*夏色の時間*


 夏休みだから、吉羅の家で過ごす機会が多くなっている。
 これは嬉しい悲鳴だ。
 香穂子は、いつもよりも吉羅に沢山逢えることが嬉しくて、毎日が楽しい。
 勿論、吉羅は社会人だから普通に仕事をしているし、香穂子も夏休みだからといって、ずっと暇をしているわけではない。
 香穂子もヴァイオリンのレッスンや、サマーコンサートなどに呼ばれているから、忙しいのだが。
 だが、大学がない分は時間に融通きくのは確かだ。
 吉羅と朝まで一緒にいる時は、いつものように慌てる必要がないし、泊まるのもある程度ではあるが融通はきく。
 それがとても大きいのは事実だ。
 香穂子は、今週末は吉羅のマンションで過ごすために都内へと向かう。
 こうしてひとりで行くのも良いものだ。
 明日は吉羅と花火大会に行くのだ。
 是非、浴衣を着たいものだ。
 浴衣を持参して、香穂子は少しばかり華やいだ気分で、吉羅の家に向かった。
 吉羅の家は、都会の中心にある。
 ミッドタウンの中にあるせいか、何だかホテルに泊まっている気分だ。
 香穂子はセキュリティを解除して、吉羅の家に入る。
 まずすることはきちんと換気をする。
 その後に、簡単な料理を作るのだ。
 指先が荒れるようなことはさせてはくれないから、香穂子はそうならないような簡単で美味しいものをと考えると、夏でも鍋になってしまう。
 吉羅は“灰汁取り代官”も真っ青の鍋奉行なので、楽と言えば楽なのだが。
 今夜は高級牛肉が手に入ったとのことで、しゃぶしゃぶなのだ。
 肉も野菜も大好きなので、香穂子はとても楽しみにしている。
 空調を効かせた中での鍋なんてとっておきの贅沢のような気がした。
 香穂子がやることといえば、野菜を切ってセッティングをするだけだ。
 これでは料理だとはいえないのが困ったところだ。
 香穂子は準備を終えた後で吉羅を待つ。
 今日は早く帰ってくるらしい。それが楽しみだ。
 明日は花火大会で、本当に心から楽しみだった。
 暫くヴァイオリンの練習をして待つ。
 吉羅の家は完璧な防音なので、こうしてヴァイオリンを演奏するのも気兼ねなく出来る。
 それもあって、香穂子は吉羅の家で待つのが好きだった。

 ヴァイオリンの練習が終わり、ダイニングチェアに腰をかくたところで、インターフォンが鳴り響いた。
 香穂子は直ぐにインターフォンに出た。
「はい」
「ただいま」
「おかえりなさい」
 香穂子がインターフォン越しに言うと、吉羅は笑顔で頷いてくれた。
 吉羅が帰ってくる。
 この瞬間から、香穂子にとっては最高の時間が始まる。
 本当にこんなにも幸せなことはないのではないかと思うほどに、素晴らしい時間が過ごせるのだ。
 香穂子は玄関先でドキドキしながら待つ。
 玄関のセキュリティを解除する音が聞こえて、香穂子はにんまりと笑顔になる。
 もうすぐだ。
「ただいま」
 吉羅の声が聞こえて、香穂子は間髪を入れずに「おかえりなさい」を言う。
「しゃぶしゃぶの準備は出来ていますから、後はもう食卓に着くだけですよ」
「有り難う」
 吉羅に着いていき、着替えの手伝いをする。
「君がうちにいると、何だか帰って来るのが楽しくなるね」
「嬉しいです、私も待つのがとっても楽しいんですよ」
「それは良かった」
 吉羅が着替えるのを手伝った後、香穂子は一緒にダイニングルームへと向かった。
 出汁を入れた土鍋をセットしてあるから、後は点火をするだけだ。
 コンロを点火して、いよいよ食事の時間になる。
「何だかこうしていると幸せです。暁彦さんと過ごす時間は、私にとってはかなり貴重な時間です。いっぱいやる気をチャージ出来ますから」
「私も同じだけれどね」
 ふたりがお互いに幸せの時間だと思っているからこそ、特別な時間を過ごすことが出来るのだろうと、香穂子は思わずにはいられなかった。
「このお肉、とっても美味しいです。幸せの味がしますねー」
 香穂子はついうっとりとしてしまう。
 肉がとても美味しいことは事実ではあるが、吉羅と一緒にいるということが良いスパイスになっているのだと 、香穂子は思った。
「香穂子、どんどん食べなさい。君は肉をしっかりと食べて頑張って貰わなければならないからね」
「有り難うございます。何だか沢山の元気を頂いた気分です」
「私も君からはたっぷりと元気を貰っているよ」
 吉羅は丁寧にかつ上手く灰汁を取っている。
 楽しいのか、リズムよく取っている。
 吉羅にどんどん勧められるものだから、つい食べてしまう。
「本当に美味しいからこのままだと太ってしまいそうです」
「大丈夫だ。君は適度な運動をするだろう?」
 最初は意味が分からなかったが、直ぐにその意味が分かり、香穂子は真っ赤になってしまった。
「特に今夜はね」
 吉羅の言葉が益々恥ずかしくて、香穂子は真っ赤になってしまった。
「さあ、しっかりと食べるんだ」
「は、はいっ」
 吉羅に言われてしっかりと食べる。
 甘い夜のことを思うと恥ずかしくてしょうがなかった。

