*Happy Birthday*


 愛するひとが生まれた日というのは、どんな記念日よりも最強だ。

 香穂子はそう思わずにはいられない。

 今日はお正月気分を味わえる最後の日ではあるのだけれど、それよりも大切なひとが生まれたかけがえのない日なのだ。

 香穂子は精一杯お祝いが出来るからと、ずっと楽しみにしていた。

 こんなに楽しみにしている日は他にないと言っても良かった。

 自分の誕生日よりも何よりも大切な日だからだ。

 だからといって、吉羅が香穂子の誕生日を祝ってくれるようにゴージャスなことは出来ないけれども、それでも気持ちだけは更にゴージャスでいたかった。

 香穂子はそれだけを思いながら、吉羅の為に細やかなバースデーパーティを企画した。

 

 その日は朝から準備で大変だった。

 勿論、吉羅は香穂子が何の準備をしてこれだけバタバタしているかは、充分過ぎるぐらいに解っているからか、余り邪魔をしないようにと気を遣ってくれていた。

 先ずはささやかな二人分のケーキを焼く。

 甘いものには厳しい目を持っている吉羅だから、ケーキを作るのは緊張してしまう。

 吉羅は静かに新聞を読みながら、ケーキが出来るのを待っている。

 吉羅がケーキを美味しいと言ってくれたら、香穂子にとっては一番の贈り物なのだ。

 お祝いをするほうなのに、褒められたいだなんて、矛盾している。

 お祝いというのは、祝われるほうも嬉しいけれども、色々と考えて企画をして相手の笑顔を貰うお祝いするほうが楽しくて嬉しいのかもしれない。

 凝ったケーキだと、パティシエが作った市販のケーキに負けてしまうから、手作りらしいシンプルなケーキを作る。

 ブランデーに漬けたドライフルーツやナッツを使った伝統的なケーキだ。

 材料の分量と混ぜ方や入れ方、オーブンの使い方が間違わなければ、確実に美味しく出来るケーキだ。

 ケーキは分量を量ったりして作る所は、化学実験に似ているのではないかと香穂子は思う。

 家で祝うシンプルで温かな誕生日が素敵なのではないかと思い、結局は押しかけてこうして料理をしているのだ。

 我ながら苦笑してしまう。

 香穂子が一生懸命ディナーに向けて頑張っているのを、吉羅は見守ってくれている。

 そのまなざしがとても優しくて、香穂子は吉羅を更に喜ばせたいと思わずにはいられなかった。

 お昼は吉羅が作ってくれると言ってくれたのだが、香穂子は簡単な中華粥を作る。

 吉羅の好きなメニューのひとつだからだ。

 手抜きをして申し訳ないとは思ったが、これが今香穂子に出来る精一杯のメニューだった。

 だが、吉羅はそれを黙って食べてくれる。

 あからさまに香穂子の料理を褒めることはなないが、いつもさり気なく気遣ってくれる。

 さり気ない優しさ。

 香穂子が吉羅に恋をした理由を担っている。

「有り難う。仕事の準備をしなければはならないからね。少し書斎に籠らせて貰うよ」

「はい」

 吉羅は食器洗い乾燥機に食べた後の食器をセットすると、そのまま書斎に行ってしまった。

 香穂子は、吉羅の気遣いに感謝をしながら、更に食事を作り始まる。

 吉羅に気に入って貰いたい。

 それだけを思って、香穂子はバタバタと作った。

 吉羅がいつも食べ慣れている高級レストランの食事よりも、味は劣ってしまうかもしれない。

 だが確実に心は籠っているはずだ。

 ケーキを焼き終えて、今度は簡単なローストビーフをグリルで焼きながら、サラダの準備をする。

 そして野菜たっぷりのミネストローネ、白身魚のグリルを作ってようやく完成だ。

 テーブルをセッティングして、後は吉羅を呼んでくるだけだ。

 その前に、自分自身を綺麗にしたくて、香穂子はシャワーを浴びて、お気に入りのモスグリーンの気品のあるワンピースを着て、化粧をする。

 おうちディナーではあるけれども、吉羅のために、自分自身のためにも、綺麗でいたかった。

 ようやく総ての支度を終えて、香穂子は吉羅の元に向かった。

「暁彦さん、食事の支度が出来ました」

「有り難う」

 振り返った吉羅は眼鏡を掛けていて、とても知的に見えた。

 クールでとても艶がある。

 あからさまなセクシィさではなく、どちからと言えば、知的さに裏打ちされた滲むような堂々とした大人の魅力といっても良かった。

 吉羅は仕事を置くと、香穂子と一緒にダイニングへと向かった。

 

