ときめきの点灯式


 女の子にとってイルミネーションは、心と想い出を彩る宝石のようなもの。
 ロマンティックで甘いキラキラしたコンペイトウのようなもの。
 だからこそ、大好きなひとと見たいもの。
 大好きなひとと見るイルミネーションは最高にロマンティックだから。

 去年は受験生で、まだ高校生だったから、東京ミッドタウンの点灯式には参加することが出来なかった。
 ただ点灯した後のイルミネーションを、吉羅と散歩がてらに見ただけだ。
 しかも手を繋ぐことすらしなかった。
 ロマンティックなのに少しもロマンティックでないイルミネーションの散歩だった。
 今年は大学生で、吉羅と本格的に付き合い始めた。
 だからロマンティックなイルミネーションデートを、香穂子は夢見ていた。
「暁彦さん、今年はミッドタウンの点灯式に行きたいです」
 香穂子が甘えるように言うと、吉羅は困ったように眉を寄せた。
「点灯式の日はかなり忙しくてね。君の要望には上手く応えてあげることが出来ないんだよ。申し訳ないがね」
 吉羅はいつものようにクールに言うと、小さな子どもにするように香穂子の頭を撫でてくる。
 吉羅が多忙を極める社会人であることぐらいは、充分解っているから、香穂子は我が儘を言うことが出来なかった。
「この埋め合わせはちゃんとする」
「はい。有り難うございます」
 吉羅は一度だって嘘を吐いたことはないから、香穂子はロマンティックな埋め合わせをほんのりと期待をする。
 本当は何処の点灯式だって良い。吉羅と一緒にいられるのならば何処だって構いはしないのだ。
 ただ、一緒にロマンティックを共有することが出来たら香穂子はそれで構わなかった。
 吉羅はロマンスがとても似合う男だし、ロマンスの溢れたことをさりげなくしてくれる。
 それがとても嬉しい。
 だから今回はしょうがないと思い、諦めることにした。

 恋人がいる友人たちは、誰もがロマンティックな点灯式に華やいだ気分になっている。
 あちこちのショッピングモールやセンター、はたまた教会で行われる点灯式をチェックして、スケジュールを調整していた。
「ねえ、香穂子は点灯式は行かないの?」
「うん。今年は都合がつかないって。しょいがないよ、社会人だから」
「そうか…」
 友人の問いに、香穂子は苦笑いを浮かべながら答えた。
 恋人がいることはきちんと伝えてはいるが、それが理事長吉羅暁彦であることは、伝えてはいない。
 まだ内緒にしなければならない段階だからだ。
 天羽だけは知っているが、彼女はかなり強く情報をガードをしてくれていた。
「クィーンズスクエアで点灯式があるんだって! これだったら学校の帰りにかなり気軽に行けるから、一緒に行こうよ。みんなで」
「そうだね」
 今年の点灯式も友人と一緒になりそうだ。
 折角の“恋人たちのシーズン”なのに、その初っ端から堪能出来ないのが、ほんのりと切なかった。

 クィーンズスクエアでの点灯式の日、香穂子は仲間たちと一緒に点灯式に向かった。
 天羽や加地、土浦に火原など、高校からの友人と一緒だ。
 点灯式の来賓席に、吉羅暁彦の姿を見つけた。
 地元の有名学校法人の理事長としては出席しなければならないのだろう。
 その横にはそこそこ有名なモデルがいる。20代後半OLをターゲットにした雑誌の専属モデルだ。
 コンサバティブな美しさを持ったモデルで、思わず見とれてしまう程に美しかった。
 その女性が愛する恋人の横にいる。
 恋人としては嫉妬せずにはいられなかった。
 ふたりを注視して見てはいけないと解っているのに、つい夢中になって見てしまう。
 嫉妬が滲むのは女の性なのかもしれない。
「理事長がいる。綺麗なひとと相変わらず一緒だね」
「そうだね」
 加地の言葉に、香穂子は何とか笑顔で答えた後、吉羅を見ないように心掛けた。
 なるべく加地を見るように努めるしかなかった。

