大みそかは家族で遅くまで起きていたから、お正月の朝はほんのりと遅い。 香穂子ものんびりとベッドに入っている。 ただお正月は着物を着るのでそんなにはのんびり出来ないのだが。 香穂子も吉羅も基本的な着付けならば出来るので、自分で着物は着る。 香穂子がほんの少しだけ早く起きて、手早く着物を着る。 髪は簡単に和装に似合うように結い上げた。 香穂子が支度が終わる頃に吉羅は起き出して、着物を素早く着ると、襷をしてキッチンへと向かった。 香穂子はと言えば、息子を起こして、子供用のアンサンブルの着物を着せる。 息子は吉羅にそっくりということもあり、まるで吉羅暁彦のミニチュアのようだった。 「…ママ、ねみゅい…」 「起きないとダメだよ、あきちゃん。これからみんなでお正月するんだからね。その後は、神社にお参りに行こうよ」 「あい…綿あめ…」 「解っているからね」 かなり眠いらしく、息子は半分眠ってしまっている。 それがまた可愛いのではあるが。 「お節もあるし、お父さんがお雑煮を作ってくれているから、一緒に食べようか」 「あい」 香穂子は息子の手を引いて、ダイニングへと向かった。 ダイニングに入ると、鰹節の良いにおいがする。 息子は匂いに敏感に反応して、嬉しそうに急に笑った。 「おもちっ!」 「そうだね。お雑煮だよ」 既にお節料理の入った重箱と、取り皿が綺麗にセッティングされている。 吉羅らしい。 お節料理は高級料亭のものをデパートで買ったのだが、雑煮ぐらいは自分で作ろうと香穂子は思っていた。 だが、正月の雑煮は男が作るものだからと、吉羅が作ってくれたのだ。 「もうすぐ出来るから。餅も焼ける」 「はい。楽しみだね、あきちゃん」 「あい」 吉羅は三人分の雑煮をそれぞれの立派なお椀に入れて、食卓に持って来てくれた。 息子のお椀は小さくて可愛らしいものだ。 その小ささに香穂子はついくすりと笑ってしまう。 息子は何もかもがミニチュアだ。 「では挨拶をしなければならないね。あけましておめでとう、今年もよろしく」 「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」 「おめれとうございっ! よろくしおねまいっ!」 息子は舌足らずに両親の真似をして挨拶をする。 それが可愛くて、香穂子は目を細めた。 香穂子が息子のお椀の蓋を開けてやると、嬉しそうに見つめている。 「わあ!」 お椀の中には、息子仕様になっている雑煮が入っていた。 どれもミニチュアで可愛らしい。 「お父さんが作ってくれたんだよ。あきちゃんが今年も元気でいられるように」 「しょうっ! ありあとっ! とーしゃんっ!」 息子が礼を言うと、吉羅は形無しになるほどの笑みになる。 冷徹で厳しいという噂の吉羅が、こんなにも息子には甘いだなんて、恐らくは誰も想像しないだろう。 「じゃあ、あきちゃん、みんなでいただきますをしようか」 「あいっ!」 三人で礼儀正しくいただきますをしてから、みんなで食事を始める。 香穂子は先ずは、息子を食べさせる。 雑煮を一番楽しみにしているようで、嬉しそうに食べている。 「おいちい」 「それは良かったよ、あきちゃん」 「とーしゃん、おいちい」 「ああ、良かったな」 吉羅は静かに頷くと、息子を優しく見つめた。 親子三人で穏やかな時間が過ぎてゆく。 楽しくも素晴らしい時間だ。 香穂子にとってはかけがえのない、幸せな時間となった。 息子の手をしっかりと引いて、三人で神社に向かう。 定番の神社だ。 有名チェリストの実家としても知られている。 香穂子たちは社務所に行くと、先ずは破魔矢を授けて貰い、おみくじを引く。 