*はじめまして*


 明るい新緑の季節に生まれた我が子。
 ようやく外に出す事が出来るようになった。
 お出かけの最初の場所は、やはり星奏学院。
 夫であり、子供の父親でもある吉羅と出会った運命の場所だからだ。
 そしてそこには、ふたりの縁結びの神と言えなくもない、リリがいるのだ。
 やはりリリにはきちんとした形で、子どもと逢わせなければならないと、香穂子も吉羅も思っていた。
 明日、リリに息子を逢わせに行く予定だ。
 今日も三時間ごとの“おっぱいダンス”が始まる。
 まだまだ三時間に一度の授乳をしなければならないのだ。
 香穂子は息子をベッドから抱き上げると、直ぐに授乳を始める。
「さああきちゃん、おっぱいを飲もうか。おっぱいを沢山飲んで、大きくなろうね」
 香穂子は息子をしっかりと抱くと、早速、授乳を始めた。
 息子がおっぱいを飲んでいるのを見るだけで、香穂子は幸せな気分になる。
 愛する男性の子どもを生むだけなのに、こんなに幸せだなんて想像すら出来なかった。
 香穂子は宝ものである息子の顔を何度も覗きこむ。
 三時間おきの授乳や、息子の世話などが大変ではあるが、それでも息子の寝顔を見るだけで、疲れも吹き飛んでしまった。
 息子に授乳をしていると、吉羅が帰ってきてくれた。
「…おかえりなさい」
 授乳中なので、香穂子は吉羅を見上げて笑顔で言うのが精一杯だ。
「ただいま、香穂子」
 吉羅の低くて甘い声に癒されながら、香穂子は更に笑顔になった。
「シチューとサラダ、パンが用意してあります。私も授乳が終われば食べようかと思っています」
「では着替えてきたら、私が準備をするから、君は授乳をしてあげてくれ」
「有り難うございます」
「準備といっても、温めるだけなのだがね」
 吉羅はくすりと笑いながら、何処に何があるかを確認した。
「そうですね。だけど本当に有り難うございます」
「ああ。君を里帰りさせずにいるから、色々と大変だと思うから、こうするのは当然だよ」
「有り難うございます。里帰りって言っても近いですし、それに子どもと暁彦さんの絆をきちんと作りたかったから…。これは私のわがままですから。暁彦さんがかなり協力して下さるのも助かっていますよ」
 香穂子が笑顔で言うと、吉羅は笑みを浮かべてくれた。
「有り難う」
 吉羅は香穂子の髪をそっと撫でた後で、着替えに向かった。

 夕食の最終的な準備は、吉羅がしっかりとやってくれた。
 香穂子にはそれが嬉しかった。
 夕食が準備出来た頃に、息子がようやくおっぱいを飲み終えた。
「今から少しの間だけはおとなしいですね」
「そうだね」
 香穂子は息子をゆりかごに寝かせた後、食事をすることにした。
「君はたっぷり食べて、たっぷりと栄養を取らなければならないね」
「有り難うございます。しっかりと食べて栄養を沢山取りますね。あきちゃんのためにも」
「そうだね。だけど余り無理をしてはダメだ。君はいつも頑張り過ぎるきらいがあるからね。頑張ってくれるのはとても有り難いが、やはり君の体調が気になるからね」
「有り難う、暁彦さん。色々と気遣って下さって。本当に嬉しいです」
 香穂子が笑顔で言うと、吉羅はフッと笑って甘いキスをくれた。
「君の笑顔のためなら、私はどのようなサポートをするよ。息子も可愛くてしょうがないが…、それよりも君が愛しいんだからね」
「…私も暁彦さんが一番大切です」
「有り難う」
 ふたりで見つめあって、甘い食事の時間を共有する。
 それは以前からずっと行なっていることだ。
 子どもが出来たからといって変わる事はない。
 勿論、一生変わらない自信はある。
 ふたりでホッとするひとときを送る。
 暫く、息子は夢の中だ。
 三時間ごとの授乳は大変だが、よく眠ってもくれるので、ヴァイオリンを弾いたり、体調と体型を整える為に無理をしないかたちでワークアウトをしたり、昼寝をしたり…。
 時間の使い方が上手になったと、我ながら思う。
 無理をしない程度に、だが頑張れる部分は頑張りたい。
 それが香穂子のスタンスだ。
 息子が眠っている間に、香穂子は吉羅に甘えたり、ゆったりとした時間を過ごす。
 今、一番幸せな時間だ。
 吉羅はかなり忙しいのにも拘わらず、よく子育ての手助けをしてくれている。
 それが嬉しい。
 ふたりでゆったりとした時間を過ごしていると、息子が目を覚ます。
 またおっぱいダンスを始めたので、香穂子は授乳をしなければならなかった。
「君を取られてしまったね」
 吉羅が苦笑いを浮かべながら言うものだから、香穂子は困ったような笑みを浮かべた。
「取られてないですよ」
「ああ、解ってはいるんだけれどね…」
 吉羅はそう言いながら、息子の様子を眺めていた。

