節分なんて、子ども騙しのイベントだと思っていた。 鬼は外、福はうちだなんて言いながら、家の中を走り回ったのはかなり昔だ。 再びこのような行事をするとは思わなかった。 しかも愛する家族と一緒に。 朝から吉羅家は大忙しだ。 節分の準備に、香穂子も子どもたちも余念がない。 「今日は幼稚園で鬼のお面を作ってくるから楽しみにしているんだよ」 「うん!」 暁慈は妹である朝陽に、一生懸命言い聞かせている。 その様子を見ながら、香穂子はにっこりと笑った。 本当に仲の良い兄妹だ。 暁慈が面倒見が良くて、香穂子は助かっている。 吉羅はと言えば、息子と娘を目を細目ながら見ていた。 暁慈も今年の春から年長組になり、朝陽も幼稚園へと入園する。 本当に益々幸せで賑やかになると香穂子は思っていた。 「ママ! 格好良い鬼のお面を作って来るので、待っていてね!」 「うん。解ったよ。有り難う」 香穂子は息子の目線に合わせると、にっこりと微笑んだ。 「今夜はみんなで手巻き寿司を作って食べようね」 「うん!」 「朝陽も!」 子どもふたりは手を上げて喜ぶ。本当に天使だと香穂子は思わずにはいられなかった。 「暁慈、行くぞ」 「はーい」 暁慈は吉羅に手をねだって、しっかりと繋ぐ。 ふたりは益々似て来ると、香穂子は思わずにはいられなかった。 香穂子は、朝陽と一緒にふたりを見送りに行く。 「暁彦さん、暁ちゃん、いってらっしゃい」 「あーい、いってきます」 「行ってくる」 ふたりを玄関先まで見送り、車が見えなくなってから、ようやく家に入った。 「じゃあ今からお掃除をして、ヴァイオリンを弾いて、お買い物に行かなくちゃね。忙しいよ、朝陽」 「うん! ママのお手伝いをするよ」 「有り難う」 香穂子は朝食の後片付けを済ませた後、部屋の掃除にかかる。 いつもハウスキーパーに来て貰っているが、なるべく自分でするようにしている。 ハウスキーパーには、主に掃除を手伝って貰っていた。 今日は、節分ということもあり、掃除だけを手伝って貰う。 とは言え、シーツを代えたり、洗濯をしたりするのも、なるべく自分でしていた。 香穂子にとっては家族が笑顔でいられることが、一番だったからだ。 吉羅はいつものように通勤途中に息子を幼稚園まで送っていく。 帰りは香穂子が迎えに行ってくれるのだ。 息子と娘を見ているだけで、穏やかな幸せが感じられる。 こんなに幸せはないと思うほどだ。 それをくれたのは香穂子だ。それにはとても感謝をしていた。 吉羅はいつものように息子を送った後、仕事場へと向かう。 今夜は家族で節分をするから、早く帰らなければならない。 吉羅は、幸せにアフターファイブを思い浮かべながら、仕事に集中することが出来ると感じていた。 買い物を終えて、娘と自分の食事を作り食べ終える。 その後は暁慈を迎えに幼稚園へと向かった。 「ママー! 朝陽!」 暁慈は、自分で作った鬼の面を持ちながら駆け出してくる。 その様子が愛しくて、香穂子は思わず微笑んだ。 「鬼のお面だよっ! 上手く出来たでしょう?」 「…うん、かっこよく出来ているよ」 「かっちょいいっ!」 朝陽まで鬼のお面を絶賛している。 「本当に! 嬉しいな」 暁慈は満更でもないように言うと、香穂子と朝陽を笑顔で見た。 「じゃあおうちに帰って、みんなでヴァイオリンのお稽古をしたら、おやつ食べて、節分の準備をしようね」 「うん」 香穂子を真中にして、しっかりと手を繋ぐ。 三人は鼻歌を歌いながら、家路へと急いだ。 ヴァイオリンのレッスンは、香穂子の練習も兼ねている。 