六月にプロポーズをすれば、そのカップルはずっと幸せであると聞いたことがある。 六月の神様が愛を司る女神だからだ。 吉羅はその話を聞いてから、恋人にプロポーズをするのは六月と決めていた。 四月からプロポーズの準備を始めて、指環も用意した。 何度かプレゼントで指環を準備したことがあるから、吉羅はそのサイズでオーダーしたのだ。 そして今日は六月七日。 プロポーズの日、らしい。 休みも重なって、吉羅はちょうど良かったと思った。 昨日から恋人と一緒に過ごしているが、今夜はとっておきのディナーを予約しておいた。 ロマンティックが大好きな、年下の恋人の為に。 吉羅は傍らで眠る香穂子の寝顔を見つめる。 プロポーズをする日だからか、今日はいつもよりもかなり早く目が覚めてしまった。 プロポーズをして、香穂子を自分のものにするのが、こんなにも楽しみでなことはない。 疲れ果てていても、こうして本当に楽しみなことがあると、漲る心に起こされてしまうのだと思った。 恋人がゆっくりと目覚める。 本当にお姫様が目覚める瞬間のように美しい。 綺麗だ。 「…おはようございます…暁彦さん…」 「…おはよう、香穂子…」 吉羅が触れるだけのキスをすると、香穂子は夢見るような幸せな笑みを浮かべる。 その表情がうっとりとしていて、とても綺麗だ。 「…今日は…随分と早いですね…」 ベッドサイドのデジタル時計を見ながら、香穂子はくすりと笑う。 まだ声は完全に目覚めてはいないらしい。 それが可愛い。 デジタル時計は七時を刻んでいる。 いつもの休日よりは、かなり早いような気がした。 「…香穂子…、今日はのんびりとしながらも、一日出かけよう」 「そうですね。ゆっくりと外に出かけるデートは、最近していませんでしたから…」 「そうだね。横浜に行こうか。地元だから余り出かけなかったからね」 「はい」 香穂子は笑顔になると、吉羅をうっとりさせるような美しい瞳を向けた。 そのような綺麗なまなざしを見ていると、香穂子が欲しくて堪らなくなる。 吉羅は香穂子を抱き締めると、そのまま組み敷いた。 「香穂子…、君が欲しい…」 吉羅が耳朶にキスをしながら囁くと、香穂子ははにかんだように頷く。 そのまま香穂子の甘くて柔らかな躰に溺れていく。 こんなにも幸せなことはなかった。 吉羅に朝から愛されると幸せで気怠い気分が躰に残る。 だが、香穂子にとっては、それが何よりもの幸せな瞬間なのだ。 瑞々しく愛された気分は、心にも潤いを与えてくれるのだから。 「…幸せです…、暁彦さん…」 「こちらこそ、幸せにして貰っているよ。朝食を取ったら、出かけようか」 「そうですね。朝食は作りますから、もう少しだけ眠っていて下さいね」 「ああ」 香穂子が笑顔を向けると、吉羅もまた笑顔をくれる。それがとても可愛いらしい。 ベッドから降りてバスローブを羽織りながら、今日の吉羅は何だかわくわくとそわそわが混在しているように見える。 いつもはかなり大人の吉羅だから、このようなことはない。 何か心から楽しみなことが待ち構えているのだろうかと思いながら、香穂子は吉羅を可愛いと思った。 休みの朝の楽しみは、やはり香穂子の作ってくれる茶粥だ。 香穂子が作ってくれた茶粥が、何よりも美味しいと思う。 とてもシンプルなのだが、それ故に香穂子の愛が籠った味のように思えてならなかった。 朝食をふたりで取りながらも、プロポーズのことばかりを考えてしまい、吉羅は落ち着けない。 今まではこのようなことはかなったというのに。 やはり、愛する女性にプロポーズするというのは、最高に緊張して、最高に楽しみなことなのだろうと思った。 