*Anniversary*


 今日は開港祭。
 いつもの年よりも盛り上がっているのは、今年が開港150周年だからだろう。
 そんな特別な年に、最愛のひとと過ごせるのはとても嬉しい。
 香穂子は、開港祭の花火を見るために、吉羅と約束をしていた。
 開港150周年の式典も一緒に参加し、さり気なく吉羅のパートナーとしてのデビューを飾った。
 吉羅とこうしてふたりで過ごすことが出来るのが、何よりも嬉しかった。
 今日は、花火が見事に見える高級レストランで食事をした後、ふたりでゆっくりとした時間を過ごす予定だ。
 かなり前から楽しみにしていた“ロマンティック”デートなのだ。
 だからいつもよりは少しだけ気合いを入れて、香穂子はお洒落をした。
 約束の場所に行くと、タイミング良く吉羅の車がやってきた。
「お待たせしたね」
 吉羅の言葉に、香穂子は笑顔になる。
 大好きなひとと過ごすメモリアルな開港祭。
 そのために随分と前から待っていたような気がした。
 今日は開港祭の花火が上がるということで、みなとみらい周辺は、かなり人だかりになっている。
 吉羅がきちんとセッティングをしてくれているお陰で、香穂子はゆったりとした時間を過ごすことが出来る。
 それが嬉しかった。
「いつもよりも車が混んでいるね」
「そうですね。やっぱり花火を見たいからですよね」
「車はホテルに置いていくから、歩いて貰うことになるが構わないかね?」
「はい。暁彦さんと歩くのは楽しいですから、逆に嬉しいです」
「なら良かった」
 今夜はみなとみらいで宿泊をする。
 ロマンティックな緊張に、香穂子は肌を甘く震わせていた。
 吉羅と過ごす時間は何よりもロマンティックだから。
 車をホテルの駐車場に預けて、チェックインだけしておく。
 吉羅とそのまま手を繋いで、大桟橋へと向かった。
 みなとみらいからだと良い散歩コースになる。
「こうして歩いていると気持ちが良いですね。今日は晴れて良かったなって思います」
「そうだね。私もそう思うよ」
「こうして気持ちが良い日に、暁彦さんと一緒に手を繋いで散歩をするだけで嬉しいです。堂々と手を繋げるようになったんですから」
「君ももう二十歳だからね。これからはお互いに自己責任の恋愛になるから、世間の風当りは柔らかくなるからね。私も君を無駄に傷つけないから、嬉しいよ」
 吉羅は今まで香穂子を無駄なバッシングから守り続けてくれた。それは今でもかなり有り難い。
 吉羅自身は、どんなに叩かれたとしても香穂子と付き合うことは止めないと、付き合い始めた大学に入って直ぐの時に言ってくれた。
 それからずっと守ってくれているのが嬉しかった。
「いつも本当に有り難うございます。あなたに守られてばかりだから、これからはなるべく私が暁彦さんを守ることが出来るように頑張りますね」
「ああ、有り難う。お互いに守り、守られる関係が理想的だからね」
 吉羅の言葉に、香穂子はつい笑顔で頷いた。
 ふたりで夕刻の横浜をぶらりと歩くのが嬉しい。
 香穂子は笑顔で吉羅に寄り添う。
 今まではこんなにも大胆なことは出来なかったから。
 ふたりで、横浜をゆっくりと歩く。
 それだけで香穂子は幸せだった。

 ゆっくりと歩いて、ようやく大桟橋へとやって来る。
 レストランに入ると、花火が最も美しく見える席に通された。
「…綺麗ですね。ここから夜景を見るだけでも、とてもロマンティックです」
「そうだね。今日は横浜には特別な日だからね。余計にそう思うのかもしれない」
「はい」
 二人とも横浜で生まれて育った。
 だからここは何よりも特別な場所なのだ。
「今夜は目でも楽しめて、ご飯も美味しいだなんて嬉しいです」
 香穂子は、鼓動がダンスを踊るほどに、雰囲気を楽しんでいた。