「あきちゃん、おみくじを引こうか」 「あいっ」 みんなでおみくじを引きながら、香穂子は穏やかな気持ちになる。 「これを振ってね、棒が一本出て来るから、それを引くんだよ」 「あいっ」 息子は慎重に引くと、棒を取り出した。 「こえ」 「はい」 香穂子は番号を確かめて臨時巫女に言うと、自分のおみくじと一緒に受け取った。 「えっと、ママは末吉、あきちゃんは大吉だよっ! 凄いな」 「ちゅごいの?」 息子は大吉の意味なんて分からないから、きょとんとしている。 「お父さんと同じだ。今年の運勢はとても良いですよということだよ」 吉羅が優しく教えると、息子は嬉しそうに笑った。 「それは良いねえ! しゅごい!」 三人で記念におみくじは持って帰ることにして、そっと財布の中に忍ばせた。 きちんとお参りをした後、屋台の山に息子は興奮して燥ぎ出す。 「リンゴ飴は喉に詰まらせるから駄目だ。せめて綿飴か、ベビーカステラぐらいにしておきなさい」 「あーい」 リンゴ飴にご執心だった息子はしょうがないと諦めたが、まだ未練があるようだった。 家の近くまで来ると、お正月らしく凧をあげている子供たちを目にした。 息子はそれが面白いらしく、まるで猫のように瞳をキョロキョロとさせながら見つめている。 「お前もやりたいのかね?」 「あいっ! かっちょ良い!」 「そうか…。なら、良いものを用意しなければならないね。お父さんと一緒に凧をしようか?」 「あい」 また、吉羅の甘さが発揮されて、元旦から開いているショッピングセンターに行くはめになってしまった。 息子のためならば多少は甘やかすが、吉羅は躾にも厳しい父親だ。 一概に甘いだけだとは言えないのだ。 そのメリハリがやはり凄いと香穂子は思ってしまう。 結局は、お正月らしい奴凧を息子が気に入ったので、それを買って公園で凧を楽しんだ。 普段は忙し過ぎて余り親子のスキンシップがないからだろう。 吉羅はこうして気遣ってくれているのが嬉しかった。 「たのちいっ!」 親子でお正月らしい遊びをした後で、三人で手を繋いで家へと戻る。 お正月の夕日というのは、空気が澄んでいるせいか、とても美しい。 こんなにも綺麗なオレンジ色は見たことがないと思ってしまうぐらいだ。 それほどまでに美しかった。 親子で見る夕日は、ノスタルジックでいて幸せの証だと香穂子は思う。 いつまでも見つめていたかった。 うちに戻り、お正月の定番のすき焼を食べる頃には、息子はすっかりと疲れ果ててしまい、箸を片手にウトウトとしていた。 それを吉羅と香穂子は甘い気持ちで見つめる。 「今日は色々な経験をしたので疲れたんでしょうね」 「そうだね」 ふたりで愛する息子を見つめて、ほっこりとした笑顔になった。 「あきちゃん、お風呂に入ってちゃんと眠ろうね」 「あい…」 結局は起こして吉羅と一緒にお風呂に入れたのは言うまでもなかった。 楽しいお正月の一日目が終わり、ようやく吉羅と香穂子はふたりきりになる。 「暁彦さん、今日は有り難う。あきちゃんもとても楽しかったみたいです」 「たまにしかあの子とは遊んではやれないからね。忙しかったが、楽しかったよ。それに、君の着物姿はとても綺麗だったからね」 吉羅に背後から抱き締められて、香穂子は母親ではなく女としての部分が満たされるのを感じる。 「暁彦さんも素敵でした」 ふたりはお互いの顔を見合わせて微笑みあうと、唇をそのまま甘く重ね合う。 これからは愛し合うふたりの時間だ。 「改めて、あけましておめでとう、今年もよろしく」 「こちらこそ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」 ふたりは唇を重ねて甘い時間を確認した。 |