*成人式*


 成人式の晴れ姿を、やはり一番大好きなひとに見せたい。

 親にも見て貰いたいが、やはり愛するひとへの想いが勝ってしまう。

 ずっと恋をしていた大好きなひとだから、その想いが人一倍強いのだろうと、思わずにはいられない。

 愛しているひとはいつも忙しい。

 成人の日も仕事をしている有り様だ。

 香穂子は、せめて少しだけでも良いから、愛するひとと一緒に過ごしたいと思わずにはいられない。

 だが、吉羅とはなかなかそのような時間を過ごせない。

 甘い時間を共有出来ないでいるのが、香穂子としては切なかった。

 せめて、成人式の晴れ姿だけは、吉羅に見せたかった。

 ほんの一瞬でも良いから、大好きな吉羅に逢いたい。

 そう思わずにはいられない。

 成人式の日に少しで良いから逢いたいと、香穂子は勇気を持って吉羅に連絡をした。

 少しで構わないから、吉羅に逢いたい。

 晴れ姿を見て貰いたかった。

 

 吉羅からは、『逢いにいけるように努力をする』と返事を貰った。

 だが、それが何時頃なのかどうかは、具体的には知らせはなかった。

 忙しいからしょうがないとは思ってはいるが、何だかもやもやが取れない。

 吉羅が多忙すぎるのは、そばにいて理解しているつもりだから、不満を言う気にはなれなかった。

 地区の成人式がみなとみらいで行われた後、香穂子は友達と話をしながら会場から出た。

 ほんの少しだけ期待を込めて、辺りに吉羅がいないかと確かめてみたのだが、いない。

 期待し過ぎていたと、つい自分を叱ってしまう。

 吉羅は本当に忙しいのだ。

 そう言い聞かせようとしていた時だった。

「香穂子」

 聞きなれた低くてよく通る声に、香穂子は思わず振り返る。

 すると、そこには大好きなひとが立っていた。

 成人式は会場の横にある、外資系ホテルの前で立っている。

 恐らくは、そこに車を入れたのだろう。

 何とか時間をやりくりしてくれた吉羅に、香穂子は深く感謝をする。

 それ以外には思い付かない。

 ちゃんと香穂子の要望を聞いてくれたのだ。

「暁彦さん!」

 香穂子は友達に軽く謝ると、吉羅に向かって駆けて行く。

 早く逢いたくてしょうがなかった。

「来てくださって有り難うございます」

 香穂子は嬉しさの余りに、今までの切ない気持ちが、総て吹き飛んでしまうのではないかと、思ってしまうほどだった。

「香穂子、お待たせしたね?なかなかメールを送る時間がなくて申し訳ない」

「来てくださっただけで嬉しいですよ。本当に有り難うございます」

 香穂子は、ただこの場所にいてくれるだけでも、幸せだと思った。

「今から私は時間はあるが。君はいかがかな?」

「勿論、大丈夫てす」

「だったら、君の成人の日のお祝いをしたいと思っているよ」

「有り難うございます」

 吉羅にお祝いをしてもらえる。それだけで、香穂子には、とっておきの時間に思えてならなかった。

「さあ、行こうか」

 吉羅は香穂子の手をしっかりと繋ぐと、そのままゆっくりと歩き始めた。

 手を繋いでいる部分から暖かな感覚が伝わってくる。

 それが、香穂子には嬉しくて幸せでしょうがなかった。

 大きな吉羅の手にほわほわと包まれる。

 ふんわりとした幸せに、香穂子はつい笑顔になってしまう。

「暁彦さん、来てくださって有り難うございます」

「私も君にはどうしても会いたかったからね。こうして時間を作ることが出来て良かったと思っているよ。君の成人式は一度きりだからね。だからどうしても一緒に過ごしたかったんだよ」

 吉羅の気持ちが、言葉から、温もりがじっくりと伝わってくる。

 それが香穂子には何よりも素晴らしいことだと、素敵なことだと、思わずにはいられない。

 こうして逢うことが出来るだけで、素晴らしいことだと、思わずにはいられない。

「君とこうして一緒にいるだけで、幸せだ、私は」

「私もとても幸せですよ。暁彦さんが、こうして時間を作って来てくださったことに感謝しています」

 香穂子は幸せを滲ませて笑うと、吉羅を見つめた。

「……和装がよく似合っているね。今日の君は本当に綺麗だ」

 吉羅は目を細めて愛情が滲んだ眼差しを香穂子に向けてくれる。

 なんて幸せなのだろうか。

 吉羅の言葉と眼差しが、香穂子を一番幸せな気持ちにさせてくれる。

 それが嬉しい。

「有り難うございます。暁彦さんにこうして言って貰えるのが、私は一番嬉しいんです」

 言葉だけで、香穂子を世界で一番幸せな女の子にしてくれるのは、吉羅だけなのだから。

「私は本当のことを言ったまでだよ。香穂子、時間は大丈夫なのかね?私はこれから、君の時間を独占したいと思っているが、構わないかね?」

 香穂子もまた、吉羅を独占して一緒にいたい。それだけなのだ。それ以上にはない。

「私も暁彦さんを独占して一緒にいたいです。一生で一度のは日だからこそ、暁彦さんと一緒にいたいんです」

「有り難う。香穂子、何処か行きたい場所とかはないかね?」

「実は特にはないんです。今日も、暁彦さんに晴れ姿を見せたいだなんて思っていただけですし、今日も一緒にいられたら、ただ楽しいな、幸せだな、と、思っていただけですから……」

 香穂子は素直に自分の気持ちを伝える。

「私もただ君をお祝いしたいと思っていただけだからね……」

 吉羅は甘く笑うと、香穂子の手をギュッと握り締めた。

「さあ、行こうか」

「はい」

 吉羅と二人ならば、こうして歩いているだけでも幸せで、楽しい。

 特別な成人式と言う日に、吉羅とふたりで過ごすことに意味があるのだ。

「今日の君は着物だからね。食事にしても、汚れないものが良いんだろうね。だったら和食にしよう」

「有り難うございます」

「だが、今はこうして君とふたりで歩いていたい」

「はい。私もです」

 吉羅とふたりで、ショッピングモールを離れて、静かに横浜を見渡せる場所に向かう。

 ふたりで澄んだ冬の空気を楽しみながら、みなとみらいの風景を見つめる。

「香穂子、そのまま聞いていてくれ」

吉羅が何を言うのか小首を傾げながら、香穂子は頷いた。

「君も大人になった。近いうちに君にプロポーズをして、君を妻にするからそのつもりで」

 吉羅はプロポーズの予告だとは思えないぐらいに、さらりと呟くと、香穂子をまっすぐ見つめた。

 その眼差しに胸が高まり、感極まるほどの幸せがやってくる。

「有り難うございます……」

 香穂子が嬉しくて泣きそうになりながら、吉羅を見つめる。

 たった一度の成人の日。

 それは、香穂子にとっては、プロポーズの予告日になった。



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