*恋花火*


 横浜も花火大会の季節になった。

 週末の三連休の初日に、港を舞台にした大規模な花火大会があるのだ。

 香穂子も、吉羅と一緒に見に行く約束をしている。

 毎年楽しみにしている花火大会。

 いつもの年ならば、友人たちとわいわい言いながらの参加だから、服を着て行くことが多いのだが、今年は浴衣にした。

 やはり、大好きなひとには大和撫子ぶりを見せたいところでもある。

 香穂子は、本格的に浴衣を着る。

 帯も兵児帯やワンタッチタイプのものではなくて、きちんと結んで貰った。

 髪は少しクラシカルに纏める。こういう時には、髪が長かったことをラッキーに思うのだ。

 花火大会の後は、吉羅とベイエリアでのんびりと過ごすつもりだ。

 計画を立てるだけで幸せな気分になれる。

 愛する吉羅と一緒に過ごすこてが出来るのだから。

 浴衣の準備にはかなり手間取ったが、何とか整い、香穂子は吉羅との待ち合わせ場所に向かう。

 桐の下駄は軽くて、意外なくらいに履きやすかった。

 鼻緒の部分は痛かったけれども、気になるのは本当にそれぐらいだった。

 華やいだ気持ちで、ほんのりとドキドキしながら吉羅を待つと、車が颯爽とやってきた。

 香穂子の前に車が停まり、ドアが開けられる。

 吉羅もすっきりとした浴衣姿だった。

 藍染めのシンプルな浴衣を艶やかに着こなす吉羅はとても似合っている。

 ついうっとりと見つめてしまう。

 香穂子はドキドキしながら、つい頬を赤らめた。

「乗りたまえ」

「はい」

 香穂子が助手席に乗り込むと、吉羅は足元は運転しやすいように靴になっていた。

 香穂子の視線に気付いたかのか、吉羅はクールに言う。

「安全確保の為だからね。致し方あるまい」

「そうですね」

 香穂子は吉羅らしいと思いながら、くすりと笑った。

 車は花火大会会場に近いホテルの駐車場に停め、一旦、チェックインをする。

 部屋からも横浜のベイエリアを一望出来るから花火を見ることは可能だ。

 だが今日は、吉羅がとっておきの観覧場所を用意してくれていた。

 荷物を置いて休憩をした後、向かうのだ。

「花火大会は七時からだからね。花火が素敵に見える場所を用意したから、もう少ししたら向かおう」

 いつものようにクールビューティな吉羅ではあるが、何処か甘くて優しい。

 二人きりの時の甘い特典に、香穂子はついうっとりとしてしまった。

 吉羅にじっと見つめられる。

 こんなに官能的なまなざしで見つめられると、香穂子は喉がからからになってしまうぐらいに、ときめいてしまう。

「…香穂子、このままここにいたら、花火大会どころではなくなってしまうのかもしれない…。だから出ようか」

「…はい」

 吉羅に熱い熱情が滲んだまなざしで見つめられてしまうと、香穂子は心臓が一瞬、止まってしまうのではないかと思うほどに、のぼせてしまい。

 吉羅のまなざしは本当に威力があると、香穂子は思わずにはいられない。

 うっとりし過ぎて、鼓動が激しくなってしまい、香穂子はつい目を伏せてしまう。

 恥ずかしさとドキドキが同時にきて、どうして良いのかが分からなかった。

「さあ行こうか。君もそんなにも色香のあるまなざしを向けていると、“襲って下さい”と言っているようなものだよ」

 吉羅は甘い苦笑いを浮かべて、香穂子を見つめる。眩しそうにするまなざしがまた甘くて、香穂子を更にドキドキさせてしまう。

「…暁彦さん…」

 香穂子が名前を呼ぶと、吉羅はギュッと手を握った。

「香穂子、行こうか? これ以上ここにいると、本当に花火どころではなくなってしまうからね」

「そうですね」

 香穂子もどうなるかが解っていたから苦笑いをすると、吉羅の手をギュッと握り返した。

 