 吉羅がテーブルに着くと、香穂子はワインを注ぐ。

 料理を気に入って貰えるのかドキドキしながら、吉羅を見た。

「暁彦さん、お誕生日おめでとうございます」

「有り難う、香穂子」

 吉羅はほんのりと微笑んで、喜びを滲ませていた。

 ふたりで他愛のない話をしながら、食事を楽しむ。

 決して賑やかでわいわいしているわけではないけれども、ふたりでいるだけで安心出来た。

 リラックスした楽しみを得ることが出来る。

 ドキドキしたり、リラックスしたり…。

 吉羅と一緒にいると、全く飽きなかった。

「食事はまあまあだね。悪くない。ヴァイオリンの腕と共に上がってくるね、君は」

「有り難うございます」

 吉羅がこうして柔らかく褒めてくれる時は、本当に心から褒めてくれている時だけだ。

 それが解っているからこそ、香穂子は嬉しかった。

「もう少しレベルアップをさせて、短時間でお料理が出来るようになるのが目標です。今日は随分と時間が掛かってしまいましたから、次回からはもう少し時間短縮を図りますね」

 香穂子はもっと張り切って頑張ろうと、素直に思う。

「ああ、期待をしているよ」

「はい。頑張りますね」

 どんなことがあっても、どんな失敗をしたとしても、吉羅はいつも香穂子を辛抱強く見守ってくれている。

 その大きな愛情と優しさに、香穂子はいつも感謝をしていた。

 デザートは、手作りケーキと、地元の有名レストランのブレンドティーだ。

「うちで食事というのは、やはり良いものだね。アルコールを気にせずに飲めるということもあわせてね」

 吉羅の言葉に、香穂子自身もつい笑顔になる。

 本日の自宅バースデーディナーを喜んでくれていたことが何より嬉しい。

「暁彦さん、お誕生日おめでとうございます」

 香穂子は一生懸命に選んだプレゼントを差し出す。

 悩んで選び抜いたネクタイは、いつめネクタイが欠かせない吉羅の為に選んだ。

「有り難う。開けて構わないかね?」

「はい」

 吉羅は微笑むと、丁寧に包み紙を外して、箱の中にあるネクタイを見つめる。

 タグを取ると、それを吉羅は手早くしてくれた。

 とてもよく似合っている。

 こうして直ぐに着けてくれたことが、何よりも嬉しかった。

「有り難う、嬉しいよ」

「私こそ嬉しいです」

 香穂子は胸に喜びが込み上げてきて、つい笑顔になった。

「香穂子…、私からどうしても欲しいプレゼントがあるのだが…くれないか?」

「え…?」

 香穂子が小首を傾げる中、吉羅は一枚の書類を取り出す。

 ブラウンの縁取りをされたそれは、婚姻届だった。

「ここに君のサインをして欲しい。これで完成だ」

「…はい…」

 感きわまって、香穂子は胸がいっぱいで、何をどう応えて良いのかが解らない。

「君の人生が欲しい」

 吉羅に言われて、香穂子は一度だけ頷く。

 吉羅から差し出されて万年筆で震えながらサインをする。

 吉羅にプレゼントしたいと思って、逆にプレゼントされてしまった。

「では出しに行こうか」

 吉羅はさらりと言うと、香穂子を連れて、休日受付へと向かった。

 

 受理をされて、ふわふわとした気分で家に帰る。

「有り難う、最高のプレゼントだよ」

 吉羅の言葉に、自分こそ最高に素晴らしいプレゼントを貰ったと香穂子は思った。




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