*SILVER WEEK*


 今年は奇蹟の連休ということで、長い長い休みがある。
 昔はこの休みが大嫌いだった。
 もっと働けたら良いのにと思わずにはいられなかった。
 ヘッジファンドの役員を専門で行なっていた頃は、海外のカレンダーに合わせて働いていた。
 バケーションの時期になれば、今度は日本のカレンダーに合わせて働く。
 吉羅はとにかく働いていたかった。
 理由は簡単だ。
 孤独であること、ひとを簡単には愛することが出来ないことを、思い知らされたくはなかったからだ。
 孤独であることは嫌いではなかったが、休みになるとそれが切なかった。
 だからひたすら働く。
 働くことや、パワーエリートでいることが、自分自身を支えるアイデンティティーになっていたからだ。
 …だが、それも昔の話だ。
 ひとを愛すること、愛されることがどのようなものなのかを、理解することを拒絶していた頃の話だ。
 今は違う。
 拒絶どころか、その素晴らしさを感じるのが喜びだ。
 実家の学校法人の理事長になり、マネーゲームからの一線からは少し退いた形になってからの話だ。
 かけがえのない愛する女性と出会うことが出来たのだから。
 今回の奇蹟のような大型連休は、吉羅にとっては最高に幸せな形になりつつある。
 こんなにも素晴らしいことが他にあるのだろうかと、つい思ってしまうほどだ。
 吉羅は、この連休は、愛して止まない恋人と過ごすことにした。

 迎えに行くと言ったのだが、自分で六本木に来ると恋人は言ってくれた。
 彼女が来るのは連休が始まる前日。
 恐らくは忙しい吉羅のために気遣ってくれたのだろう。
 それは本当に嬉しい。
 香穂子はいつも細かい部分の気が付く女性だからだ。
 家に戻れば、恋人がいるのはとても嬉しいことだ。
 香穂子は、笑顔で迎えてくれるだろうか。
 それが楽しみでしょうがなかった。
 休みの間に旅行でも行こうかと提案してみたが、香穂子は吉羅と一緒にいることに意味があるから、人込みに行くよりは、ふたりで静かにいたいと言ってくれた。
 結局は家と、のんびりするためにホテルで過ごすことになったのだ。
 吉羅の疲れも取ることを考えてくれているのだろう。
 そういったところも、まさに吉羅の理想だった。

 家に戻ると、香穂子が出迎えに来てくれた。
「おかえりなさい、暁彦さん」
 普段は呼ばない名前を呼ばれて、吉羅は笑顔になった。
「ただいま」
 引き寄せてキスをした後、吉羅は香穂子を見つめた。
「暁彦さん、これから素敵な連休が始まると思うと、楽しくてしょうがないんですよ」
「私も同感だよ…」
 吉羅はつい笑顔になりながら、香穂子を見た。
 香穂子を見ているだけで、本当に癒される。
 吉羅は、それだけでも癒しの効果は絶大だと思った。
「お嬢さんは連休中は何をしたいのかな?」
「のんびりしたいです。暁彦さんと一緒に散歩をしたり、後は…、暁彦さんと一緒に、スーパーに買い物も行きたいです。日常生活の延長のような生活を送ることが出来たら、本当に楽しいです」
「そうだね。だけど君は贅沢を言わないね」
 吉羅は香穂子のこういった素朴な部分も愛している。
「充分に贅沢ですよ! 暁彦さんとこうして過ごすのは!」
 そう思ってくれるのが嬉しかった。
「時間が最も贅沢なんですよ。時間があるだけで素晴らしいって私は思いますよ」
「…そうだね。それはそうだ」
 吉羅にとっては、香穂子と一緒にいる時間こそが、最も贅沢な時間のように思える。
 こうしてふたりでいるだけで、日だまりのような幸せを感じていた。
「暁彦さん、今日から当分ずっと一緒にいられると思うと、それだけで嬉しいです。暁彦さんと一緒にいるだけで、本当に嬉しいです。ダンスをしてしまいそうになりますよ」
 香穂子が軽くステップを踏むのが、本当に可愛いと思う。
 この時間がかけがえのない時間だと思いながら、吉羅は香穂子をそっと抱き寄せた。

