*大人になる日*


 香穂子もいよいよ大人の仲間入りだ。

 成人式を迎えるのだ。

 ここまでの道程は、無駄に長かった。

 ずっと早く吉羅に追い付きたかった。

 吉羅に似合う女になりたい。

 それには追い付くしかない。

 追い付いたかと言われたら、まったく追い付いてはいないのかもしれない。

 だが、社会的に『大人』だと、認められることは、かなり大きい。

 これで堂々と大人の女性として、吉羅に向き合うことが出来るのだから。

 もう子供だと、卑屈になることはない。

 香穂子はそう強く思った。

 

 成人式には、やはり振袖で出席をする。

 朝から準備で大変だ。

 綺麗に髪をアップにするために、髪をずっとメンテナンスをしてきた。出来るだけ美しい髪で結い上げたかった。

 これは女の子ならば、考えることだろう。

 成人式。

 香穂子にとっては、最高に素敵なイベントのひとつだ。

 ずっと待ち望んでいたことなのだから。

 吉羅とは、式の後で落ち合う予定だ。

 成人式のお祝いをしてくれるのだ。

 香穂子にとっては、素晴らしいイベントになりそうな予感がしていた。

 愛する吉羅に祝って貰うのだから、出来る限り綺麗になりたい。

 吉羅が息を呑むほどに。

 だが、吉羅は、綺麗な人など馴れているようであるから、そこまで綺麗になれるのかと言われたら、そんな自信はない。

 だが、吉羅には「綺麗だ」と言って欲しい。

 大人の女性として扱って欲しい。

 吉羅はそう思わずにはいられなかった。

 

 香穂子は両親が心を込めて仕立ててくれた、着物を着る。

 白を基調にした、薄紅や蒼が美しく華やかに染まっている。

 着物は、留袖にしても使えるようにと、母親が気を遣ってくれていた。

 美容室で、メイクをしてもらい、髪をアップにして、着物も着付けて貰う。

 自分でも着物を着られるが、今回だけはプロに頼んだ。

 式の前には家族で記念の写真を撮った。

 自分一人の写真も撮る。

 吉羅とは後でふたりだけで撮影をする約束をしていた。

 

 香穂子は市からの要請で、式典で横浜市の市歌を演奏することになっている。

 月森や土浦も一緒で、久々に合奏が出来るのが嬉しかった。

 何度か三人でリハーサルをして、入念にチェックをした。

 演奏のために少し早くに会場に入った。

 当然、最終リハーサルも行った。

 やはり、お互いに気心が知れているから、アンサンブルはとてもやり易かった。

 勿論、吉羅も、会場に来てくれている。形は来賓だが、ただ、ただ、香穂子を見守るためだった。

 いよいよ香穂子が成人代表としてヴァイオリンを奏でる。

 土浦がピアノ、月森がヴァイオリン。

 同級生トリオで演奏出来ることが、香穂子には何よりも嬉しいことだった。

 

 式典後、香穂子は挨拶などがあり、かなり忙しい。

 だが、吉羅に逢いたくて、逢いたくてたまらなくて、そわそわしてしまう。

「……日野、ずいぶんと落ち着きがないな」

 月森は水よりも冷たく言い放つ。

「本当に落ち着きがないな。まあ、理由は解るが」

 土浦は溜め息を吐きながら、視線を吉羅のいる貴賓席に向けた。

「もう話は終わりだ。理事長のとこに行け」

 まるで香穂子を追い出すかのように、土浦は呆れた口調で言う。

「有り難う、土浦くん、月森くん。一緒にヴァイオリンが弾けて楽しかったよ」

 香穂子はふたりに笑顔を向けた後、深々とお辞儀をする。

 すると二人は、なんとも言えない切なさを秘めた笑みを浮かべた。

 香穂子はもう一度笑顔を向けて、ふたりに何度も手を振る。

 ふたりは困ったような笑みを浮かべていた。

 香穂子はすぐに吉羅のところに急ぐ。

 早く吉羅に会いたかった。

 ちゃんと晴れ着を見せたかった。

「暁彦さん、お待たせしました」

 香穂子が息を切らせながら、吉羅のそばに行くと、不機嫌そうに立っていた。

「香穂子、行こうか」

 吉羅は素早く香穂子の手をしっかりと握り締めてくる。

 強い力が伝わる。それだけ、離さないと言って貰えているようで、嬉しかった。

 車は、山手の気品が漂う、老舗の写真館に辿り着く。

「ここで写真を撮ろう。きちんと話はしている」

「有り難うございます」

 吉羅は先程から不機嫌なままだ。

 香穂子は落ち着かない。

 綺麗だと思って貰えていないのだろうか。

 それとも、期待外れだったのだろうか。

 それならば、こんなに切ない事はない。

 吉羅が、香穂子の手をしっかりと引いて写真館に入ると、待ち構えていた、年老いた店主がいた。

「暁彦くん、待っていたよ!成人式を迎えたのは、こちらのお嬢さんだね!なんて綺麗なお嬢さんなんだろうね」

 店主はとても温かくて、香穂子はホッと温かな気持ちになった。

「ふたりで写真を撮りたいのです」

「そうか。このお嬢さんが、暁彦くんの大切なひとなんだね」

「……そういうことに、なりますね」

 吉羅はほんのりと笑顔を向ける。

 それがとても魅力的で、香穂子を魅了させた。

「では、お嬢さんとふたりでこちらに」

 香穂子は、吉羅に連れられて、写真館の奥にあるスタジオに向かう。

 そこはかなり使い込まれたスタジオで、味わいがある。

 クラシカルで、美しい写真が撮れそうだ。

 香穂子は、吉羅と一緒に、白いスクリーンの前に立つ。すると使い込まれたカメラが登場した。

「では、おふたりとも微笑んで下さい」

 優しい店主の声に、香穂子もごく自然に微笑む。

 クラシカルなフラッシュが焚かれる。

 写真撮影はこれで終了した。

「では、写真を改めて取りに伺います」

 吉羅とお礼を言って、写真館を出た。

 車に乗り込むなり、いきなり抱きすくめられ、キスをされる。

「……今日の君は綺麗で、わたしは誰にも見せたくはなかった……」

「暁彦さん……」

 吉羅は何度もキスをした後、香穂子を見つめる。

「この写真館は、節目ごとの記念撮影に来ている。今日は君の成人式だったからね。私の節目でもあるから」

 吉羅は香穂子の耳元に唇を近づける。

「……結婚して欲しい」

 その一言に、香穂子は涙を浮かべる。

 こんなにも嬉しくロマンティックなプロポーズは他にはない。

「……有り難うございます……。私も結婚したいです……」

 香穂子は甘い感情を胸に抱きながら、吉羅にしっかりと抱きついた。

 成人式のプロポーズ。

 忘れることができない、本当の大人としての第一歩。

 それは最高に素敵なものだった。



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