*夏祭り*


 夏祭りが近くの神社で行なわれるのを、暁慈は首を長くして待っている。
 それこそ毎日指折り数えて待っている。
「ママ、おまちゅりまで後どれぐらい?」
「後五回寝たらね」
「とーしゃん、おまちゅりまで後どれぐらい?」
「後四回夜が来たら祭だ」
 このような調子で、毎晩のように暇があれば祭のことばかり訊いてくる。
 毎日カレンダーにへばり付いて、丸印がついたお祭の日を、暁慈は数えている。
 子どもにとって、お祭はかなり大きなイベントだ。
 暁慈は、今年初めて神輿を引っ張ることになっているので、それが余計に楽しみに拍車をかけているようだった。
 きちんと法被も新調したし、粋な豆絞りも用意した。
 汗をふくようにガーゼの手ぬぐいも用意し、子ども用の足袋と下駄まである。
 まさに格好だけは既に準備がされているというわけだ。
 香穂子もまた、息子の勇姿を見たくてしょうがないし、吉羅は祭のためにこっそりとデジタルカメラを新調した。
 結局のところは、家族全員が祭りを楽しみにしているのだ。
 誰もが心は祭りにいっていた。

「おまちゅりの日に雨が降ったら嫌だなあ」
 暁慈はテレビを見ながら心配している。
 梅雨の最後を告げるような豪雨が各地で猛威を振るっているからだ。
「あきちゃんのいる横浜は大丈夫だよ。雨は降らないって言っているよ」
「ほんとう?」
「うん。だけど、念の為にてるてる坊主さんを作っておこうか? こっちはもう梅雨明けしているけれど心配だもんね」
「あいっ!」
 折角のお祭りなのだから出来たら参加をさせてあげたい。
 夏の良い想い出になるのだから。
 香穂子は恐らくは晴れるだろうとは解ってはいたが、暁慈のためにもきちんと準備をしてあげなければならないと考えていた。

 お祭り当日は、とても気持ち良い青空だった。
 朝から吉羅家は大騒ぎだった。
 吉羅と香穂子がお互いの温もりを共有しながら眠っていると、暁慈が朝から元気いっぱいに騒いでいた。
「ママー、とーしゃん、おまちゅりーっ!」
 暁慈は楽しみの余りにいつもよりも早く目覚めてしまったようだ。
 吉羅と香穂子は直ぐにベッドサイドの時計で、現在時刻を確認する。
 まだ5時半だ。
 いつもよりもかなり早い。
「…暁慈には勘弁して貰いたいものだがね」
 吉羅は苦笑いを浮かべながら言っている。
 吉羅の声には勿論愛情がたっぷりと滲んでいたのだが。
 香穂子もくすりと笑ってしまう。
「あきちゃんはよほど楽しみなんですね。お祭り」
「そうだね」
 香穂子は素早くネグリジェを着ると、寝室から出る。
 吉羅も同じようにパジャマを素早く着た。
 香穂子が寝室から出ると、暁慈は直ぐに飛び付いてきた。
「ママー、おまちゅりに行くから、支度をしゅる!」
「あきちゃん、まだ早いよ。お祭りは9時半にならないと始まらないんだよ。だからいくら早く行ってもダメなんだよ」
 香穂子が優しく言い聞かせても、祭に行きたくてしょうがない暁慈は、唇を尖らせている。
 すると吉羅が部屋から出てきた。
「暁慈、いくら早く行っても祭は時間通りにしか始まらない。それに早く行けば、祭の準備をしている人達に迷惑が掛かる。ちゃんと時間通りに行かないとダメだ」
 吉羅は理由をきちんと言い、ピシャリと暁慈に言い聞かせる。
 すると暁慈はしょんぼりとうなだれた。
 その姿は本当に愛らしくて、切ない。
「暁慈、今日は沢山動くから、しっかりと眠らなければならない。あと少しだけ眠りなさい」
「…あい…」
 暁慈は、吉羅の言うことはきちんと聴くのは、やはり優しいが怖いという認識を持っているからだろう。
「お父さんとお母さんと一緒に眠るかね?」
 吉羅の申し出に、暁慈は明るい笑顔になる。
「うれちいっ!」
 親子三人で川の字になるのは、なかなか機会がないから、暁慈は喜んでいる。
 いつもは吉羅がつい香穂子を独占するものだから、親子三人で眠ることはなかなかない。
 これには両親ともに申し訳ないとは思っていたが、しかたがないないとは思っていた。
「さてと、三人で川の字になって寝ようか」
 吉羅は息子を抱き上げると、寝室へと向かった。
 寝室でベッドの中央に息子を寝かせて、吉羅と香穂子が両端にくる。
「ママー。とーしゃんっ! うれちいよっ!」
 暁慈は手足を愛らしくバタバタとさせている。
 それがとても可愛かった。
「ゆっくりともう少し眠ろうか…」
「…あい…」
 暁慈はふたりの手を取ると、そのまま目を閉じる。
 その様子を見つめながら、香穂子も吉羅もにっこりと微笑んだ。
「本当に可愛いですね」
「私たちの子どもだからね。それも当然だと思うがね」
「そうですね。だけど私たちはお互いに親バカですね」
 香穂子がくすりと笑うと、吉羅もまた頷いた。

