台風が二つも来ている。 そのせいか、せっかくの休日なのに、出掛けることが出来ない。 とはいえ、吉羅のそばにいられたら、それだけで良いから、出掛けられなくても構わないのではあるが。 吉羅の家は台風対策をするようなものがないから、何もすることはない。 香穂子は手持ちぶたさで、つい部屋をうろうろと、落ち着かない熊のようにうろうろと歩いてしまう。 吉羅はといえば、在宅でも出来る仕事をしていた。 今回もかなり無理をして、時間を捻出してくれた。 だからこうして、台風で出掛けることが出来なくなったから、仕事をしている。 少しでも進めなければならないからだろう。 吉羅の仕事は、ノマドであるから、何処でも隙間時間に仕事をすることが出来るのだが。 香穂子も楽譜を見ながら、自分のやるべきことをやっていたのだが、それが一区切りついてしまうと、何だか落ち着かなくなってしまった。 台風の動きが気になりすきでいるのだろう。 香穂子は、薄日がさしているのにどんよりとグレーをたたえた空を、ブラインドの隙間から見た。 奇妙で不気味な空だ。 だから、嵐の前の空は嫌いなのだ。 美しいと思う。 自然が織り成す神秘性も認める。 だが、それ以上に不気味な存在感を感じる。 神経をズタズタにされてしまうような。 それゆえに、香穂子は嵐の空は好きではない。 どちらかと言えば、全く好ましくない。 台風が来ると、本当に不安になった。 香穂子は、熊のように歩くことをやめられなくて、ついつい歩いてしまう。 「……どうした?」 流石に目についたのだろう。吉羅が見かねて声をかけてきた。 「ごめんなさい、お仕事の邪魔をしてしまいましたね」 香穂子はつい苦笑いを浮かべると、ちょこんとソファに腰を掛けて、神妙にした。 「台風が怖いのかね?」 吉羅はクールに訊いてきた。 「ニガテで……」 「そうなのか」 吉羅はフッと微笑んだ。 いつもは、信念を通すためにはかなり強気にも出る香穂子の弱点を、微笑ましいとばかりに笑う。 「……子供っぽいと仰るんでしょう?」 「いいや」 吉羅は柔らかく呟くと、香穂子を真っ直ぐ見つめた。 「台風が来ても、上陸をしても大丈夫だよ。この家は丈夫だからね。台風程度だとびくともしないよ。だから、安心しなさい。ここにいる限りは安心だよ」 吉羅はいつものように、何でもないことのように淡々と呟いた。 次の瞬間、香穂子の隣に腰を掛けたかと思うと、ふわりと心ごと包み込むように抱き締めてくれた。 その腕がとても温かくて、香穂子はホッとする。 嵐だろうが竜巻だろうが台風だろうが、何だろうが、不安にはならないほどに、満たされた約束された安全がそこにはある。 香穂子は、吉羅に思いきり抱きついた。 それに応えるように、吉羅が更に抱き締めてくれる。 この感触が香穂子には、とても嬉しかった。 ホッと温かくて嬉しいのに、ドキドキとする甘いときめきを感じずにはいられない。 安堵とときめき。 それが、極上の恋愛の中では両立が出来るのだということを、香穂子は吉羅に教えて貰った。 こうして抱き締められるだけで、世界で一番安全なシェルターにいると感じさせてくれた。 本当に幸せな時間だ。 これ以上にない。 吉羅に甘えるために、香穂子はその逞しい胸に顔を埋めた。 こうしていると、本当に幸せだ。 吉羅は背中を何度かポンポンと叩いてくれた。 まるで幼い子供をあやすようなリズムは、香穂子に安全を約束してくれる。 暫くこうしていると、総てのことから護られているのだということを、香穂子は実感せずにはいられなかった。 抱き合ったままで、じっとしているだけで、本当に幸せだ。 しばらくは、同じ体勢でいる。 お互いにエネルギー源を補給するように、ただただじっとしていた。 こうしていると、香穂子は本当の意味で安心することが出来た。 吉羅が、香穂子を心から慈しんでいるとばかりに、フェイスラインを柔らかく撫でてくる。 とても気持ちが良い。 顔を上向きにさせられると、そのまま吉羅は唇を重ねてきた。 しっとりと柔らかなキスに、香穂子はうっとりとそれを受け入れる。 こうして受け入れると、お互いの幸せな温かい気持ちを交換することが出来て、香穂子は嬉しかった。 情熱的にキスが深みを帯びてくると、ふんわりまろやかな優しさから、熱くてお互いを燃やし尽くしても決して燃え尽きることのない感情が、たっぷりとやってくる。 それを確かめれるのも、香穂子は嬉しかった。 激しいキスに、香穂子は幸せで満たされると同時に、女性として愛されていることを実感した。 お互いに先程よりも強く抱き合って、息が出来ないぐらいに激しく抱き合う。 このまま燃え盛る熱に、溶けてしまいたくなった。 何度も何度もキスをして、ふたりはお互いに情熱を交換しあった。 それは台風よりも激しいと感じる。 これほどまでに激しい感情は他にはないだろう。 吉羅はようやく唇を離す。 唇を離すときに、唾液が然り気無く糸を引いていた。 それがとても官能的だ。 吉羅が艶やかな眼差しで、香穂子を真っ直ぐ見つめる。 本当に美しい吉羅の眼差しに、香穂子はついじっと見つめてしまう。 このような眼差しに見つめられたら、世界で一番幸せな女性になれたような、そんな気持ちになれる。 香穂子は激しくて苦しいのに何処か幸せな鼓動に、蕩けてしまいそうになった。 もう台風が接近しているだとか、そんなことはどうでも良いことのように思えてきた。 本当に心からそう思えるのが不思議だ。 吉羅さえいれば、何も怖いことはない。 こんなに満たされた感情は他にはなかった。 「……怖い?」 「いいえ、全く」 「そう……。なら良かった」 吉羅は眩しそうに呟くと、香穂子の額に触れるだけの優しいキスをしてくれた。 「暁彦さんのお陰です」 香穂子が微笑みながら言うと、吉羅も嬉しそうに笑ってくれる。 「……だったら台風よりも激しい嵐に一緒に飛び込もうか?」 甘くて艶やかなテノールに、香穂子は酔っ払ってしまった。 香穂子は同意を伝えるために、吉羅に抱きつく。 吉羅は香穂子を抱き上げると、そのままベッドルームへと運んでくれる。 台風よりも激しい情熱の嵐に、ふたりは一緒に巻き込まれていった。 |