 食事が運ばれ始めるのと同時に、空が見事な紫色に染め上がってくる。
 柔らかな紫色から、強き色をたたえた闇へと変わる様は、圧巻だ。
 紫に染まるイルミネーションがやがて夜の闇に溶け込んでいく。
 横浜のベイエリアの夜景はこれほどまでに美しいものなのかと、香穂子は感じずにはいられなかった。
「本当に綺麗ですね…。横浜の夜景がこんなにも綺麗だなんて思ってもみなかったです」
「本当にね。写真に撮りたいと思うが、見たところの感動はやはり半減するような気がするからね」
「そうですね」
 横浜の景色が素晴らし過ぎて、暫くは、じっと見つめることしか出来なかった。
 紫色から闇へと空の色が変化を遂げた時、麗しい空のショーが終了する。
 香穂子はその光景の余韻を、まだ楽しんでいたかった。
 美しい自然の営みが終わった時、ふたりの視線はお互いを見つめる。
「食べ物が冷めてしまうね。食べようか」
「はい」
 香穂子は空から今度は食べ物へと視線をシフトさせた。
「美味しいです」
「それは良かった」
 香穂子は嬉しく思いながら、吉羅を見る。
 吉羅と一緒に食事をするだけで、どのような食事であったとしても最高のディナーになった。
「綺麗な上に美味しいんですね。とても嬉しいです」
「気に入ってくれて嬉しいよ」
 吉羅はクールに言うと、香穂子を見た。
「そろそろ花火が始まるね」
「はい! これが楽しみで楽しみでしょうがないんですよ」
「私も子どもの頃は、開港祭の花火大会を楽しみにしていたよ。よく父にねだって連れてきて貰ったものだ」
「私もなんですよ。父にねだって、姉兄と一緒に花火を見に来ていましたよ」
「やはりこの花火は特別なものだね」
「はい」
 打ち上げられていく花火は本当に美しくて、香穂子は食べるのを忘れてしまうほどに見入っていた。
「香穂子、ちゃんと食べるんだ。後でお腹が空いてしまうだろう」
 吉羅の意味深な笑みに、香穂子は真っ赤になって俯くしかなかった。
 楽しんでいるうちに、やがて花火はクライマックスを迎える。
 そのタイミングにデザートが運ばれてくる。
 ガラスの器に乗せられた、とても綺麗なデザートだった。
「…え…?」
 運ばれて来たデザートのデザインに、香穂子の目は奪われる。
 見た瞬間、息が止まるほどに息を呑んだ。
「…暁彦さん…」
 デザートプレートにデザインされた文字を見るだけで、香穂子は感きわまってしまう。

 香穂子へ。
 結婚しよう。
 暁彦。

 なんてロマンティック。
 まるでロマンス小説のヒロインのような気分にさせてくれる。
 甘くて月並みなサプライズではあるかもしれないが、それでも香穂子は幸せな気分になれた。
「…嬉しいです…」
 半分上手く言葉を紡ぐことが出来なくて、吉羅をただ真っ直ぐ見つめるだけだ。
「…有り難う…。とっても嬉しいです…」
 香穂子は、吉羅に笑おうとしたが、上手く笑えなかった。
「…嬉しいです…、本当に嬉しくて…、何をどう言って良いのかが分からなかったから…」
 「香穂子、君は本当に綺麗だよ…」
「有り難うございます…。本当に嬉しくて」
 香穂子は嬉しさの余りに涙ぐんでしまう。
 そのまま吉羅は香穂子の左手を取ると、婚約指輪を左手薬指にはめてくれる。
「…有り難う…」
 香穂子は嬉しさの余りに涙が零れて来る。
「私こそ有り難う。幸せにする」
「私こそ有り難うございます」
 横浜が開港した記念すべき日。
 香穂子と吉羅にとっても特別な日になる。
 ふたりにとっても今日は婚約記念日。
 これ以上に素晴らしいことはないと、香穂子は思った。



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