 吉羅がエスコートしてくれたのは、花火が美しく見渡せる特別観覧席。

 特等席と言っても良い。

 涼しい風が心地良い上にロマンティックだ。

 吉羅が色々と手配をしてくれたのだろう。

 流石だと思う。

 レストラン等の屋外で見るのも良いかもしれないが、こうしてふたりで肩を並べて見られるのは悪くない。

 外で見るのは暑くて大変だが、何処かロマンティックなところが香穂子は気に入っていた。

 特別観覧席は、茶屋のようになっており、高級和食弁当が出される。

 お弁当を食べながら、花火を見るのもまた素敵だと思った。

「この場所は特等席ですね」

「そうだね。花火自体はすぐに終わってしまうが、夏らしい日本を経験出来る良いところだ」

「はい」

 香穂子は吉羅の心遣いが嬉しくて、つい微笑んだ。

 ふたりは寄り添って観覧席に腰掛けると、空を見上げる。

「今日は晴れ上がって良かったですね」

「そうだね」

 吉羅もフッと幸せそうに微笑んでくれる。

 とても優しくて甘い微笑みに、香穂子は花火よりもロマンティックだと思った。

 花火が始まる。

 夏の夜空を彩る花火は、うっとりとするほどに素晴らしいものだ。

 香穂子は、吉羅に寄り添いながら、素敵な気分で花火を見つめた。

 漆黒の空に咲く星花のように、夜空を彩る花火は、香穂子の視覚をロマンティックな刺激してくれる。

 ついうっとりと見つめてしまわずには、いられない。

 「とても綺麗ですね。こんなに美しいのは、儚いからでしょうか…」

「桜も儚いから美しいとも言われているが…、そうかもしれないね…。ずっと美しさを保つことは難しい。だが、逆に一瞬に美しさが凝縮されているからこそ、美しいと思うのかもしれないね」

「そうですね」

 香穂子はしみじみ思いながら、夜空を見上げる。

「ひとも同じだ。宇宙から見れば本当に一瞬だ。だから美しいのかもしれない」

 吉羅の言葉が胸に深く響く。

 確かにひとも一瞬を生きるから美しいのかもしれない。

 短くも儚い花火に想いを寄せながら、香穂は吉羅と寄り添いながら、花火を堪能してた。

 愛する男性と一緒に見る花火は、なんてロマンティックなのだろうか。

 香穂子は、生涯で最も幸せな花火だと思った。

 

 花火はクライマックスのナイアガラが打ち上がり、美しさと儚さで、香穂子は胸が切なく痛むような気がした。

「…終わりましたね…」

「終わったね」

 香穂子は切ない余韻の余りに、吉羅の手をギュッと握り締めた。

 すると柔らかく握り返してくれる。

 泣きそうなぐらいに切なく甘い香穂子の気持ちを、理解してくれたようだった。

「行こうか…。ふたりでゆっくりとしよう。折角の連休だからね」

「はい」

 ふたりでゆっくりと歩き出す。

 ベイエリアの生暖かな風に吹かれながら、ふたりはのんびりと歩いた。

 馴れない下駄だから、香穂子はぎこちなく歩く。

 鼻緒がずれてしまって痛かった。

「香穂子、どうしたのかね?」

「下駄に馴れていないので、上手く歩けないです」

 恥ずかしかったが、香穂子は素直に言う。

 すると吉羅は突然、しゃがみ込んだ。

「おぶさりなさい」

「…え、あ、あの…」

 恥ずかしさと緊張で、香穂子はつい戸惑ってしまう。

「良いから」

 吉羅が半ば怒っているかのようだったので、香穂子は戸惑いながらもおぶられた。

「ホテルについたら手当てをしよう」

「…有り難うございます…」

 吉羅におぶられるだけで恥ずかしくてたまらない。

 だが、何処か甘酸っぱい気分だ。

「子供が出来たらこうはいかないからね。香穂子、今のうちだよ」

「…はい…」

 香穂子は恥ずかしさと幸せな気分に、そっと笑顔になった。

 幸せな未来があるから、このチャンスは今年限りのものだと思いながら。




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