*チョコレートKISS*


 バレンタインデーは乙女にとっては、大切なイベント。

 たとえ恋人が出来たとしても。

 明日はとっておきのバレンタイン。

 香穂子はチョコレートの準備に、余念がない。

 チョコレートを手作りなんかにしたら、年上の大好きな男性は、怒るかもしれない。

 誰よりも指先に気を遣ってくれるから、目くじらを立てることだろう。

 それが容易に想像が出来て、香穂子はくすりと笑った。

 かと言って香穂子もそんなに凝ったものを作ることは出来ないから、シンプルにする。

 これを見たら、吉羅はどのような顔をするだろうか。

 想像するだけで、香穂子はくすりと笑った。

 

 明日のデートの準備もほぼ整い、香穂子は、肌の手入れに精を出していた。

 あの吉羅暁彦の恋人としては、やはりきちんとしなければならないと思う。

 準備をしていると、携帯が鳴り響く。

 ジュ・トゥ・ヴが着信音なのは吉羅だけだ。

「もしもし」

 香穂子が電話に出ると、大好きで堪らない艶のある声が、聞こえてきた。

「明日だが、君のところに迎えに行こうかと思ってね。明日は寒いからね、外で待たせるわけにはいかないからね」

「大丈夫ですよ。外というわけではないですから」

 香穂子は待ち合わせ場所がショッピングプラザの中だから、気にはしないと付け加えた。

「風邪を引かれては困るからね」

「大丈夫ですよっ! だって屋内ですし、私はなかなか風邪は引きませんから。暁彦さんのお陰で、ものすごく丈夫になっていますから」

 香穂子が元気いっぱいに呟くと、吉羅は困ったような溜め息を吐いた。

「あまり自分の健康を過信しないほうが良いかと思うがね」

 吉羅はピシャリと言いながらも、何処か柔らかな雰囲気を醸し出していた。

「明日は、待ち合わせがしたいです。何だか待ち合わせはロマンティックだから」

 迎えに来て貰うのも嬉しいが、やはり待ち合わせも格別なロマンティックさがある。

「君が言うならそうしよう。ただし、しっかりと防寒をしてくるように。解っているね」

「はい」

 吉羅がまるで保護者のように言うものだから、香穂子はおかしかった。

「では明日」

「はい、楽しみにしていますね」

 香穂子は電話を切ると、わくわくする余りにダンスをしたくなる。

 明日は丸一日デートを楽しむことが出来る。

 香穂子にはそれが掛け替えがないほどに嬉しかった。

 明日一日をたっぷりと楽しむために、吉羅は今日はまる一日仕事をして時間を作ってくれたのだ。

 明日が特別な日だから。

 だからこそ、明日は本当に素敵な日にしたいと、香穂子は思った。

 

 翌朝は、いつも以上に入念にお洒落をしてから出掛ける。

 吉羅に逢える。

 それだけでも嬉しくてしょうがないのに、今日は特別なデートの日なのだ。

 朝から興奮するなというのがおかしい。

 香穂子は、今日はとっておきのワンピースを着て、待ち合わせ場所に出掛けた。

 待ち合わせ場所に向かうところからドキドキしてしまう。

 いつもよりも早く出て、待ち合わせ近くの駅の中にある、メイクや髪乱れを直すことが出来るコーナーへと向かった。

 直前まで綺麗にしたい。

 それは恋する女心の現れだった。

 

