「ママー、もうしゅぐウサギしゃんの日?」 暁慈に訊かれて、香穂子は一瞬、何のことなのかが解らなかった。 「ウサギさんの日って…、うさこちゃんの誕生日なのかな?」 「違うよ。おちゅき様にしゅむ、うしゃぎしゃんの日」 暁慈はどうしてそんなことも解らないのかとばかりに母親を見ている。 香穂子は苦笑いを浮かべると、暁慈に視線の高さを合わせた。 「そうか。もうすぐ十五夜だもんね。誰から聴いたの?」 「とーしゃん」 最近、吉羅と暁慈は、一緒に天体望遠鏡を見るのを楽しみにしている。 日蝕を見てから、天体に興味があるのだ。 「お月見しなくっちゃね。月見だんごを用意しなくっちゃね」 「あいっ! おだんごだいしゅきっ!」 息子の笑顔を見つめて、香穂子はつい笑顔になってしまう。 本当に可愛いと思う。 「家族みんなでお月見しなくっちゃねえ…。仲秋の名月は…、金曜日…。お父さんが忙しい日だね…」 金曜日は忙しいことが多いせいか、吉羅はいつも帰るのが遅くなる。流石に、一緒に月見をすることは難しいかもしれない。 暁慈も、何となく父親が遅くなることを知っているからか、少しだけしょんぼりとしていた。 「ちょっか…。とーしゃんおしょいんだ…」 暁慈は、誰よりも父親と一緒に月見をしたいのだろう。 その気持ちは香穂子もよく解っていた。 「あきちゃんやあさひ、ママを幸せにするために、お父さんは頑張ってくれているからね。だから、これぐらいは許してあげてね」 「…あい」 暁慈は返事をしながらも、何処か切なそうにも見えた。 仕方がない。 まだ子供なのだから。 「その代わりさ、一緒にお月見のおだんごを作ろうか。ウサギさんにあげるものと、みんなで食べるものと」 「あいっ!」 暁慈は少しだけ気分を良くして、笑顔になったようだった。 吉羅が早く帰って来られた日は、暁慈とふたりで天体観測会を開くのが恒例になりつつある。 「暁彦さん、あきちゃん、梨が切れましたよ」 「シャリシャリっ…」 暁慈は梨のことを“シャリシャリ”と呼んで喜んで食べている。 こうして父親と一緒に星を見るのは、本当に楽しそうだ。 父親とはなかなかゆっくりと一緒に過ごせないせいか、暁慈はいつも楽しみにしているようだった。 「あきちゃん、今日は何を見ているの?」 「もうしゅぐウサギしゃんの日だから。おちゅき様」 「そうなんだ」 暁慈は月を嬉しそうに眺めている。 優しい月の光はとても綺麗だ。 「本当にお月様は綺麗だね…」 「あい…。ちれい…」 暁慈はうっとりと見つめると、じっと月を見上げていた。 「あきちゃん、いちゅかうしゃぎしゃんに会いにちゅきに行くよ」 「そうだね。ウサギさんに会いに行きたいね」 香穂子が優しい笑みを浮かべると、暁慈はしっかりと頷いてみせた。 父親とふたりで肩を並べて月を見ている。 ふたりを見ていると、本当によく似ている。 ちょっとした仕草までもそっくりなのだ。 親子なのだと、香穂子は思わずにはいられない。 香穂子はふたりをいつまでも見ていたかった。 だが、娘の鳴き声が聞こえて、慌ててゆりかごに戻る。 「あさひちゃん」 香穂子は娘のそばに戻ると、オムツを替えて、授乳を始めた。 あさひが生まれて、香穂子がかかりきりになっているからか、吉羅は暁慈をなるべくよく面倒を見るようにしていた。 それもまた、吉羅の楽しみにではあるのだが。 「とーしゃん、おちゅきみの日はお仕事だよね」 「そうだよ」 「だから、あきちゃんね、ママとあさひといっちょにお祝いしゅる。とーしゃんのおだんごは、あきちゃんが作るからね」 「それは有り難う」 そういえば今週の金曜日が仲秋の名月であったことを、吉羅は思い出す。 