 夕食が終わり、香穂子は吉羅と幸せな時間を過ごす。
 吉羅に膝枕をして貰う。
 こうしていると、幸せが魂の奥から泉のようにわき出てくるのを感じていた。
「有り難うございます。今夜もとても幸せです。暁彦さんと一緒にこうしていられるだけで嬉しいです…。しかも…、今夜は帰らなくても大丈夫だから、余計にですね」
「そうだね。私も、今夜は君を送っていかなくて良いと思うと嬉しいよ。君を送りに行くのはいつも切ないからね」
「…暁彦さん」
 吉羅も同じように思ってくれているのが、香穂子には嬉しかった。

 眠る時は、吉羅と夢をシェアするかのように抱き合って眠る。
 こうして抱き合っているだけで幸せだ。
 たゆたゆとした幸せな時間を漂いながら、香穂子は夢の世界に入っていった。

 花火大会に行くということで、昼過ぎに美容サロンに行き、プロに髪をアップして貰い、浴衣を着付けて貰った。
 自分でやるつもりだったのだが、吉羅がサロンに予約を入れておいてくれたのだ。
 メイクまできちんとして貰った後、吉羅と待ち合わせをして花火大会に向かう。
 特別観覧席ということで、とても楽しみだ。
 吉羅は、浴衣姿を見た後もさして表情を変えることはない。
 いつものことだと解ってはいても、やはり少しだけ切なかった。
 ふたりでゆったりと夕涼みをするような気分で、花火を見つめる。
 その間も吉羅がずっと手を握り締めてくれていて嬉しかった。
 花火の鮮やかな光に照らされた吉羅は本当に綺麗だ。
 男性に“綺麗”という形容詞を使うのはおかしいかもしれないが、それでも香穂子は素直にそう思った。
「暁彦さん、有り難うございます。こんなにも綺麗な花火を良い席で見られるように手配下さって。まるで星のような花火ですね」
「そうだね」
 吉羅と寄り添って花火を見るのが本当に幸せでしょうがなかった。

 帰りも優先的に帰れたので、疲れなかった。
 吉羅の家に入るなり、背後から抱き締められて、そのまま浴衣を脱がされる。
 香穂子がうっとりとした気分に浸っていると、吉羅はそのまま愛し始める。
 夏ならではのロマンティックでエロティシズムが漂う瞬間だった。

 ベッドで横たわりながら、吉羅が抱き寄せてくる。
「今日も特別に綺麗だったよ…」
 甘い一言に香穂子は蕩けるような気分を味わう。
 夏のワンシーン。
 これもまた幸せだと思った。



Top