大好きなひとと節分を祝いたい。 香穂子はそう思って、福豆と恵方巻きを買い求めて、吉羅の元に向かった。 吉羅には、節分は余り似合いそうではなかったが、香穂子はただ一緒に節分を楽しみたかった。 全く純和風な行事は、吉羅に限っては、似合わない。 冬にはクリスマス、お正月などは似合っていると思うが、節分は全く似合わない。 そもそも、恵方巻きを丸かぶりをするなんてことが考えられないのだから。 だが、一緒に恵方巻きを食べてみたいと思ってしまう。 やはり、吉羅と一緒に季節のイベントを体験したいと思わずにはいられないのは、大好きなひとと様々な経験をしたいゆえだ。 節分デートの約束を取り付けた時に、吉羅は節分らしく寿司屋での食事を提案してくれた。 だが、香穂子はアットホームな節分を吉羅と迎えたくて、家での節分デートを提案したのだ。 吉羅が暮らす六本木の家へと向かう。 ふたりで温かな節分を過ごしたいと、くすぐったい気持ちで考えていた。 吉羅の家に到着しても、愛しいひとは仕事でまだ帰ってはいない。 香穂子は、先ずは茶碗蒸しを作る事にした。 愛するひとに、たまには美味しい手料理をご馳走したい。 吉羅は、ヴァイオリニストの命は指先だからだと、余り料理をさせてはくれない。それが香穂子には甘くて切なかった。 だからこそ、たまには料理を作ってあっと言わせたい。 それには節分はとても良い機会だった。 節分で食べる食事は、買ってくる恵方巻きを除いては、簡単な料理ばかりだからだ。 香穂子は、茶碗蒸しの他にはデパートでプッシュをしていた鰯を焼いたり、お吸い物や酢の物を作って、和の食卓を準備をした。 後は大好きな人が帰ってくるのを待つだけだ。 それだけでもドキドキが激しくなり、どうして良いのかが分からなくなる。 どんなに大好きなのだろうかと、自分自身で推し量ることが出来ないぐらいに、吉羅が大好きなのだ。 こんなにも恋をしている自分を、今までは想像出来なかった。 食事の準備が終われば、後は吉羅が帰って来るのを待つばかりだ。 吉羅が帰って来るのが、楽しみでしょうがなかった。 吉羅が忙しいのは、半分香穂子の為であるということは解っている。 だからこそ、笑顔で待つことが出来るのだ。 香穂子は、吉羅を待ちながら、福豆を買った時についていたお面を見る。 可愛い。 吉羅を驚かせるには、ちょうど良い。 香穂子はイタズラっ子にでもなった気分で、お面を被った。 時計をチラリと見る。 いつもなら、吉羅が帰って来る時間だ。 香穂子はいよいよだと思い、ドキドキして、思わずクッションを抱き締めてしまう。 念の為、茶碗蒸しを蒸すのはもう少しだけ後にしよう。 それだけを思って、香穂子は待った。 …待った。 だが、いつもの時間を過ぎても、吉羅は帰っては来ない。 仕事が忙しいからだろうか。 それとも何かあったのだろうか。 いつもなら気にならないのに、今日に限ってさ、気になってしまうのは、イベントが絡んでいるからだろうか。 そんなことをぼんやりとつい考えてしまっていた。 つい鬼の面を被って、少しだけふてくされたふりをした。 するとオートロックが解除される音が響き、香穂子は立ち上がって、慌てて玄関先へと向かった。 吉羅は、洋菓子店の箱を持って、部屋の中に入ってきたところだった。 「おかえりなさい!」 香穂子が笑顔で出迎えると、吉羅は一瞬、驚いたようだった。 しかし、直ぐに甘い笑みを浮かべる。 「ただいま、可愛い鬼だね」 「え…? あっ!?」 鬼の面をしていたことを、香穂子はすっかり忘れてしまっていて、慌てて外した。 「ご、ごめんなさいっ」 吉羅は笑いながら、香穂子にケーキが入った箱を差し出してくれる。 