 親子三人でうつらうつらと夢の世界にまどろむ。
 本当に幸せで心地好い空間だ。
 香穂子は名残惜しく思いながら、朝食の準備をするためにキッチンへと向かった。
 今日は朝からしっかりと食べて行かなければならないから、暁慈のためにおにぎりを作り、おかずを付けてやる。
 吉羅のためにも同じメニューにした。
 おかずは出し巻き卵や、ひじきの煮物、温野菜野菜たっぷりのサラダなどを添えてやる。具沢山の味噌汁も用意した。
 まだ眠っている愛するふたりを、香穂子は起こしにいった。

 しっかりと朝食を取った後、香穂子は暁慈の準備をした。
 いなせな法被姿がとても可愛い。
「あきちゃん、格好良いね! ほら素敵になったよ」
 香穂子が手放しで可愛いいなせさんを褒めてやると、まんざらでもないかのようにポーズを取る。
 それが可愛い。
 その姿を、吉羅がデジタルカメラに収めていた。
「あきちゃん、お神輿を引きに行こうか。お父さんが一緒に引っ張ってくれるからね」
 暁慈はまだまだ小さいので保護者と一緒でなければお神輿が引けないのだ。
「ママはいっちょじゃないの?」
「ママはお腹に赤ちゃんがいるから、お神輿を引けないんだよ。残念だけれど…」
「しょか…」
 暁慈はかなりがっかりしている。
「暁慈、お腹に赤ちゃんがいるから、お母さんは無理することは出来ないんだよ」
「しょうか…。しかたがない…」
 暁慈は一瞬だけ落ち込んだが、直ぐに吉羅に笑顔を向ける。
「だけどとーしゃんといっちょにお神輿引けるのはうれちいっ」
「お父さんも嬉しいよ」
 ふたりは笑顔を交わし合うと、そのまま手を繋いで玄関先へと向かう。
 香穂子はその後に着いていった。

 神社の子ども神輿は引くタイプのものだが、とても立派だ。
 暁慈は吉羅に手を引かれてよちよちと参加する。
 最年少の参加だ。
「わっちょいっ! わっちょいっ!」
 一生懸命綱を引く様子を、吉羅はデジタルカメラで収める。
 本当に可愛い息子だと思う。
 時折苦しそうにしたり、追いつけなかったりすると、吉羅は抱き上げてやった。
 一生懸命、暁慈は自分のベストを尽くして神輿を引いた。
 昼前に帰ってきた時には、香穂子は本当に嬉しくてたまらなかった。
 汗をびっしょりとかいて笑顔でいる息子が可愛かった。
「おかえりなさい、あきちゃん、暁彦さん」
「たらいまー」
 暁慈は香穂子を見るなり笑顔になり、抱き付いてきた。
「暁慈は本当によく頑張ったからね。褒めてやって欲しい」
「よく頑張ったね。夕方からはご褒美で、神社の夜店でいっぱい遊ぼうね」
「あいっ!」
 吉羅に抱き上げられて、暁慈は最高の笑顔を浮かべていた。

 祭の後で暁慈は吉羅と一緒にお風呂に入った。
「暁慈、今日はよく頑張った」
「あい! とーしゃん一緒で良かったよ」
 暁慈の素直な笑みに吉羅はギュッと抱き締めた。

 昼食に、香穂子特製パスタを食べながら、暁慈はうとうとと眠り始める。
「今日はよく頑張ったから疲れたんですね」
「よく頑張ったよ」
 吉羅は暁慈を抱き上げると、部屋に連れて行ってやる。
 そのままベッドに寝かせると、香穂子とふたりで微笑んだ。
 こんなにも可愛い寝顔は他にはないと思いながら。



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