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クリスマス前になると、イルミネーションが楽しみになる。 イルミネーションの主役は、やはり点灯したツリーだと、香穂子は想う。 感謝祭近くになると、巷ではありとあらゆるクリスマスツリーの点灯式が行われる。 日本では感謝祭なんて余り馴染みのあるものではないから、ついつい点灯式がクローズアップされがちではあるのだが。 点灯式は、ロマンティックなホリデーシーズンの入り口であるから、香穂子にとっては、大好きなひとと過ごす温かなシーズンが始まる、わくわくした季節になる。 だが、この季節は、同時に、吉羅が多忙を極めるシーズンの幕開けにもなる。 デートが余り出来なくなる季節でもある。 それ故に、香穂子にとっては切ない季節になるのだ。 余り会えないがゆえに、ビッグイベントに、ロマンティックさを凝縮させようとも思う。 会えないからこそ、貴重な時間に想いを表したかった。 星奏学院は、毎年、クリスマス前になると、素朴だが美しいクリスマスツリーの点灯式が行われる。 派手さやきらびやかさは、ご近所にあるショッピングモールに圧倒的に軍配が上がるが、香穂子にとっては世界で一番素敵なクリスマスツリーだ。 どのようなクリスマスツリーにも負けないと、香穂子は思う。 点灯式には、ファータも楽しそうに、くるくるとダンスをする。 それもまた、ロマンティックなのだ。 これが見えるのは、香穂子と大好きなひとだけというのが、なんとも残念なことなのだが。 点灯式を祝うアンサンブルメンバーは学院の生徒があたる。 香穂子も以前は務めていたが、今年は後輩たちにお任せをする。 久々に純粋に点灯式を楽しめるのだ。 これは香穂子には嬉しいことだった。 点灯式はロマンティックな行事だがら、大好きなひとと一緒に過ごしたい。 だが、香穂子の大好きなひとは、学院の理事長なのだ。 当然、ふたり揃って点灯式に参加することは出来ない。 吉羅は、学院の関係者として、参加するのだから。 点灯式に気難しい顔をしているのは、リリたちが大騒ぎしているからに他ならないことは、香穂子も知っている。 それゆえに香穂子はいつもクスクスと笑っているのだ。 吉羅と香穂子だけのとっておきの秘密だ。 点灯式は大学の学生として参加するしか出来ない。 友人たちは恋人とはしゃいで参加をするのだと言っていたが、香穂子にはそれが出来ないのが少しだけ切なかった。 点灯式は恋人たちのイベントであるが、今日は生徒として見守るののを楽しむことにする。 だが点灯式なので、クリスマスに相応しいワンピースを選んだ。 ただ、クリスマス本番のように華美にはならないように心がける。 それは、とっておきはやはりクリスマス本番に取っておきたいという、乙女心からだ。 香穂子は、気品を意識して化粧をしたあと、点灯式に出かける。 吉羅とデートの約束をしているわけではないが、大切な学院での点灯式だから、香穂子はなるべくおしゃれをしたかった。 吉羅が香穂子だけを見つめることが出来ないことぐらいは分かっているが、それでもきれいにしたかった。 間接的とは言え、大好きなひとと会うのだから、当然だと思った。 去年までは点灯式のアンサンブルを行った。 アンサンブルのメンバーは、一回生と二回生と決まっているので、三回生の香穂子は演奏出来ないのだ。 だから今日は大学の学生として参加する。 大学の大チャペルに入り、香穂子は真ん中よりも後ろの席に着く。 ここがちょうど良い。 目立つこともなければ、地味なわけでもない席。何よりも音響が素晴らしいのが良い。 香穂子は静かに腰をかけて、素晴らしくロマンティックなアンサンブルの調べに集中する。 本当にこちらがうっとりとするようなロマンスが似合うシチュエーションだ。 香穂子が席に着くと程なくしてカップルが多くやってくる。 どのカップルもヴァイオリンロマンスに相応しい。 香穂子はうっとりとそう思いながら、じっくりと見つめる。 こうしていると、隣に大好きな吉羅がいないことが寂しくてしょうがなくなった。 学院関係者もちらほらと姿を見せてくる。 勿論、吉羅もいる。 香穂子は吉羅を見つめながら、相変わらずの隙のなさだと思う。 同じ空間にいるのに、今はとても遠く感じられる。 香穂子は、吉羅が関係者席にいるのではなく、自分のそばにいてくれたら良いのにと、感じずにはいられなかった。 一瞬、吉羅が振り返り、香穂子を見る。 ほんの一瞬、見つめられるだけだというのに、なんてロマンスに溢れているのだろうかと、香穂子は思った。 ドキドキして堪らなくて、香穂子は思わず目を伏せた。 いよいよアンサンブル演奏が始まる。 香穂子は、点灯式に相応しい、荘厳さと華やかさが滲んだ演奏が繰り広げられる。 後輩たちの演奏ではあるが、様々な面で勉強にもなる。 香穂子は集中して聴いていた。 様々な学部の生徒は勿論のこと、高等部の生徒も科の垣根を越えて、アンサンブルにうっとりする。 点灯式のこれが醍醐味なのだ。 いよいよ、クリスマスツリーのイルミネーションの点灯が行われる。 カウントダウンをしながら、誰もがツリーに注目をする。 スイッチを押すのは、勿論、吉羅だ。 吉羅がスイッチを押すと、ツリーのイルミネーションが輝き始める。 クリスマスらしい、ブルーとホワイトのイルミネーションは、ロマンティック以外に何もない。 本当にうっとりとしてしまいそうだ。 イルミネーションが輝くのと同時に、アンサンブル演奏が盛り上がり、出席者たちのロマンスが盛り上がる。 ついうっとりとしてしまうロマンスに、香穂子は、吉羅がそばにいれば良いのにと、逆に思わずにはいられなかった。 点灯式が終わっても、香穂子はなかなか教会から出られなかった。 つい、ぼんやりとしてしまう。 「こんなところにいたのかね、君は」 よく通る艶やかな声に振り返ると、吉羅がいた。 吉羅はゆっくりと香穂子に近づき、その隣に腰かける。 途端に、抱き締めて口付けてきた。 点灯式に相応しいロマンス溢れたキスだ。 唇が離れたあと、吉羅はじっと香穂子の瞳を見つめた。 「香穂子、私の家で、ふたりきりの点灯式をしようか」 「はい」 香穂子が笑顔で頷くと、吉羅も頷きキスをくれる。 これからが香穂子にとっては、本物の点灯式。 |