*かぼちゃ大王*


 ハロウィンは子どもにとっては特別なお祭。
 オバケの格好をしたり、魔女の格好をしたりして、とっておきのいたずらと引き換えに、とっておきの甘いご馳走が手に入る。
 暁慈も街に広がるハロウィンのディスプレイに惹かれて、香穂子を甘えるように見上げた。
「ママ、僕もハロウィンしゅるっ!」
「そうか。もうすぐハロウィンだものね。暁ちゃんはどんな格好をしたいの?」
「カッコいいのがいい!」
 暁慈は早口で言うと、ハロウィンディスプレイを熱心に見つめている。
 夢中になっている暁慈の姿を見ると、香穂子はほっこりと温かな気分になった。
「ハロウィンだったら、カボチャの大王だとか、オバケの扮装だよ?」
「だったら大王になるっ! オバケよりも格好良いもんっ!」
「そうかー」
 香穂子はにっこりと笑いながら、得意げにしている息子を見つめる。
 今年のハロウィンは素敵なものになりそうだ。
「あさひは何かしゅるの?」
「あさひは生まれたばかりの赤ちゃんだから出来ないよ。だけどハロウィンっぽい服なら着られるかな?」
「だったらそうして!」
「ハロウィンの格好をしてパパを驚かせたいね。あ、パパのお仕事の都合を訊いてみるね」
 吉羅はかなり忙しい。しかもハロウィンの日は月末の上に、週末ときているから、ハロウィンパーティをしても、一緒にはいてあげられないかもしれない。
「パパのお仕事は忙しいからね。ちゃんと訊いてからにしましょうね」
「あい」
 香穂子は息子の素直さに笑顔になりながら、そっと抱き寄せた。

 今夜も吉羅は日付が変わるギリギリの時間に帰宅した。
「おかえりなさい、暁彦さん」
「ただいま」
 しっかりと抱き合って軽くキスをした後で、ふたりで息子の部屋に向かう。
「暁慈と最近きちんとおやすみが出来ないのが心苦しいね」
「電話ではちゃんとおやすみを言っているから大丈夫ですよ」
 香穂子が柔らかな調子づ言うと、吉羅は幾分ホッとしたように頷いた。
 吉羅は暁慈の部屋に入ると、息子の寝顔を見つめる。
 恐らくは、一番安らぐ瞬間なのだろう。
 いつも子どものあさひよりも、暁慈を一番に考えているようだ。寝顔を見るのも暁慈が一番。それは離れて いた期間が長かったからだろう。吉羅は暁慈との空白の時間を埋めるように、誰よりも大切にしている。香穂子にはそれが何よりも嬉しいことだった。
「本当に子どもの寝顔というのは癒されるものだね」
「はい。暁ちゃんもあさひもいつも私を癒してくれています。だけど、一番癒してくれるのは、だんな様ですけれどね」
 香穂子がはにかみながら言うと、吉羅はフッと甘い笑みを浮かべる。
「私もお前と過ごす時間が何よりも大切だよ」
 吉羅は香穂子の華奢になった腰をそっと抱く。
「暁ちゃんが暁彦さんにお話したいことがあるそうなので、訊いてあげて下さいね」
「ああ」
 吉羅は、本当に幸せそうに目を細める。そっと暁慈の髪を撫で付けた。
「あさひの授乳の時間ですから戻りますね」
「三時間おきの授乳は大変だね。ゆっくりと眠る暇などないんじゃないかね?」
「大変だとは思わないですよ。だって大切な大切な私の子どもですから」
 香穂子は幸せがこころに滲むのを感じながら微笑む。
「だんな様がそばにいて支えてくれるので頑張れるんですよ」
「有り難う」
 吉羅は香穂子の頬に唇を寄せた後、もう一度息子の寝顔を堪能するように眺めていた。
 香穂子はそれを微笑ましく思いながら、娘が待つ寝室へと向かう。
 幸せな気分だった。