だが、このことは香穂子には悟られてはならない。 スペシャルなサプライズをしたいのだから。 吉羅がプロポーズのことばかりを考えていると、香穂子がくすりと笑った。 「どうしたのかね?」 「暁彦さん、物凄く珍しいんですが、口にうっすらと茶粥がついていますよ?」 香穂子は甘く笑うと、ナプキンでそっと拭ってくれた。 これには吉羅もドキリとする。 これからも、このようなことが頻繁にあるだろう。 だがそれは、吉羅にとってはかなり幸せなことであるのは間違ない。 「今日の暁彦さんは何だか可愛いてす。私は大好きです」 香穂子は本当に楽しそうに嬉しそうに呟く。 照れくさい気分にはなったが、香穂子が好きでいてくれるのであれば、それで良いと思った。 食事の後、ふたりは支度をして横浜に向かう。 ドライブを楽しめると、香穂子は笑顔になっていた。 「こうしてベイブリッジを渡るのが大好きです。何だか、横浜に帰って来たんだって気分になりますから」 「確かにね。私もベイブリッジを渡るのは好きだよ」 香穂子は笑顔で吉羅を見た後、運転の邪魔にならない程度に、腕を絡ませて躰を密着させて吉羅に甘える。 最初はこのような仕草は、恥ずかしがってしようとはしなかった。 それが今はこうして素直に甘えてくれるのが嬉しかった。 「香穂子、今日は楽しもう。何処か行きたいところはないのかね…?」 香穂子は一生懸命考えている。その素直な横顔もとても綺麗だと思った。 「…学院に行きたいです…」 「学院に!?」 「はい、ここのところずっと顔を出してはいなかったですから、学院に行きたいと思います」 「そうか…。だったら、ランチの後でも行くかね? 森の広場にでも」 「嬉しいです!」 香穂子の喜ぶ顔を見ながら、プロポーズ場所には最適な場所かもしれないと、吉羅は思った。 中華街でランチを取った後、吉羅は近くの花屋で美しい花束を取りに行く。 この日の為にオーダーしておいたのだ。 「お姉さんへのお花ですか?」 「…まあ、そのようなものだね…」 吉羅が誤魔化すように言ったが、香穂子はさして疑ったりはしていなかったようだった。 学院まで車を走らせて、森の広場へと向かう。 「学院の生徒の頃から、ここがとっても好きでした。途中で、理事長室が一番好きになってしまいましたけれど」 香穂子は甘酸っぱい想いを思い出したからか、くすりと笑っている。 それがまた可愛かった。 いよいよ森の広場の中心に入る。 手を繋ぎながら歩いていたが、吉羅は歩みを止める。 「どうしたんですか?」 香穂子は不思議そうに吉羅を見る。 ふたりが出会い、愛を育んだ場所、星奏学院。 こここそがプロポーズには相応しい場所だと思う。 吉羅は香穂子に向き直ると、慈しみ溢れる瞳で見つめた。 まるで結婚を司る女神に祝福されるかのように、初夏の瑞々しい光がふたりを照らした。 「…香穂子」 吉羅は花束を差し出すと、香穂子をしっかりと見つめた。 「…私の生涯の伴侶は、君以外には考えられない。香穂子、結婚してくれないか…?」 吉羅はなるべくストレートでシンプルにプロポーズをした。 香穂子は黙っている。 吉羅は不安でしょうがなくて、胸が苦しくなった時だった。 「はい。私もあなたの生涯の伴侶にして下さい」 香穂子の返事に、吉羅は思わず抱き締めてしまう。 「有り難う」 「私もとても嬉しいです。有り難うございます」 ふたりはお互いに微笑んだ後、キスを交わす。 キスは神聖なものに思える。 キスの後、吉羅は香穂子の左手薬指に約束の指環をはめた。 その瞬間、空が麗しく輝く。 吉羅は、結婚の女神に祝福されているような気がした。 最高の婚約記念日になった。 これからもずっとふたりは幸せ。 |