*記念日*


 今日はふたりの記念すべき日。
 再び結ばれて一緒になった日だ。
 本当の意味での結婚記念日だ。
 ささやかではあるが、お祝いをしたいと思い、香穂子は朝から張り切っていた。
 今夜は本格的なお祝いをしたかった。
 先ずはケーキ作りから始める。
 香穂子の小さな小さな子供たちも、一緒に手伝ってくれている。
「ママー、お砂遊びみたくにしたら良いの?」
 製菓用の小麦粉を振うのは、暁慈の仕事だ。
「そうだよ、あきちゃんはお砂遊びが得意でしょう? だからお願いするね」
「うん」
 暁慈は機嫌よく母親の手伝いをしてくれている。
 こうしてよく気が利く息子に育ってくれるのが嬉しい。
「ママー、あしゃひは?」
 今や一端のお姉さん気取りのあさひは、製菓用のヘラを持って、何かをしたくてうずうずしているようだ。
「あさひはね、卵を混ぜて貰おうかな」
「あいっ!」
 香穂子は、割った卵を、慎重に娘と一緒に掻き混ぜる。
 こうして子供たちと一緒に料理をする瞬間がーとても楽しかった。
「今日はどうして特別なの?」
「今日はママと父さんが結婚した日だからだよ、あさひ。大事な日なんだ」
 暁慈はしっかりとした口調で言う。
「たいせつ、たいせつなんだね」
「そうだよ」
 香穂子は笑顔で言うと、あさひは笑顔で微笑んだ。
 朝からキッチンがとても楽しい空間になっているからか、吉羅が吸い寄せられるようにやってきた。
「何だか楽しそうだね」
「暁彦さん」
「パパー」
 吉羅の顔を見るなり、子供たちは駆け寄っていく。
「今日はたいせつな日だから、ママのお手伝いをしているんだ」
「ちているのっ!」
 あさひが舌足らずで言うと、吉羅はフッと笑った。
「朝からご苦労様だね。確かに今日はとっても大切な日だからね。夜はみんなでお祝いをしよう」
「あいっ!」
 お祝いをするのが何だかとても楽しみな様子で、子供たちは大騒ぎをしている。
 それが可愛くて、香穂子はつい笑顔になった。
「みんなで楽しくお祝いをしようね」
「赤ちゃんもーっ!」
「そうだね、赤ちゃんも一緒にお祝いをしようね」
 香穂子は笑顔を浮かべると、子供たちを抱き締めた。
 香穂子のお腹にいる三人目の子供も、返事をするように足を動かしているのを感じる。
 胎動はいつ感じても、なんて幸せなのだろうかと、思わずにはいられない。
「赤ちゃんも一緒にお祝いが出来ることを喜んでいるよ」
「本当に!?」
 子供たちは突出た香穂子のお腹を抱き締めて、胎動を感じようとしている。
 それがまた幸せだ。
 ふたりともまた成長してくれている。
 こうして子供たちの成長を感じられるのが、香穂子には幸せでしょうがなかった。
「赤ちゃんもみんなでお祝いしようか」
「あいっ!」
 子供たちは手を上げて返事をしてくれている。
 本当に幸せだ。
 この幸せはみんなで作っていっているものだ。
 その作るプロセスが、香穂子には幸せでしょうがなかった。

 子供たちに手伝って貰いながらケーキの下準備を終えて、料理の下準備に入る。
 最初は楽しそうに準備を手伝っていた子供たちも流石に飽きて来たようだった。
 まだ小さいのだから、それはしょうがない。
「暁慈、あさひ、お父さんと散歩に行かないかね?」
「行くー!」
 子供たちは元気よく言った後、不意に香穂子に済まなさそうな視線を向けてきた。
「大丈夫だよ、お父さんと散歩に行ってらっしゃい」
 香穂子が優しいトーンで言うと、本当に嬉しそうに頷いていた。
「じゃあママ、とーしゃんと一緒におしゃんぽに行ってくうね」
「はい、楽しんでいらっしゃい」
「ありがと」
 ふたりの腰に巻かれていたカフェエプロンを外してやり、吉羅を見た。
「お願いします」
「ああ」
 吉羅は子供たちとしっかりと手を繋ぐと、キッチンから出て行く。
 ひとりになった後、もう少し頑張らなければならないと、香穂子は料理に集中することにした。
 美味しく幸せな晩餐にするために。