 朝は必ず家族そろって食事をする。
「あのね、とうしゃん、もうしゅぐ、はろういんでしょ? カボチャまおうの格好して、お祝いしたいっ!」
 息子が一生懸命言ってくれるのを、吉羅はしっかりと聞いてくれている。
 この姿勢が香穂子には嬉しくて仕方がない。
「はろういんいっちょに」
 息子の言葉に、吉羅はほんの少しだけ困ったような顔をした。
 ハロウィンの日は吉羅にとってはかなり忙しい日だからだ。
「パーティをしようか。ただ、お父さんは少しばかり遅くなってしまうが、それでも構わないかな?」
 吉羅は息子に目線をしっかりと合わせながら、柔らかい口調で話して聴かせる。
「ママから聞いた。それでも良いよ」
「有り難う。お父さんもなるべく早く帰れるように努力をするからね」
「あいっ!」
 ふたりは男の約束とばかりに、固く手を握っている。
 香穂子は、どうか暁慈の願いが叶うようにと思わずにはいられなかった。

 ハロウィンの当日、ささやかなパーティの準備に香穂子は大忙しいだった。
 パンプキンシチュー、パンプキンプリン、パンプキンパイの定番料理を作り、簡単なローストビーフも作る。
 まだまだあさひの授乳や世話にはかなり手がかかるが、パーティの準備は気分転換になって、かなり楽しかった。
「ママ、カボチャまおうの格好!」
「はい」
 夕方になり、香穂子は暁慈にカボチャの大王の格好をさせてやる。
「暁ちゃん、パパが帰ってきたら、その格好で抱き付いて“トリック・オア・トリート”って言うんだよ」
「ちょりっ・おあ・とりー!」
 暁慈は早速、得意そうに香穂子の口真似をする。
 それが可愛い。
「ちょりっ・おあ・とりー!」
 何度も何度も舌足らずに唱える暁慈が可愛くてしょうがなかった。

 大騒ぎをしながら、暁慈はテーブルに着く。
「とうしゃんはいつ帰ってきましゅかっ!?」
「パパは大事なお仕事をしているのよ。暁ちゃん、先にご飯を食べて待っていようね…」
「…あい」
 しょんぼりとした暁慈を申し訳ないと思いながら、香穂子は食事の準備をする。
 あさひを授乳しながら食事をし、その上暁慈の面倒を見るわそれもまた楽しくはあった。
 こうして子どもの面倒を見るのは、悪くない。
「ママ、カボチャ美味しいね」
「そうだね」
「あさひは食べないの?」
「ママが食べたカボチャがあさひのおっぱいになるから大丈夫だよ」
「しょうかっ!」
 暁慈は嬉しそうに言うと、一生懸命、食事をしてくれる。
「暁ちゃん、いっぱい食べるのよ」
「あいっ!」
 元気よく言う暁慈が可愛くてしょうがなかった。
 パンプキンプリンを食べ終わっても父親が帰って来ないことに、暁慈はすっかり気落ちしてしまっていた。
「…とうしゃん…帰って来ないよ…」
「大丈夫だよ、帰ってくるから」
 香穂子が声を掛けたところで、玄関の鍵が開くのが解る。
「…ただいま」
 吉羅の声を聴いた瞬間、暁慈はかぼちゃ大王の仮面を被って走り出した。
「とうしゃん! おかえり! ちょりっ・おあ・とりー!」
 暁慈の元気良い叫び声に、吉羅は柔らかな笑顔で息子を抱き上げる。
「遅くなってすまない。暁慈、お父さんからの“トリート”だ」
 吉羅は息子を下ろすと、隠し持っていたプレゼントを渡す。
「うわあっ!」
 父親からのプレゼントがかなり嬉しくて、暁慈はそれを持って走っていく。
「ただいま」
「おかえりなさい。ご苦労様でした。随分急いだんじゃないですか?」
 香穂子が声を掛けると、吉羅はフッと微笑む。
「大丈夫だ。あんなに可愛いかぼちゃ大王が見られたんだからね」
「そうですね」
 香穂子も笑顔で頷くと、リビングに向かって歩き出す。
 最高のハロウィン。
 これほど楽しいハロウィンは他にはないと思いながら。



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