「今日は節分だからね。節分ケーキを買ってきた。後で食べよう」 「有り難う。嬉しい」 香穂子が笑顔で呟くと、吉羅もまた嬉しそうに笑顔で返してくれた。 「節分ご飯ですよ、今夜は」 「無理はしなかったか?」 「無理なんてしてないですから、大丈夫ですよ」 香穂子が笑顔で指先を見せると、吉羅はホッとしたように溜め息を吐いた。 香穂子自身をとても大切にしてくれるが、それと同じぐらいにヴァイオリニストの香穂子も大切にしてくれている。 香穂子にとっては有り難い理解のある最高の恋人だった。 ふたりで夕食の節分ご飯を食べる。 先ずは丸かぶりだ。 「暁彦さんは、お寿司を丸かぶりするイメージはないですよね」 「…まあ、この風習を知ったのは、大人になってからだけれどね。子供の頃は、普通の寿司を食べていたよ」 「そうなんですか」 暁彦少年ならば食べていそうだと思っていたが、それは間違いだったようだ。 「では、お互いに願い事を込めながら、丸かぶりをしましょう」 「ああ」 方位磁石で今年の恵方を確認した後、ふたりして寿司を持って、恵方に向く。 お互いに目配せをした後で、寿司を丸かぶりをした。 願い事は欲張りにもある。 吉羅といつまでも一緒にいられますように。 そして。感動と温もりを与えられるヴァイオリニストになれますように。 香穂子はこのふたつを願いながら、静かに寿司を食べた。 美味しい寿司であると同時に、願いが叶う味がした。 横にいる吉羅を見る。 どうか吉羅の願いも叶うようにと、祈らずにはいられなかった。 香穂子は心が熱くなるのを感じながら、願いを続けた。 綺麗に恵方巻きを食べ終わり、香穂子は吉羅を見た。 すると吉羅も綺麗に食べ終わっていた。 お互いに顔を見合わせて、つい笑顔を零す。 「願いは叶いそうかな?」 「はい。願いが叶う味がしましたよ。暁彦さんは?」 「私も願いは叶うと思うよ。私も願いが叶う味がしたからね」 お互いに幸せな気分で、つい笑ってしまう。 「じゃあその他の食事もしようか」 「はいっ!」 シンプルだけれども、節分にはピッタリな食事。 吉羅と一緒にこれらを食べているだけで、香穂子は願いが必ず叶うような気すらした。 吉羅がいるからこそ、叶えられる。 そんなことを思った。 和テイストの食事の後は、ふたりでのデザートタイムだった。 「可愛い! 鬼と桃の花が乗ったケーキなんて、節分らしい!」 「味は保証するよ」 「流石はスウィーツ男子の暁彦さんですね」 香穂子はうっとりとしながら、吉羅が買ってきてくれたケーキを食べる。 やはり太鼓判を押しているだけあり、かなり美味しかった。 ケーキの後は福豆。 年の数まで食べて、全く忙しいことだと思う。 「では、豆撒きですね! 今年は私が鬼になりますよ、鬼理事長」 「解った」 吉羅は苦笑いを浮かべながら頷くと、福豆を握り締める。 「容赦はしないからな。鬼は外」 吉羅に豆をぶつけられて、香穂子は子供に戻ったような気持ちになる。 「きゃっ!」 豆の一つに足を取られてしまい、香穂子は滑って転んでしまいそうになる。 「おっと…!」 吉羅は軽々と香穂子を抱き支えて、こけないようにしてくれた。 吉羅の美しい顔が近い。 ドキドキしながら吉羅を見つめると、いきなり抱き上げられてしまった。 「え…?」 「可愛い鬼は、ベッドの上で退治をするのに限るからね」 「あ、あの、豆撒きの後を片付けないと」 香穂子が焦るの気にせずに、吉羅は寝室へと向かう。 「豆撒きの豆ぐらいは掃除機で吸えば済むからね」 平然と吉羅は言うと、自分だけの鬼を甘く征服し始めた。 |