香穂子が良いと言ったにも拘らず、吉羅は立派な染色職人が描いた鯉のぼりを暁慈のために買い求め、家紋が入った立派な五月人形を買い求めた。 暁慈は吉羅家の長男だから、これぐらいは当然だと言うのだ。 今年でこの組み合わせを飾るようになったのも三回目。 暁慈ももうすぐ五歳になり、妹の朝陽の面倒をよく見ている。 「あの大きいのがお父しゃんで、ちょっと小さいのがママ、で、あれが僕で小さいのが朝陽だよ」 朝陽に鯉のぼり家族を、自分達に当てはめて説明している。 それが可愛くて、香穂子は思わずにっこりと微笑んだ。 「じゃあ赤ちゃんは?」 朝陽は母親のまだ出ていないお腹をじっと見つめる。 ふたりにとっての妹か弟が、晩秋に誕生する予定だ。 「可愛い赤ちゃん鯉のぼりはいないの?」 朝陽の素朴な言葉に、香穂子は笑顔で頷く。 「来年には赤ちゃん鯉のぼりが増えるよ。朝陽の時もそうだったから、お父さんがちゃんと用意をするから心配しないでね」 「うん!」 朝陽は安心したように強く頷くと、母親のお腹をそっと抱き締めて、耳を宛る。 どうしてこのような仕草を知っているのか、香穂子は解らないが。 「お腹の赤ちゃんー良かったねー」 「有り難う」 香穂子は、朝陽の優しい心根が嬉しくて、吉羅によく似た髪を柔らかく撫で付けた。 「…朝陽、こうするのは何処で覚えたの?」 「…パパがママにこうやっていたでしょう? だから真似をしたの…」 にっこりと笑われて、香穂子は照れ笑いをしてしまう。 吉羅が帰ってきた後に、必ず香穂子のお腹を抱き締めて、耳を宛て「ただいま」と言うからだ。 子供に見えないようにしてはいるが、何処かで見られていたのだと思う。 それがほんの少しだけ恥ずかしかった。 「…朝陽の時にもお父さんはこうやって抱き締めていたのよ」 「本当!」 香穂子は愛情を込めて目を細めると、娘を抱き寄せた。 「ふたりとも背を測りに行くぞ」 久方振りにのんびりとした長期休暇を取っている吉羅が、子供たちが騒いでいるリビングへとやってきた。 「わーい! 身長を測りに行こう!」 暁慈は嬉しそうに父親に絡み付き、朝陽もそれに続いた。 吉羅に連れられて、ふたりは物置へと向かった。 物置には、吉羅が小さな頃の身長を測った痕も残されている。 香穂子は、ふたりが身長を測る様子をじっと見つめていた。 心までが癒される光景だ。 「暁慈、私が5歳の時よりも身長が伸びているね。お前は私よりも身長が高くなるかもしれないね?」 吉羅の言葉に、暁慈は何処か誇らしげに胸を張っている。 「朝陽もっ!」 「解ったよ」 吉羅は娘の身長も丁寧に測っている。 やはり去年よりもかなり伸びていた。 「朝陽も大きくなったね。もうすぐお姉さんになるからね」 「そうだよ! 赤ちゃんをいっぱいいっぱい可愛がるんだよーっ!」 朝陽は自分より下が出来るのが、何よりも嬉しいらしかった。 「みんなで柏餅とちまきを食べようか。昨日、お父さんが買ってきてくれたからね」 「うん!」 子どもたちは甘い和菓子が食べられるのが相当嬉しいらしく、先にダイニングへと走っていく。 その後ろを、香穂子は吉羅とふたりで着いていく。 「こうした行事は、子供たちのためにあるというよりは、本当は親のためにあるのかもしれないね。かけがえのない子供たちの成長を確かめることが出来るんだからね。ふたりの成長と笑顔を見るのが私は嬉しいよ」 「私もです、暁彦さん。こうしてふたりの成長を見るのが楽しみです。勿論、今年はお腹の赤ちゃんの成長も楽しみですけれど」 「そうだね。お腹の子供の成長も、楽しみだね。だが私は君の笑顔を見るのが一番だと思っているがね」 吉羅はフッと微笑むと、子供たちが見ていないのを良いことに、香穂子に甘いキスをしてくる。 甘い甘いキスに、香穂子は柏餅を食べた時よりも美味しいと感じた。 