 交替でお風呂に入り、息子をお風呂に入れる。
 眠る前におっぱいを与えて、ここからは休息時間だ。
 吉羅とふたりでしっかりと抱き合って眠りながら、香穂子はしばし疲れを癒した。

 翌朝、息子と三人で、星奏学院へと向かう。
 いよいよリリへのお披露目なのだ。
 喜んでくれることは解っている。
 それゆえに、逢わせるのがとても楽しみだった。
「リリと対面する前に、理事長室に寄って下さい。おっぱいあげて、オムツも替えないとダメみたいです」
「解った」
 車が学院に到着すると、直ぐに理事長室へと向かい、息子が機嫌好くリリと対面出来るための準備を整える。
「暁彦さん、準備が整いましたから、行きましょうか」
「そうだね」
 吉羅に付き添われるようにして、妖精の像の前に向かう。
「この子は、生まれつきリリが見えるんですね。それは物凄く幸せなことですね。音楽の祝福が生まれつきあるなんて、この子はとても幸せですね」
「そうだね…。とても幸せだと、私も思うが…、実験台にされてしまうのがどうもね…」
「そうですね」
 それには香穂子も苦笑いを浮かべた。
 リリの像の前にふたりで立ち、香穂子はリリに呼び掛ける。
「リリ、赤ちゃんと挨拶に来たよ」
 香穂子が優しい声で語りかけると、リリがひょっこりと顔を出してきた。
「おうっ! 吉羅暁彦と吉羅香穂子ではないかっ! どれどれ、赤ん坊はなんと言うのだ?」
「吉羅美暁っていうんだよ。暁彦さんに似ているでしょう?」
「吉羅美暁か…! よしっ! 我輩から音楽の祝福を授けるのだっ!」
 リリは息子に温かくて不思議な魔法をかけてくれる。
 それがやはり嬉しい。
「この子は将来大物ヴァイオリニストになるぞ!」
「アルジェントリリ、その台詞は、私が生まれた時にも同じように言ったと父から聞いているが。お前の予言とやらは、全く当たらないようだ」
 吉羅はわざと挑発するようなことを言っている。
「だが、半分は当たっているではないかっ! 吉羅香穂子は素晴らしいヴァイオリニストになり、お前と結ばれたのだから」
「確かにその点は、お前には感謝しているがね」
 吉羅はリリに対しては相変わらずだ。
 だが、今は好ましく思っていることを知っている。
「吉羅美暁! これからもよろしくな!」
 リリが声を掛けると、息子は解ったのか笑顔で応えている。
 息子はリリが見えるから、本当に嬉しそうにしている。
「あきちゃんもリリが大好きみたいですよ」
「我輩もなのだーっ!」
 リリも息子も明るい笑顔になる。
 これからまた新しい吉羅家とファータの関係が始まる。
 明るい未来を予感させていた。



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