*恋するヴァレンタイン*


 バレンタインデー。

 香穂子は吉羅とのとっておきの時間を過ごしたくて、デートをとても楽しみにしていた。

 だが、楽しみにしていたにも関わらず、吉羅からはショックな言葉が紡がれた。

2月の14日は用事があるからね」

「…え…?」

 ずっと楽しみにしていたバレンタインデーにデートが出来ないなんて、そんな酷いことはない。

 だが、多忙な理事長である吉羅だから、どのような予定が入ってもおかしくないのだ。

 しょんぼりとしてしまったが、吉羅の恋人としては、これぐらいのことは受け入れなければならない。

 香穂子はしょうがないのだからと、自分自身を言い聞かせる。

 バレンタインデーの代わりのデートをすれば良いのだから。

 香穂子は頷いた。

「暁彦さんに用事があるのであれば仕方がありません。ここは私もわがままは言いませんから」

「有り難う。もうひとつお願いがあるのだが、良いかな」

「はい…」

 更に切ないことなのだろうか。

 そう考えると、また、辛くなる。

「香穂子、バレンタインの日に仕事絡みのパーティがあるのだが、君を同伴したい。構わないかな?」

 一瞬、香穂子は驚いてしまったが、次の瞬間に、喜びが込み上げてくる。

 バレンタインデーに一緒にいられる。

 それだけで、香穂子は嬉しくなる。

「はい、もちろん行きます」

「有り難う、助かるよ」

 吉羅と少し風変わりではあるがバレンタインデーを楽しむことが出来る。

 香穂子はそれだけで充分に幸せだった。

「当日は申し訳ないがドレスコードがあってね、きらびやかでなくても構わないが、フォーマルなスタイルをお願いしたい。構わないかな?」

「はい」

 吉羅には何度かパーティに連れていって貰ったことがあるから、どのようなスタイルにすれば良いのかは解る。

 香穂子は、当日のファッションを想像しながら、ほんのりと華やいだ気分になった。

「助かるよ。君以外に頼める相手はいないからね」

 吉羅の言葉が何よりも嬉しかった。

 