親子みんなでテーブルを囲んで、柏餅とちまきを食べる。 相変わらず暁慈が朝陽の面倒を細かく見ていた。 ちまきの皮を上手く外せない朝陽を一生懸命手伝ってやっていた。 「有り難うにーちゃん」 朝陽は一生懸命ちまきにかじりついている。 だが二個目を食べる時に、朝陽は自分で一生懸命剥そうとしていた。 「朝陽、やるよ」 兄の暁慈は年齢よりもしっかりとしている。 「大丈夫っ! 朝陽、お姉ちゃんになるから、頑張るっ!」 朝陽の果敢なチャレンジに、吉羅も香穂子も笑顔になる。 「ふたりともこんなに頑張っていると、親として何だか自慢したくなってしまうね」 「そうですね」 子供たちは確実に成長している。 本当に一瞬たりとも見逃すことすら出来ないほどにだ。 それが香穂子にとっては幸せの日常だ。 「でけたっ!」 ちまきの皮はボロボロになってしまったが、朝陽は何とか自力で剥くことが出来た。 それが香穂子にも吉羅にも嬉しいことだった。 ちまきを食べた後、久しぶりに父親と一緒にふたりは遊び回る。 まさか厳しい経済人である吉羅暁彦が、子供たちにはこんなに良い父親であることを、誰も想像しないだろう。 そのギャップが、香穂子には魅力的なのだ。 普段は仕事が忙しすぎて、こうやって遊んでやることすらままならない。 だからこそ吉羅はなるべく休みの日には、子供たちと触れ合うようにしてくれている。 今年の春の連休は、前半は自然に触れる旅行に行き、後半はこうして自宅や近場で楽しむ。 まさに盛り沢山だった。 子供たちも相当満足しているようだ。 吉羅は子供たちを交代で肩車をしてやったり、一緒に過ごしてやってくれる。 香穂子は信じられないほどの幸福に、感謝せずにはいられなかった。 散々遊んだ後は、こどもの日のプレゼントだ。 普段は物質的には全く甘やかしてはいない。あくまで特別な日だけだ。 香穂子が夕食を作っている間、吉羅と子供たちは一緒に菖蒲湯に入った。 「何だか良い匂いがしゅるねっ! 父しゃん!」 朝陽はすっかりご満悦で、嬉しそうにパシャパシャと浴槽のお湯で遊んでいる。 「ママも一緒にお風呂に入れたら良かったのにね」 暁慈は残念がりながら言う。 香穂子とふたりきりでいた時間が長いせいか、母親を恋しがることが多いのだ。 「ママはお腹に赤ちゃんがいるから、長くお風呂は入られないんだよ。のぼせやすくなっているからね」 「…しょうか…」 暁慈はほんのりとしゅんとしていた。 「三人で菖蒲湯に入ったから、お前たちは元気に過ごせるだろう」 「ママと赤ちゃんも元気に過ごせたら良いのに…」 「大丈夫だ。ママも赤ちゃんも菖蒲湯には入るから、これからも元気に過ごせる。大丈夫だ」 「うんっ!」 菖蒲湯でゆっくりと親子の語らいをするのが、吉羅には何よりも嬉しいことだった。 夕食は子供にも食べやすいちらし寿司や、唐揚げや野菜をたっぷり使ったサラダなどだ。 家族で食べるのが何よりも嬉しい。 以前は外食が多かったが、家で食べる嬉しさを香穂子が教えてくれたのだ。 吉羅と香穂子のふたりで子供たちの世話をしながら、大騒ぎで食事をする。 食事の後は、子供たちにこどもの日のささやかなプレゼントを贈った。 木で作った風合いの良い積み木だ。 「有り難う!」 ふたりとも満面の笑顔で積み木を受け取ってくれた。 ふたりは早速積み木を持ってリビングで遊び始める。 その光景を見ながら、吉羅はなんて幸せなのだろうかと思った。 子供たちの寝顔を確認して、吉羅と香穂子は微笑みあう。 「明日は“大人の日”にしたいものだね」 「そうですね」 香穂子は吉羅に寄り添って笑う。 「今から君にはたっぷりと甘えさせて貰おう」 「はい」 ふたりでしっかりと腰を抱き合うと、ふたりはゆっくりと部屋へと向かった。 |