 翌日、ふたりは贅沢をしようと昼過ぎまで眠っていた。
 昨日は、ふたりでずっと話していたり、愛し合っていたりしたので、眠るのが遅くなってしまったというのが、本当のところなのだが。
 ふたりでミッドタウンのレストランでブランチを食べた後、夕食の食材を買いたいという香穂子のために、ふたりで麻布十番あたりをゆっくりと歩くことにした。
 普段は余り出来ないからと、しっかりと手を繋いだ。
「暁彦さん、やっぱりこうして手を繋ぐのは良いですね。ドライブデートも良いですが、こうしてふたりで手を繋ぐことが出来るのも嬉しいです。だって手を繋ぐことで、本当に嬉しくて楽しいですから。車だったら手は繋げないですから」
「…確かにそうかもしれないね。たまにはこういうのも良いのかもしれないね…」
「そうですね」
 香穂子はにっこりと笑みを浮かべると、吉羅の手を握り締めた。
 ずっと離して欲しくなかったから。
 吉羅とふたりで、様々な店を覗く。
 色々な食材を買い込みたいところではあるが、明日からは二泊三日でホテルに泊まるため、余り買うことは出来なかった。
 こうしてぶらぶらと吉羅と手を繋いで歩くだけで、まるで新婚さんにでもなった気分になり、嬉しくてしょうがない。
 いつか吉羅とこうしていられたら良いのにと、思わずにはいられなかった。
「休みごとに暁彦さんとこうしていられたらと思います。これこそが贅沢ですよね」
「…君が望むなら、何時だってこうして良いと私は思っているのだがね…。君はいかがかな?」
「良いんですか?」
「ああ。一緒にいよう」
「はい。嬉しいです」
 香穂子が素直に笑顔で頷くと、吉羅もまた笑顔でいてくれる。
「大好きです…」
 思わず恋心の籠った言葉を呟くと、吉羅は香穂子に頷いてくれた。

 ふたりで食事を作って食べる。
 香穂子にとっては何よりもの幸せな瞬間だ。
 吉羅を見ると、フッと微笑んでくれた。
「香穂子、これから毎週末はずっとうちで暮らすというのはどうかな? …いや、それだけでは足りないかもしれないけれどね…」
 吉羅は熱を帯びたまなざしを香穂子に向けると、真剣な表情になる。
「香穂子、ずっとうちで暮らすというのはいかがだろうか? 私は毎日、君に出迎えて貰うのが、どうも癖になってしまいそうだからね」
「暁彦さん…」
 本当にそれが実現出来れば、これほどまでに嬉しいことはない。
「私はそう出来たら嬉しいです。ずっとずっと、暁彦さんのそばにいたいと思っていましたから…。出来たら…、あなたのそばにずっといたいです…」
「有り難う」
 吉羅は香穂子の手をしっかりと握り締めた後、そこにキスをする。
 香穂子は幸せな気分に浸りながら泣きそうになった。
 連休だけのスペシャルなことだと思っていたのに、こうしてずっとふたりでいられるなんて、幸せ以外の文字は 見つからない。
「有り難うございます。これからもずっと一緒にいられて嬉しいです…」
「ああ。私も嬉しいよ」
 吉羅は静かに、そして噛み締めるように言うと、香穂子を抱き寄せてくれる。
 これからはずっと、こうして抱き締めてくれるのだ。
 毎日、毎日、抱き締められるのが、何よりの宝物になるに違いない。
 吉羅は香穂子を抱き上げると、寝室へと連れて行ってくれる。
「これからずっと君を愛することが出来るのが嬉しいよ」
 香穂子は頷きながら、甘い甘い生活の始まりをくれた連休に感謝していた。



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