 綺麗に整えてから、吉羅との待ち合わせ場所に向かう。

 少し早いが、遅刻だけはどうしてもしたくはなかった。

「…あ…」

 自分のほうが先に着いたと思っていたのに、既に吉羅が待っていてくれた。

「暁彦さん! 早かったんですね」

「君を待たせて風邪を引かれたら困るからね」

 吉羅はさらりと言うと、香穂子をじっと見つめた。

「では行こうかね」

「はい」

 以前は手を繋いでくれるイメージなんかではなかった。

 しかし、最近では、寒い日には手を繋いでくれるようになった。

 さり気なく、香穂子の手を繋いでくれる。

 だから最近は手袋はしないのだ。

「やっぱり冷たいね」

「こうして貰えるのを楽しみにしていますから」

 甘い笑みを湛えながら言うと、吉羅は困ったように笑う。

「確信犯かね? 君は全くしょうがないね」

「暁彦さんに指先を温めて貰えたら、それだけで指先が滑らかに動きますよ」

 香穂子の言葉に、吉羅は益々困ったような顔をした。

 本当にしょうがないと言いたいようだったが、優しく手を握り締めてくれた。

「ドライブをしたいと言っていたね?」

「はい。湾岸線をドライブしたいです」

 香穂子の言葉に、吉羅は頷いてくれた。

 堂々と手を繋いで、駐車場へと向かう。

 こうしているだけで、温かくて幸せな気分になってくる。

 車に乗り込むと温かかった。

 ここで手を繋ぐのも終わりなのが寂しい。

 だが、吉羅が運動する姿を見るのは大好きなので、それもまた嬉しかった。

「こうしてのんびりとドライブをするのは久し振りですね。それが嬉しいです」

「ああ」

 吉羅は静かにハンドルを取ると、湾岸線に入っていく。

 こうして一緒に車に乗っているだけで楽しい。

「爽快ですねー!」

「夜は夜景目当てに、もっとひとは多いだろうけれどね」

「夜も良いですが、昼間ま温かくて明るくて綺麗です。のんびりとドライブが出来そうで嬉しいですよ」

「夜はのんびりしよう。明日の朝まで、君を拘束する予定だからね」

 吉羅はさらりと何事もないように言うと、更にスピードを上げていく。

 吉羅と一緒にいられる。

 これだけで嬉しくてしょうがなかった。

 

 吉羅とドライブをして、穴場の海が見えるレストランで食事をする。

 バレンタインデーだからか、カップルがとても多かった。

 海を見ていると、春は確実に近いのだということが感じられる。

「春が近いですね。もう少し暖かくなったら、海岸でヴァイオリンを弾いてみたいです」

「その時はまた一緒に来よう」

「はい」

 ふたりでバレンタインランチを楽しみ、デザートはザッハトルテを食べる。

 甘い甘いバレンタインにはぴったりのデザート。

 甘いのにビターな、まるで吉羅との恋のようだ。

「とても綺麗な海岸ですね。冬の海岸の雰囲気も素敵です」

 デザートを食べながら、窓の外に広がる海岸を見つめる。

 冬は寂しいが、切ないほどに美しい。

「海岸に出てみるかね?」

「はい」

「では、少しだけ散歩をしよう」

 レストランを出た後、ふたりで海岸に向かう。

 寒いが、空が澄んでいて、海には僅かな春の色。

「寒いだろう?」

「大丈夫です」

 ほんの少しだけ寒かったが、我慢出来る程度だと思った。

「余り強がりを言うんじゃない。大丈夫じゃないだろう」

 吉羅は厳しい声で言うと、香穂子をふんわりと包み込んでくれる。

 吉羅のコートにすっぽりと覆われて、逞しい躰が密着して暖かい。

 ドキドキし過ぎて、熱くなっているというのが、正解かもしれない。

「温かいです…」

「だろう? 強がりは言わなくて良い。私の前だけはね…」

「暁彦さん…」

 どさくさに紛れて、今、チョコレートを渡せば良い。

 香穂子は、バッグの中に忍ばせておいたチョコレートを取り出して、吉羅のコートのポケットに入れる。

 小さいけれど精一杯の想いが籠ったチョコレートと、ネクタイピンを忍ばせる。

 ポケットに香穂子が手を入れると、吉羅も同じように手を入れてきた。

「寒いのかね?」

 香穂子の手を握り締めようとして、吉羅は箱の存在に気付く。

 香穂子はニコリと笑うと、そっと手をポケットから出した。

「バレンタインです」

「有り難う」

 吉羅は甘くて優しい表情になると、ポケットから小さな箱をふたつ取り出す。

「開けて構わないかね?」

「どうぞ」

 吉羅は手作りチョコレートの箱をそっと開ける。

 顔が笑っているチョコレートが出てきて、吉羅はフッと笑う。

「私はいつも笑顔が足りないというのかね?」

「私の前ではたっぷり笑顔ですよ」

「有り難う…」

 吉羅はチョコレートをひとつ口に入れて、甘い顔をしながらチョコレートを味わう。

 その表情を間近で見るだけで、香穂子はドキドキした。

「…甘くて美味しいね。有り難う…」

 吉羅が意外なくらいに甘味が好きだということを、きっと皆が知れば驚くだろう。

 そんなことを考えながら、香穂子は吉羅を見つめた。

「香穂子、甘いチョコレートを共有しないかね?」

「あ…」

 待っていたのは、チョコレートの味がする甘い甘いキス。

 バレンタインのキスは、ロマンティックで甘いプレゼント違いない。

 香穂子は幸せな甘いキスを味わいながら、バレンタインの幸せを感じていた。



 Top