 バレンタインデー当日、香穂子はかなり着飾って、吉羅との待ち合わせ場所に向かった。

 ヘアメイクは天羽に手伝って貰い、ワンピースは、吉羅にプレゼントして貰った、シンプルで上質なブラックドレスワンピースを着た。

 アクセサリーはシンプルなピアスだけだ。

 ウェストにベルトをしているので、シンプルなアクセサリーを着けたかった。

 後は、手作りをしたチョコレートを持っていくだけだ。

 今夜は正確に言えばデートではないから、チョコレートを渡すことは難しいかもしれない。

 だが、折角のバレンタインデーだから、せめてチョコレートだけは渡したくて、香穂子は一生懸命に作ったのだ。

 デートでなくても逢えるだけで嬉しい。

 チョコレートを渡すチャンスがあるのだから。

 香穂子は背筋を伸ばして、吉羅との待ち合わせ場所へと向かった。

 時間通りに吉羅がやってきて、香穂子を車にピックアップしてくれた。

 これはかなり助かった。

「香穂子、今夜は済まなかったね。折角のバレンタインデーなのに、申し訳なかったね」

「いいえ。暁彦さんに逢えるだけで、嬉しいですから」

「有り難う。君のような女性で、私はいつも助かっているよ」

 吉羅にほんのりと褒められる。

 香穂子はそれだけで嬉しかった。

「今夜はかなり遅くなるかもしれない。事前にホテルの予約を取っているから、今夜はそこに泊まろう。ご両親には帰らないことを伝えておいてくれたまえ」

「はい」

 吉羅と一緒に夜を過ごす。

 それは初めてではないが、毎度、ドキドキしてしまうのだ。

 香穂子は、母親に携帯電話で今夜は帰らないことを伝えると、母親は予想出来ていたようで、あっさりと受け入れてくれていた。

 やはり、バレンタインだからだろう。

 電話を切ると、花はときめく余りに、息苦しくなってしまった。

 車をホテルの駐車場に置くと、吉羅とふたりでパーティ会場へと向かう。

「香穂子、アクセサリーは着けて来たのかね?」

「はい、シンプルに」

「これを着けたまえ。母親のだが、シンプルでそれなりに品良く見えるからね。これをしっかりと身に纏って、更に綺麗になりなさい」

 吉羅はそう言うと、パールのチョーカーを取り出して、香穂子の首に素早く巻いてくれた。

 吉羅にアクセサリーを巻かれるなんて、官能的過ぎて思わず甘い吐息を零した。

 とても美しいパールを、香穂子は思わず見入ってしまう。

 気品が溢れるアクセサリーだ。

「有り難うございます。大切にお借りします」

「ああ」

 吉羅に借りたパールのチョーカーを香穂子は大切に撫でる。

 ひと時の宝物のように思えた。

「さあ、行こうか」

「はい」

 吉羅にエスコートをされるだけで、世界一の美女にでもなったような気分だった。

 

 パーティは財界のかなり大掛かりなもので、これでは吉羅も断われないだろうと、香穂子は思わずにはいられなかった。

 ずっと吉羅は香穂子をエスコートをしてくれ、とてもときめいた気持ちになった。

 ひと時も離れずにいてくれたのが、嬉しくてしょうがなかった。

 中にはクラシックに造詣が深い財界人もいて、香穂子のことを知ってきれているひともいた。

 様々なセレブリティな人々と逢って、話をするのは、香穂子にとっては貴重で素晴らしい経験となった。

 

 パーティが終わると随分遅くなり、ホテルの一室が用意されているのは有り難かった。

 吉羅とふたりで、ジュニアスィートに泊まる。

「短い時間ではあるが、少しはバレンタインデーの気分に浸ることが出来るからね」

「有り難う」

 ほんの少しだけでも、バレンタインデーの甘い時間を味合わせてくれる吉羅の気持ちが嬉しかった。

「暁彦さん、これ…」

 香穂子は、吉羅にバレンタインチョコレートを手渡す。

「手作りですから、余り美味しくはないかもしれませんが」

「そんなことはないよ。有り難う、早速、頂くよ」

 吉羅は徐にパッケージを綺麗に取ると、チョコレートを丸齧りした。

 手作りだからか、吉羅が食べるのを見ながら、香穂子はドキドキしてしまう。

「…悪くない…。なかなかだ…」

「有り難うございます」

 香穂子が礼を言うと、吉羅にいきなり抱き寄せられた。

「チョコレートの味見がしたいかね?」

「少しだけ…」

「解った」

 吉羅は静かに言うと、そのまま香穂子の唇を奪った。

 キスは甘い甘いチョコレートの味がして、香穂子は余りにもの甘さとときめきに、これ以上立ってはいられなかった。

 唇を離された後も、まだときめいたままで、鼓動が激しい余りに、香穂子は立ってはいられなかった。

 吉羅にそのまま抱き上げられて、ベッドへと向かう。

「チョコレート、美味しかったよ」

「暁彦さんへと好きが、たっぷりと詰まっていますから」

「そうだね」

「私は暁彦さんが大好きです。愛しています」

 バレンタインデーらしく、香穂子は蕩けるような声で呟いた。

「有り難う。今夜の君は最高に綺麗だ。君を愛しているよ。バレンタインデーの仕切り直しをしようか? 君も私も、最高の想い出になるように、素晴らしいバレンタインデーにしよう」

「…はい」

 吉羅は香穂子を抱き上げて、そのままベッドへと連れてゆく。

 最高にロマンティックに。

 最高に甘く。

 最高に素晴らしいバレンタインデー。

 一生忘れない。

 香穂子は激しく愛を抱き締めながら、吉羅と想いを交換しあう。

 忘れられないバレンタインデーになった。




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