まだまだ子どもが小さいので、派手な活動はしてはいないが、それでもブラッシュアップは必要なのだ。 その上、子どもたちにもヴァイオリンに親しませることが出来るので、一石二鳥だった。 ヴァイオリンレッスンを終えた後、いよいよ節分の準備を始める。 「今日は手巻き寿司だから、寿司飯を作ります。ママが混ぜるから、ふたりとも仰いでね。このお仕事はかなり重要だよ」 「はーい」 ふたりは団扇を持つと、仰いでくれる。 香穂子、幼い頃に母親がしてくれたことを思い出しながら、寿司飯を混ぜた。 節分は良い風習だと思わずにはいられない。特に親と子のスキンシップにはとても良いと思った。 寿司飯を作り、様々な具を用意する。 定番の鮪やネギトロ、サーモンに、ツナ、卵焼きに野菜、かんぴょう…。 本当に沢山の種類の具だ。 準備が終わる頃、玄関先のドアが開く音が聞こえた。 「パパだ!」 子どもたちは走って吉羅を迎えに行き、香穂子はその後を続く。 吉羅がケーキが入った箱を持って、家に帰ってきた。 「ただいま」 子供たちとスキンシップをした後で、吉羅は香穂子を抱き寄せる。 「ただいま」 「おかえりなさい、暁彦さん」 子供たちが先を歩いている隙に、吉羅は香穂子の唇を奪った。 いつものように吉羅の着替えを手伝い、いよいよ夕食。今夜の一番のイベントと言っても良い。 「いただきます!」 「最初の一本は黙って食べるんだ。東北東に向いてお願いをしながら食べなさい」 「はい」 吉羅の言葉に子供たちも神妙に頷く。 関西では昔からある風習らしいが、香穂子の小さな頃はこんなものはなかった。 一説によると大阪の海苔屋の陰謀らしいのだが。 香穂子も朝陽の世話をしながら寿司を食べる。 暁慈は細巻ではあるが丸かぶりをしていた。 ようやく食べ終えると、家族揃って笑顔になる。 「今年も家族全員良い年になるだろうね。私はそう思うよ」 吉羅の言葉に、誰もが頷いてみせた。 ここからは好きな寿司を好きなだけ巻く。 子供たちは大騒ぎで寿司を巻き始め、香穂子がそれを助けている。 吉羅もまた子供の世話をしながら、食事を続けた。 毎日、掛け替えのない時間を過ごすことが出来るのは、香穂子のお陰だと思っている。 吉羅に本当の意味での幸せを教えてくれたのは香穂子なのだから。 寿司とケーキを食べ終わった後、年の数だけ豆を食べる。 それもまた楽しみなのだ。 「何でもあさひはこれっぽっちなの?」 娘は三つという豆の数が不満であるらしい。 「年の数だけ豆は食べるんだよ。だから朝陽は三つなんだよ」 香穂子が娘を言い聞かせても不満なようだ。 もちろん六つしか食べられない暁慈も不満だらけな様子だった。 いよいよお楽しみの豆撒きだ。 鬼はやはり父親である吉羅だ。 吉羅は息子が作った鬼の面を着ける。 「わーい! 鬼は外ー」 「外ー!」 娘と息子が声を楽しそうに上げて豆撒きをしている。 吉羅は甘んじて鬼役に徹する。 こうして子供たちと同じ時間を持てるのが、最も嬉しいことだ。 ふと香穂子と目が合い、吉羅は思わず手を握る。 「あ! 鬼からママを守れ!」 「あいー」 ふたりが追いかけてくるものだから、吉羅は香穂子を連れてわざと逃げる。 そのままベッドルームに逃げ込み、吉羅は鬼の面を外した。 「やれやれ」 「なかなか鬼役も似合っていましたよ」 香穂子がくすくすと笑うのを引き寄せると、吉羅は唇を寄せてきた。 「鬼ー出てこい!」 「こいー!」 子供たちが騒ぐのをよそに、ふたりは唇を重ねる。 甘い甘い節分に、香穂子と吉羅は幸せな気分に浸っていた。 節分は素晴らしい行事だと思いながら。 |