連日、こんなにも熱い日々が続くと、本当に躰を溶けてしまうのではないかと思う。 特に吉羅の夏休みがここまで暑いと、何処かに出かけたいという気は起こらなくなる。 香穂子は、ミッドタウンの吉羅の家で、のんびりとすることを選択した。 人込みと暑さを避けたかったのが、やはり大きい。 空調がかなり効いた部屋で、ふたりでだらけていたい。 いつもならば有り得ない堕落した生活だ。 香穂子はそれでも良いと思った。 だからこそ休みがあるのだから。 香穂子は、吉羅とふたりでただ抱き合って眠る。 たまに起き上がって窓の外を眺める。 夜になれば、外に食事に行く。 暑過ぎるから、ちょうど良いのではないかと、香穂子は思った。 夕方の幾分か涼しい空気を纏って吉羅と食事をするのは、とてもロマンティックだ。 こうして堕落した生活をするというのも、ある意味、とてもロマンティックではあるが。 ふたりでいる空間は、リアルであって、リアルでないのだ。 ここはいつもよりも少し長い夏空間にだけ許される、ロマンティックなのだ。 だからこそ、誰にも邪魔はさせないし、されないつもりだ。 香穂子は、のんびりとしながら、気怠いロマンスに浸っていた。 窓の外を見ると、楽しさを求めて、多くの人々がミッドタウンを訪れている。 まるで別世界のように、香穂子には思えた。 誰もが楽しそうにミッドタウンを謳歌しているように思える。 人込みを楽しんでいるひとたちと、香穂子のように別世界に逃避をしている者とがいて、とても面白かった。 香穂子がぼんやりと外を見ていると、不意に背後から抱きすくめられる。 「香穂子…どうしたのかね?」 吉羅は甘さと渋さが滲んだ声で囁くと、香穂子の首筋に唇を押し当ててきた。 甘くて激しい刺激に、香穂子は鼓動を加速させて、息を乱す。 「…暁彦さん…。暑い中、外にいる方々は楽しそうだなあって、思っていたんですよ」 吉羅は視線をふと下に向ける。 暑さの中、誰もが汗を拭いながらも笑顔で歩いている。 香穂子はその様子を見ながら、ついくすりと笑ってしまう。 「…皆さん、楽しそうです」 「私たちも楽しいのではないかね?」 吉羅は幸せそうに呟くと、香穂子の躰をまさぐる。 ふたりとも官能的な気怠い生活をしているせいか、直ぐに躰が反応する。 あからさまに躰に触れられて、香穂子はつい甘い吐息を零してしまう。 「…暁彦さんっ、こんな窓際で誰かに見られたら…っ」 「見られやしないよ…。マジックウィンドウだからね…」 吉羅は艶のある声で、平然と言い放つ。 「…マジックウィンドウ…っ」 この高さがあるし、外から中が見えないように配慮がされているのも解っている。 だが、外の視線が気になってしょうがない。 香穂子は息を乱しながら、吉羅の媚薬のような愛撫に溺れていった。 「…見られているという意識があるのならば…、君は大したものだね…」 吉羅は意地悪くくすりと笑うと、耳たぶを甘咬みしながら、香穂子を快楽という名の、激しい情熱の世界へと連れさってゆく。 外では誰もが休日を謳歌するように笑っている。 そしてここには墜落するような恋情を楽しむ男女がいる。 香穂子は、夏の気怠い陽射しを浴びながら、吉羅の愛撫をいつもよりも敏感に感じながら、外の喧騒なんて、どうでも良くなっていった。 愛し合った後、気怠く汗ばんだ躰をしっかりと絡み付けあって、ふたりはゆっくりと呼吸をする。 時間はもう午後三時。 だけど焦る感覚がないのは、まだこの素晴らしき休日が続くからだろう。 「…夕方からは外に出るよ。良いライブハウスがあるからね。ジャズを聴きながら、食事というのはいかがかね?」 