穂子を力強く抱き締めた。

「…良かったです…」

 吉羅は香穂子の胸に甘えるように顔を埋める。

「…君が死んでしまう夢を見た…」

「…暁彦さん…」

 香穂子の声が明らかに心配そうに揺れている。

 恐らくは自分の声も同じように揺れていることだろう。

 吉羅は、震える心を香穂子に預けた。

「大丈夫ですよ。私は何処にも行きませんし、死ぬわけがありません。こんなにも元気なんですから」

 香穂子は優しく笑いながら、あくまでも円やかな声で囁いてくれる。

 その声を聞いているだけで癒された。

「有り難う…、香穂子…」

 吉羅は香穂子に総てを預けて甘える。

 こんなにも優しくて温かな気持ちにさせてくれるのは、香穂子以外にはいない。

 ほっこりとした優しい気分になり、先ほどまでの悪夢なんて何処かに行ってしまいそうだ。

 吉羅は深呼吸をすると、甘い気持ちになりながら、目を閉じる。

 女神に愛されている。

 しかも最高の女神にだ。

 それは心から感じる。

 香穂子以上の女神なんて、吉羅にはいないのだから。

 吉羅はフッと笑みを浮かべると、更に香穂子に躰を密着させる。

 すると香穂子はくすりと笑って、何度も背中を撫でてくれた。

 そのリズムがとても心地が良くて、吉羅は目を閉じる。

「…大丈夫ですよ…。今度はとても良い夢が見られますから…」

「…香穂子…」

 香穂子の優しい声で言われると、そのように思えてくる。

 今度見られる夢は、本当に素敵な夢だ。

「…そうだね…。良い夢は見られそうだ…」

「ええ。良い夢を見て下さいね」

 香穂子の声はとても心地好い子守歌になる。

 吉羅は幸せを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 柔らかな極上のまどろみにこのまま溺れてしまう。

 幸せな気分だった。

 

 吉羅がとても心地好さそうな寝息を立てているものだがら、香穂子はホッとする。

 母親のような優しい気分になる。

 今まではずっと守られる立場にあった。

 だからこそ今度は自分が守ってあげたいと思う。

 吉羅をずっと守っていきたい。

 悪夢からも何もかもからも。

 吉羅に仇なすものは総て。

 香穂子は、吉羅の柔らかな髪をそっと撫でながら、いつまでも抱き締める。

 やがて自分も同じように、ゴールデンスランバーに溺れながら。

 ゴールデンスランバー。

 それは愛がある極上のまどろみだから。



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