バレンタインデーが近いこともあり、あさひはバタバタとチョコレート作りに精を出している。 幼稚園児のゆうひも、姉の手伝いをしている。 それをサポートしているのが母親の香穂子だ。 かつて暁慈も母親とふたりで、バレンタインチョコレートを作ったものだ。 今は作らなくなってしまったが、とても甘くて懐かしい思い出だ。 姉たちに混じって暁美もカフェエプロンをつけて、一生懸命頑張っている。 その姿を、かつての自分に重ねる。 キッチンでのチョコレート作りでグチャグチャになっている様子を見ながら、つい微笑んでしまう。 母親はといえば、相変わらず仲が良い父親のために、娘たちに混じってチョコレートを作っている。 暁慈たちにも毎年美味しいチョコレートをプレゼントしてくれているが、それでも父親への大きさには負けてしまう。 「お兄ちゃん!」 ゆうひが暁慈の姿を見つけるなり寄ってきた。 「一緒にチョコレートを作ろうよ。お兄ちゃんにもあげるからね」 ニコニコと笑われて、暁慈は困ってしまう。 「ゆうひ、上手くいかないんだよ。あさひお姉ちゃんみたいに上手くないんだよ」 しょんぼりとしているゆうひが可愛らしくて、暁慈はつい微笑んでしまう。 「解ったよ。ゆうひ、手伝おうか」 「ホント!?」 年の離れた妹の願いには、本当に弱い。 暁慈は、カフェエプロンを着けて手伝うことにした。 「暁慈、有り難う」 香穂子がにっこりと笑って、肩をポンと叩いてくれる。 母親だけで、チビ軍団を見るのは大変だとも思っていたのだ。 暁愛だけは、ヴァイオリンのレッスンで不在だったが、兄妹そろってガヤガヤとしたチョコレート作りになった。 「やっぱりお兄ちゃん上手いね。お兄ちゃんがやると魔法みたいに上手くいく」 ゆうひは瞳をキラキラと輝かせながら、暁慈の様子を見ている。本当に楽しそうだ。 「ゆうひ、ズルイよ。暁慈お兄ちゃんに手伝って貰ったら上手くいくのは当然じゃん。だってお兄ちゃんは、器用なんだもん」 あさひはほんのりと拗ねるように言う。 「あさひは小さなチョコレートを沢山作っているけれど配るのか?」 「うん、そうだよ。“仲良くしてくれて有り難う”っていうお礼かな? クラスの女子はみんな配るって言っているよ」 「そうなんだ」 暁慈も、ブームのように色々と小さなチョコレートを貰ったことを思い出した。 あさひぐらいの年の子たちには起こるブームなのかもしれない。 暁慈は、ゆうひのチョコレート作りを手伝った後、あさひのチョコレートも手伝う。 「お兄ちゃんって何でも器用だね」 あさひは感心するように、暁慈の手元を見ていた。 「だって暁慈はお父さんに一番よく似ているから器用なのよ」 香穂子は誇らしげに言いながら、チョコレートを作っている。 母親の横顔を見つめながら、本当にふたりはいつまでも仲が良いと思った。 妹たちのチョコレート作りが終わり、結局はラッピングまで手伝った。 「暁慈、有り難う。勉強の邪魔をしてごめんなさいね」 「大丈夫だよ、お母さん」 暁慈は良い気分転換になったと思いながら、自室へと戻った。 バレンタインデー前日、学校に向かうと、暁慈は沢山のチョコレートをプレゼントして貰った。 直接、渡されたものもあれば、そっと机に置いてあるものもあった。 「バレンタインチョコレートを配るのがブームなのかな…」 教師が心配して紙袋を用意してくれるぐらいのチョコレートが集まってしまった。 「吉羅、お前、凄いよな、そのチョコレートの数。今年の一番じゃないの?」 「みんなも同じだけ貰っただろう?」 「いいや! お前だけだぜ、こんなに沢山は。誰も紙袋を持っていないだろう?」 「え?」 自分はそれ程でもないと思っていたので、正直言って困ってしまった。 「みんなも同じだと思ってたよ」 とにかく。 お返しのクッキー作りが大変だと思いながら、暁慈は溜め息を吐いた。 また、母親に手伝って貰わなければならないだろうと思いながら。 家に帰ると、暁愛が、小学校やヴァイオリン教室でかなりの数のチョコレートを貰ってきていた。 暁慈も、塾でもチョコレートを貰ってしまい、かなりの数になっていた。 流石にまだまだ小さい暁美には、母親と祖母、そして姉たちに貰ったものぐらいしかない。 そのせいで、幾分か拗ねているようだった。 「あきちゃんもね、大きくなったら、沢山貰えるようになるよ。お兄ちゃんたちのようにね」 香穂子が弟を慰めながら、とっておきのチョコレートを渡している。末っ子の特典だ。 暁愛は天才ヴァイオリニストとして既に注目をされているからか、かなりのチョコレートの量だ。 恐らくは我が家で一番ではないかと思う。 「今年はやっぱり暁慈が一番ね」 母親の言葉に、暁慈は驚いてしまった。 「へ…?」 「ゆうひの幼稚園の先生やお母様方からもチョコレートを頂いているのよ。それがなかったとしても、やっぱり暁慈が一番か」 香穂子が誇らしげに言いながら、チョコレートを眺めている。暁愛はといえば、兄を尊敬するようなまなざしを向けていた。 「流石はお兄ちゃんだよね。俺の目標だからさ」 こんなことをサラッと言われると、照れるのと同時に嬉しくもなる。 「有り難う」 暁慈が声を掛けると、暁愛もまた笑った。 「暁慈、お母さんからのチョコレートよ」 「ゆうひからも!」 「あさひからも!」 可愛い妹たちからも、嬉しいチョコレートを貰えて、暁慈は温かいチョコレートになる。 「有り難う。一番嬉しいチョコレートだよ」 暁慈はいち早くこれだけは食べようと思う。 「暁慈は、本命さんからチョコレートを貰ったの?」 母親は柔らかく笑いながら訊いてくる。 まだ、愛だの恋だのと考えたことはないから。 「いないよ。家族チョコレートが今のところは本命チョコレート」 暁慈は父親と同じようにフッと笑うと、妹たちを見た。 「お前たちは、本命にチョコレートを渡したのか?」 妹たちは恥ずかしがるかと思ったが、意外にニコニコとしながら暁慈を見た。 「渡したよ」 あっさり認めたので、暁慈は兄として嬉しいやら、寂しいやらの複雑な気持ちになる。 「だって家族が本命チョコレートなんだもん!」 妹たちは暁慈と同じような答えをするものだから、嬉しくて笑ってしまう。 「本命がいっぱいね。だけどいつかたったひとりの本命さんが現われるわよ」 母親も柔らかく微笑んでいる。 妹たちはロマンティックにその話を聴いていた。 「ママの“本命”さんはパパってこと?」 ゆうひがこまっしゃくれた表情で澄して言う。 「そうだよ。ママの“本命”さんはお父さんだよ。たったひとりの運命のひとなのよ」 「わあ…」 そろそろ恋に興味を持ちつつあるあさひが、うっとりとしながら話を聞いている。 本当に両親は理想だ。 両親のように、たったひとりの運命のひとが現れたら、こんなにも幸せなことはないだろう。 暁慈はそう思うと、胸がきゅっと甘く切なくなった。 妹たちもうっとりしている。 このような両親の子供に生まれて、本当に良かったと、暁慈は思わずにはいられない。 いつか、自分を含めた兄弟全員の“本命”が現われるまでは、家族がそれであり続けると、暁慈は思った。
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