「嬉しいです」 「ああ。だったら、シャワーを浴びて、のんびりと支度を始めようか」 「はい」 吉羅はゆっくりと起き上がると、シャワーを浴びにゆく。 香穂子も起き上がると、吉羅がシャワーを浴びている間に、シーツやカバー類を交換して、ベッドメイキングをする。 直ぐに愛し合った形跡などはなくなり、また今夜、ふたりをパラダイスのような時間に導いてくれる。 吉羅がシャワーから出て来ると、香穂子も素早くバスルームに入る。 吉羅の自宅には、ミストサウナもあるから、それをたっぷりと浴びてから、シャワーを浴びる。 それだけでかなりリフレッシュ出来るのだ。 香穂子は全身を綺麗に整えてから、ようやくお出かけの支度をする。 やはり、愛するひとと並んで出掛ける時には、手を抜きたくはないのだ。 マキシ丈のスリップワンピースを着て、髪はアップにする。 夏らしいブルーのスワロフスキーピアスを着けたら完成だ。 後は、メイクをするだけだ。 香穂子が支度をする隙間時間に、吉羅は仕事をしている。 少しでも仕事を片付けておけば、休み明けには余裕でいられるからだ。 そのあたりの仕事ぶりは、感動に値した。 支度が終わると、香穂子は吉羅に声を掛けた。 「暁彦さん、終わりましたよ」 「ああ」 吉羅は返事をしたが、仕事をまだ行なっている。 恐らくはキリが良いところまでやってしまうのだろう。 香穂子は、吉羅が仕事をする姿を見るのが大好きなので、たのしみながら待つことが出来た。 吉羅には、仕事に集中して貰おうと、特性のアイスティーも淹れる。 こうして仕事のサポートが少しでも出来るのが、香穂子には嬉しいことだった。 吉羅は時折アイスティーを飲みながら、フッと甘い微笑みをくれる。 香穂子だけが味わえる極上の微笑みだ。 これだけは、誰にも渡したくはないと思った。 香穂子は、こうしていつでも吉羅のサポートが出来たら良いのにと、思わずにはいられない。 吉羅をサポートする喜びを、香穂子はじんわりと味わうのが好きだった。 吉羅がノートパソコンを閉じて、フッと微笑む。 「有り難う、香穂子」 吉羅は微笑むと、香穂子の作ったアイスティーを飲み干した。 「君がいつも文句を言わずに、私のサポートをしてくれるから、とても助かっているよ。有り難う」 真直ぐ見つめられながら言われると、香穂子は照れ臭くてしょうがなくなる。 「私、暁彦さんがお仕事をしているのを見るのが、好きなんです」 香穂子がはにかみながら言うと、吉羅は困ったような優しい瞳になる。 「全く、君は…。このまま押し倒したくなるだろう…」 吉羅は熱っぽくて掠れた声で囁くと、香穂子の華奢な躰を抱き締めてきた。 「…このまま抱きたいのは山々だが…、ライブハウスに行こうか…」 「…はい…」 吉羅は苦笑いを浮かべながら、香穂子の手をしっかりと握り締める。 香穂子は笑顔になると、吉羅にそっと寄り添った。 ライブハウスまでの道程を、ふたりは散歩がてらのんびりと歩く。 幾分か湿気が感じられたが、それでも夏の夜はロマンティックな散歩を楽しむことが出来るのだ。 今度は人々を鳥瞰するのではなくて、喧騒に紛れ込む。 これもまた楽しい。 「…こうして余り時間を気にせずにこの街にいられるのは、とても嬉しくて楽しいですよ」 「私もだよ。君といるだけで楽しいからね…」 「はい…」 ふたりでこうしてロマンティックな黄昏時を過ごす。 ふたりの真ん中に小さい子どもがいたら、もうこんな風には楽しめないだろうから。 今のうちに。 香穂子はそう思いながら、吉羅に寄り添った。 ロマンティックな夏の夜は、まだ始まったばかり。 |