吉羅に節分は似合わない。 それはつくづく思う。 本当に、これほどアンバランスなことはないと、香穂子は思った。 香穂子は、幼い頃から、節分が大好きだ。 わくわくするお楽しみな季節のイベントであるのは、間違いない。 いつも楽しみにしていた行事だから、吉羅ともつい一緒に過ごしたくなる。 吉羅が豆まきをするなんて、本当に似合わない。 似合わなすぎる。 香穂子は想像するだけで、ついつい苦笑いを浮かべた。 だが、いつか、吉羅に子供が出来た時に、豆まきを一緒にするのだろうか。してくれるのだろうか。 吉羅と自分の子供を鮮やかに想像してしまい、香穂子は真っ赤になってしまう。 もし、そうならば、嬉しくてジタバタとしてしまうのかもしれない。 香穂子は、想像だけでジタバタしてしまい、耳まで真っ赤にさせてしまった。 節分の日は休日だから、その日は温かい家族的な節分デートはどうだろうか。 忙しい吉羅ではあるが、節分デートをする時間の余裕はあるだろう。 香穂子は、吉羅の家で節分デートが出来るかどうか、訊いてみることにした。 吉羅と節分デートというだけで、香穂子のテンションは高まる。 節分の日には、恵方巻きが欠かせないとのことで、ふたりで買いに行くことにした。 吉羅が連れていってくれたのは、やはり、高級寿司店だ。この店の恵方巻きが一番だということだ。 作るのも楽しいとは思ったが、美味しい寿司を買うのも良いかもしれない。 香穂子は、吉羅のひいきの店で恵方巻きを買ったあと、せめて茶碗蒸しは作ろうと思った。 「暁彦さん、茶碗蒸しだけはせめて作りたいと思いますが、構いませんか?」 「お願いするよ。では、材料を買って帰らなければならないね」 「はい」 吉羅と何気ない買い物をするのも大好きだ。 吉羅と結婚したような気持ちになるからだ。 くすぐったい幸せが、香穂子を満たしてくれる。 香穂子はほわほわとした気持ちで、吉羅と手を繋いで買い物をする。 吉羅暁彦自体が、女性と手を繋いで散歩をすることが考えられない。 だが、手を繋いで買い物をする時は、思いきり素敵な恋人になるのだ。 買い物を終えて、香穂子は吉羅家のキッチンに入り、茶碗蒸しを作る。 寿司には負けてしまうかもしれないが、心を込めて作ろうと思う。 香穂子が、茶碗蒸しを作っている間、吉羅は相変わらず仕事をしていた。 隙間時間を使って仕事をするのが、本当に上手だ。 ふたりで暮らすようになったら、吉羅が仕事をして、その間、香穂子が食事を作ることになるのだろうか。 それはそれで、また楽しい。 今日は、予行演習のようなものかもしれない。 それもまた楽しいと思った。 食事の支度が終わり、節分の夕食が始まる。 節分といえば、やはり恵方巻きを食べること。 恵方に向かって食べれば、願いが叶うという。 香穂子も吉羅も、恵方に向かって身体を向ける。 今年も願いを込める。 すっかり定番になってしまった。 それならば、ずっとふたりで、このような穏やかな時間を重ねていたいと、願う。 吉羅との時間は、香穂子にとっては、かけがえのない時間になっている。 静かな時間を重ねて、ずっとずっとふたりでいられたら良いのにと思う。 ヴァイオリンを頑張ることが出来るのも、吉羅との甘くて幸せな時間があるからだ。 だからこそ、この時間を大切にしたい。 それがゆきの切なる願いだ。 吉羅の願いが同じだったら良い。 いや、きっと同じに違いないと、香穂子は思う。 お互いの想いを重ねれば、必ず幸せになれるから。 香穂子は、様々な想いを抱きながら、恵方巻きを食べた。 吉羅おすすめの、恵方巻きは、魚介が新鮮でかなり美味しい。 だが、願うのに夢中になっているので、しっかりと味わう感覚はなかった。 恵方巻きを食べ終えると、吉羅とふたりで、思わず微笑んだ。 食べている間、話せないというのは、やはり辛い。 食事は、楽しく会話をしながらというのが、リラックス出来て良い。 ひとつのものをずっと食べるのも、きつい。 茶碗蒸しを食べるとほっとした。 他にテイクアウトをした寿司も摘まみながら、香穂子は穏やかな気持ちになった。 「暁彦さんは、何を願われたんですか?」 「こういうことは、秘密だと、相場は決まっているからね。そういう君はどうなのかな?」 「秘密です」 香穂子はわざと勿体ぶるように言った。 「私も同じだ。秘密だ」 吉羅は、わざと意地悪な笑みを浮かべながら呟いた。 「お互いの楽しみにしておこうか。それが叶ったら、報告をすれば良い」 「そうですね」 本当は、もう叶っている。 今、この状況が、香穂子にとっては、何よりも願っていることなのだ。 「私は叶っているのは、叶っているんですけれど……、その叶ったことへの継続……。なんですけれどね」 「それは私も同じだからね。叶っていることの継続を願ったからね」 ふたりはお互いに見つめあい、つい笑みになる。 これで理解することが出来る。 お互いに同じ願いを願ったのだ。 香穂子はそれが嬉しくて、つい笑顔になる。 同じ願いを願えるような、そんなふたりになりたい。 ふたりで過ごす時間を重ねるたびに、そう考えるようになった。 吉羅が、香穂子を甘く、艶やかな眼差しで見つめてくる。そこには温かさしかない。 香穂子が愛して止まない、世界で一番大好きな眼差しだ。 この眼差しに包まれているだけで、いつまでも見つめられているだけで、幸せな気持ちになる。 こんなに素敵な眼差しをいつまでも受けていたいだなんて、つい思ってしまうほとだ。 「私たちの願いは、叶ってしまったのかもしれないね」 吉羅の声と瞳が更に甘くなる。 「はい。私たちの願いは、現在進行形で、ずっと叶い続けているんですよ」 「そうだね。確かに君の言う通りだね……。私たちの願いは叶い続けているね……」 吉羅はフッと柔らかく微笑んだあと、香穂子を抱き寄せる。 「これからもずっと、一緒に、願いを叶え続けて行こうか」 「はい」 「私が鬼の役をしなければならなくなっても、願いは叶い続けていこう」 吉羅の言葉に、香穂子は嬉しくて目を見開く。 鬼の役をする。 それは、鬼に豆を投げる、小さな存在が、これからやってくるということだ。 吉羅の深意に気付き、香穂子は微笑むと、愛する人を抱き締める。 願いは叶い続けていることを確信しながら。 |