 吉羅は、ふたりの子供たちを連れて散歩に向かう。
 今日は記念日だから、途中で花を買い求めようと思っている。
 香穂子に似合ったピンクと白の薔薇を贈ろうと思っている。
 しっかりと左右に別れて手を繋いでいる子供たちの温もりに、吉羅は幸せを感じずにはいられない。
 本当に幸せでしょうがない。
 もうすぐ両手では手を繋ぐのが足りなくなってしまうが、それもまた幸せな悲鳴と言っても良かった。
 車で花を買いに行くのも良かったのだが、そうすると手を繋ぐことが出来ないからと、吉羅は結局、歩くことにした。
 それもまた幸せだ。
 急な坂を親子三人でゆっくりと下りる。
 あさひはまだまだ小さいが、頑張って坂を下りてくれた。
「あしゃひね、こうちてしゃかをみんなで下りるのがだいしゅきなのっ!」
「そうだね。みんなが一緒だったら楽しいね」
「うんっ! みんないっちょがしあわしぇ」
 あさひの言う通りだと、吉羅は思う。
 それが一番の幸せだ。
「今日は一緒に花を買いに行こうか。お母さんが美味しいケーキを作ってくれているから、紅茶を買って帰ろうか」
「あいっ!」
 ふたりともミルクティーが大好きなので、それに合う茶葉を買って帰ることにした。
「僕、ミルクティー大好きだよ」
「あさひもーっ! みるくちーだいしゅきなのっ!」
 三人で手を繋いでゆっくりと坂を下りる。
 妊娠中は、香穂子にはこの坂を上り下りをするのを禁止している。
 小さな子供を連れているから余計だ。
 出掛ける時にはタクシーを使うように言っているが、香穂子はバスを使って坂を下りていた。
 そのあたりは、特に香穂子らしいと思う。
 花屋に行って先ずは、香穂子への感謝を込めた花束を買う。
 吉羅にとっては、結婚してくれて有り難うという意味合いが強い。
 香穂子が一緒になってくれたからこそ、今の幸せがあるのだ。
 吉羅はこの幸せを絶対に手放したくはないと思う。
「お母さんはピンクと白が好きだから、その薔薇にしよう」
「あしゃひもぴんくがだいちゅきっ!」
「あきちゃんは白っ!」
 子供ふたりが手を上げて答えている。
 こうした幸せの瞬間を花束にしてプレゼントをしてくれたのは、紛れもなく香穂子だ。
 香穂子はいつも想像以上の幸せをくれるのだ。
 吉羅は子供たちと一緒に薔薇の花を選び、それをアレンジして花束にして貰う。
「嬉しいなあ、ママが喜んでくれるのが」
「そうだね」
 花を受け取った後、行きつけの茶葉専門店でミルクティーに合う茶葉を買い求める。
 最後に、ベルギーの最高級チョコレートを買い求めた。
 これで、記念日の準備は完璧だ。
 親子三人で顔を見合わせると、幸せな気分になった。

 結婚記念日のディナーは、香穂子が豪華な料理を沢山準備してくれた。
 スープやチキンパイ、魚のグリル、サラダなど、本当にお腹いっぱいになる。
 その上、デザートはケーキだった。
 先程、渡した茶葉を使ってミルクティーを淹れてくれる。
 ここで小さな子供たちの出番だ。
「ママー、記念日おめでとうー」
「おめれとう」
 息子からは花束、娘からはチョコレートが渡される。
 こうして祝ってくれるのが嬉しくて、香穂子は大きな瞳に涙を滲ませた。
「…有り難う…」
 本当に嬉しいのか、香穂子はいつまでも泣き続けた。

 幸せな記念日の夜を過ごして、一足先に眠った妻を、吉羅は微笑みながら見つめる。
「いつも有り難う…」
 吉羅は甘い声で囁くとー香穂子の左手薬指に、結婚指環に重ねる形で、薔薇をモチーフにした愛らしい 指環をそっと填めた。
「愛しているよ。いつも有り難う…」



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