金曜日だと吉羅が深夜近くまで仕事をしていることを、香穂子は知っているから、息子にそのことを伝えてくれたのだろう。 仲秋の名月の金曜日は、普通の金曜日ではないのだ。 特別な金曜日なのだ。 そうならば、やはり一緒にいてやりたいと思う。 金曜日がなるべく遅くならないように、吉羅は仕事を効率良くやろうと決めた。 しかし、半期の締め日が重なるために、いつもよりも仕事が多くなるのは確かだ。 何とかやり繰りすることが出来ないかと、吉羅は考えた。 翌日から、吉羅は深夜近くに帰宅をすることが多くなった。 仕事を詰めるのだからそれは当然だ。 毎晩、息子とはおやすみの挨拶が出来ない。 それでも特別な金曜日のために、一生懸命仕事を片付ける。 かけがえのない愛する家族のためならば、吉羅は何でも出来ると思った。 仲秋の名月の当日、昼間からおだんご作りに奮闘する。 白玉粉を使った団子だ。 それ故か、暁慈はまるで泥だんごを作るような感覚で、だんごを作っている。 「あきちゃん、いっぱい作ろうね。蒸したり茹でたりして、粒あんと一緒に食べようね」 「あい!」 白玉あんみつが出来るように、寒天やフルーツも準備をした。 暁慈が大好きだからだ。 暁慈が少しでも気分が紛れて、明るい気持ちになれるようにと、香穂子は出来る限りのことをしようと思う。 「これがあきちゃんの、これがとーしゃんの、これがママの、これがあさひの」 暁慈は、家族みんなの分の白玉だんごを作ってご満悦だ。 「ママー、でけたっ!」 「わあ、すごいね、あきちゃん」 暁慈の可愛くて少し歪なだんごを見て、香穂子は思わず目を細める。 本当になんて可愛いのかと思う。 ニコニコと笑いながら、少しだけ偉ぶる暁慈を見て、香穂子も笑顔になった。 暁慈の鼻に、うっすらと白い白玉粉がついている。それがまた可愛い。 「あきちゃん、お鼻に粉がついているよ」 「ほ、ほんちょっ!?」 恥ずかしそうにした後、また屈託のない笑顔を浮かべる息子が、香穂子には可愛くて可愛くてしょうがなかった。 先に食事を済ませて、暁慈とふたりで月見だんごを飾る。 今夜は親子三人だけの月見になる。 しょうがないとは解ってはいるが、ほんの少しだけ寂しくもあった。 「うーしゃぎ、うーしゃぎ」 暁慈とふたりで十五夜の歌を歌う。 ふたりでまんまるとした、美しい仲秋の名月を眺めた。 ふとセキュリティを解除する音が聞こえて、香穂子と暁慈は慌てて玄関先へと向かう。 「とーしゃんだっ!」 吉羅が早く帰ってきてくれたことが嬉しくて、香穂子は泣きそうになる。 本当に家族を心から愛してくれるのが嬉しかった。 「とーしゃん、おかえりーっ!」 暁慈は父親にいち早く抱き着いた。 「ただいま、暁慈」 吉羅は息子を抱き上げると、そのまま自室へと向かう。 「有り難う…」 香穂子の言葉にそっと微笑んでくれた。 食事の後、吉羅と暁慈は肩を並べて月を愛でる。 その様子が本当に可愛いらしい。 香穂子はそっとデジタルカメラで撮影をした後、昼間に作っただんごを使った白玉クリームあんみつを作る。 「暁彦さん、あきちゃん、お月見あんみつです」 香穂子は、あさひを抱っこひもでおんぶをして、三人分の白玉クリームあんみつを持っていく。 家族みんなで食べるのだ。 「有り難う」 「ありあと!」 親子で肩を並べてあんみつを食べながら、月を愛でるなんて、本当に幸せだ。 「うーしゃぎ、うーしゃぎ」 暁慈は機嫌よく歌を歌いながらあんみつを食べている。 最高に幸せなお月見。 香穂子は笑顔を浮かべながら、こころからそう思った。 |