 香穂子が点灯式にいる。
 それはそれで構わないのだが、加地葵ばかりを見て微笑んでいるのが気にかかる。
 吉羅は苛々するのを感じながら、ふたりを注視せずにはいられない。
 離れて欲しい。こちらを見て欲しいと、そればかりを思ってしまう。
 吉羅のフラストレーションはかなりのものになっていた。
 やがて点灯式が始まり、吉羅は来賓としてクールに装う。
 だがイルミネーションの美しさよりも、楽しそうに仲間に向けられている香穂子の屈託ない笑顔が気になっていた。
 このまま連れて行ってしまいたい。
 香穂子を自分のそばにあさせたい。
 イルミネーションはこんなに綺麗でロマンティックが溢れているから、香穂子と並んで見たかった。
「綺麗ですね」
「そうですね」
 全く魅力的に感じられないモデルの笑顔に、吉羅は曖昧に笑うしかなかった。

 見事にセンターのツリーに点灯されて、香穂子も仲間たちも大きな歓声を上げた。
 これほどのロマンティックは、他にないのではないかと思う。
 なのに大好きな男性は、綺麗なひととイルミネーションを眺めている。
 しかも微笑みあっているのが見える。
 痛くて切ない風景だと思わずにはいられなかった。
 点灯式が終わり、香穂子は仲間たちと近くのカジュアルなカフェに入り、ホットチョコレートを買った。
 このまま歩いて帰ろうかと思う。
 少しのおしゃべりを堪能した後で、香穂子はのんびりと歩くことにした。

 点灯式の煩わしい挨拶からようやく抜け出して、吉羅は香穂子を探す為に、クィーンズスクエアを走った。
 だがその姿は何処にも見つけることは出来ない。
 誰かと一緒にイルミネーションを見られるのは不快だ。
 来週あるミッドタウンの点灯式のために、吉羅はスケジュールを空けることを決意した。

 ミッドタウンの点灯式の日、香穂子は真直ぐ家に帰ろうと、大学から出ようとしていた。
 仕方がない。きっともっとロマンティックなことは起こるだろうから、それまでは我慢だ。
 香穂子が大学を出てのんびりと坂を下っていると、聞き慣れたクラクションが背後から聞こえた。
 これには香穂子も驚いた。
 まさか。
 立ち止まると、ゆっくりとフェラーリが横付けされる。
 助手席のドアが開いて、吉羅が顔を出してきた。
「香穂子、乗りたまえ」
 吉羅はピシャリと言うと、香穂子の手を取って強引に車に乗せた。
「…暁彦さん」
「今から六本木に行く。その後は一緒に過ごそう」
「暁彦さん…」
 嬉しくて涙ぐむと、吉羅はしっかりと手を握り締めてくれる。
「香穂子、急ぐよ」
「はい」
「ご両親には、後から泊まることを連絡してくれないかね?」
「はい、解りました」
 吉羅はフッと笑みを浮かべると、車を六本木方面へと走らせてくれた。

 無事にミッドタウンに到着し、点灯式に間に合った。
 ふたり揃って寄り添いあい、点灯式を見守る。
 なんて幸せでロマンティックなのだろうかと思う。
 愛するひとと見る点灯式が、何よりも素敵だ。
 いよいよイルミネーションが点灯される。
 その瞬間、吉羅に引き寄せられて甘いキスを受けた。
 キスの後、吉羅は甘く微笑んでくれる。
「暫く歩いて楽しんだ後、レストランで食事をして、イルミネーションを見ながら夜を過ごそう」
「はい…」
 大好きなひとと見るイルミネーションはやっぱり特別にロマンティック。
 香穂子は吉羅がくれた本当にロマンスが溢れたプレゼントに、甘く酔い痴れていた。


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