今年は“逆チョコレート”が流行っていると聞く。 ではホワイトデーには“逆クッキー”があるのだろうかと、ぼんやりと考えてみる。 今年のバレンタインは土曜日で、まさに恋人たちのために用意された甘い週末だ。 香穂子にとってもそれな同じで、恋人と逢う土曜日は、いつも以上にロマンティックになる予感をしている。 ブランデーをたっぷりと使ったチョコレートケーキを焼いて、吉羅へのバレンタインプレゼントにする。 後はネクタイピンをそれに付けるつもりだ。 吉羅は職業柄スーツでいる事が多いから、プレゼントをしようと思い立ったのだ。 甘い甘いチョコレートケーキと、少しばかり硬質なネクタイピン。 香穂子はそれを用意をして、とっておきの週末を待った。 この週末はバレンタインデーだ。 香穂子と付き合うようになってからは、重要なイベントのひとつだ。 香穂子と付き合う前は、ただの煩わしいイベントに過ぎなかったが、初めて香穂子からチョコレートを貰った 時から、とっておきのイベントに変わってしまった。 週末にまる二日空けるために、吉羅はがむしゃらに働いた。 この日のために、年明けからかなり根を詰めて頑張ってきたのだ。 この週末はまる二日時間を空けることが出来た。 それが嬉しくてしょうがない。 香穂子と共に過ごす事が出来るなんて、これほど素敵な時間はないのだから。 木曜日の夜、吉羅は香穂子に電話を掛けた。 「香穂子、吉羅だ」 「暁彦さん!」 嬉しそうに弾む声が聞こえて来て、吉羅は嬉しくてしょうがない。 「香穂子、明日の夜からうちに来られないかね?」 「はい、大丈夫ですよ」 香穂子の明るい声に、吉羅はホッとする。 「明日は日付ギリギリでうちに帰ることになるから、先に寝ていてくれて構わないから」 「はい。だけど起きていますから大丈夫ですよ」 「…有り難う」 吉羅は香穂子に感謝をしながら呟くと、フッと甘い笑みを浮かべる。 香穂子と逢える。 それだけで満ち足りた気分になる。 吉羅は、この週末が、幸せで幸せでたまらない時間になることを予感していた。 吉羅からの電話が終わり、香穂子も笑顔になる。 久しぶりに吉羅とゆっくりすることが出来る。それが嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。 チョコレートケーキは焼上がったばかりだから、これで準備万端だ。 珍しいヴァイオリン形のマジパンを見つけたので、明日の夜仕上げにそれを乗せて、甘くない生クリームで飾れば良いだろう。 香穂子は吉羅にチョコレートケーキをプレゼントするところを想像するだけで、くすぐったい嬉しさを感じた。 ブランデーをたっぷりと使ったケーキだから、車を乗らない時に食べて欲しいと、吉羅には伝えておかなければならない。 香穂子はそれだけはしっかりと守るつもりだ。 吉羅の家で過ごす支度をした後、ベッドに入る。 明日は本当に幸せな一日だと感じながら、ベッドの中に入った。 翌日、香穂子は大学の講義を終えてから、真直ぐ吉羅の家へと向かった。 ミッドタウンで食材を買い、香穂子は吉羅の家で夕食を作る。 手を荒れさせないように吉羅が心配してくれ、余り料理を作ることはないが、香穂子としては疲れて帰ってくる吉羅のために、少しでも料理をしてあげたかった。 いつもして貰っているから、せめてものお礼だ。 香穂子は吉羅に夕食についてのメールをする。 暁彦さんへ。 夕食はいかがしますか? 軽いものならば食材を買っておきます。 香穂子(^O^)v 暫くして吉羅から返事がきた。 何か買って帰ろうと思っていた。 では君の厚意に甘えようかな。 お茶漬けをあっさり食べたい。 暁彦 吉羅からの返事を読みながら、香穂子はほっこりとした気分になる。 では軽くお茶漬けを作っておきますね。 香穂子(^O^)v 吉羅にメールをし終えて、香穂子は俄然やる気が出る。 消化が良くて美味しいお茶漬けを作ろうと思う。 しかも栄養がたっぷりであるようにする。 結局、美味しい白菜の糠漬け、白身魚を塩焼きにしてほぐしたもの、ささみを焼いてほぐして味噌とあえたもの、細く切った鰻を用意する。 もちろん野菜が足りないから、ひじきと野菜を煮たものも作った。 躰に良いものが出来たと、香穂子は満足していた。 香穂子はそれで夕飯を済ませて、先にお風呂に入っておいた。 風邪を引かないように細心の注意を払う。 後は吉羅を待つだけだ。 ヴァイオリンのレッスンに励んだり、やらなければならないレポートをしたりして時間を潰した。 家に香穂子が待っている。 それだけで仕事がこんなにも捗るのかと思う。 いつもよりもかなり早いスピードで仕事を終えた。 それでも九時半だ。 吉羅は直ぐに車に飛び乗り、愛する者が待つ場所へと帰る。 助手席には、昼間に出先で買った輸入チョコレートが置いてある。 所謂“逆チョコ”だ。 香穂子が大好きなチョコレートをプレゼントしたかった。 本当に理解してくれている理想の恋人。 仕事が忙しい吉羅のことをきちんと解っていて、いつも待っていてくれるのだ。 “私と仕事とどちらが大事!?”なんて、ナンセンスな言葉を言う女性ではない。 本当に吉羅のことをよく解ってくれている。 そのことにはこころから感謝をしていた。 十時半を少し回った頃、吉羅が家に帰ってきた。 「おかえりなさい」 香穂子が吉羅を出迎えると、抱き寄せられてキスを受けた。 「ただいま」 「お茶漬けを用意しています」 「じゃあシャワーを浴びて着替えたら、ダイニングに向かおう」 「はい」 吉羅を部屋に見送って、香穂子はお茶漬けの準備をする。 出し汁を温めて、土鍋で炊いたご飯をよそう。 香穂子は、吉羅が準備を終えるのを、楽しみで待っていた。 吉羅がバスルームから出て来て、香穂子は手早く準備をする。 「ご苦労様でした」 「有り難う」 吉羅はテーブルに着くと食事をする。 何も語らなくても、香穂子は吉羅がきちんとお茶漬けを食べてくれているのを見るのが嬉しかった。 「有り難う。きちんと用意をしてくれて」 「私も同じものを食べたかったので、ちょうど良かったんですよ」 香穂子はニコニコと笑いながら言う。 吉羅とこうして過ごせるだけで嬉しいから。 吉羅が食事を終えた後、簡単に後片付けをすると、もう十二時を回っていた。 「日付が変わってしまいましたね。バレンタインですね」 香穂子はにっこりと笑うと、ドキドキしながら吉羅に手作りのチョコレートケーキを差し出した。 「私からのバレンタインです」 「有り難う…。私からもあるんだよ」 吉羅は静かに言うと、有名な高級輸入チョコレートを渡してくれた。 「有り難うございます!」 「“逆チョコ”だよ。開けても構わないかね?」 「はい。手作りですからお口に合うかは解りませんが…」 香穂子がドキドキしながら様子を見ていると、吉羅は甘く微笑んでチョコレートケーキを開けた。 「有り難う…。このヴァイオリンの飾りも嬉しいよ。早速、頂いて良いかな?」 「はい!」 香穂子は嬉しくてたまらなくて満面の笑みになると、ケーキをカットした。 吉羅にケーキを差し出すと、それを静かに食べてくれる。 「美味しい…ですか?」 「ああ。ブランデーが効いていて美味しい。君も食べるかね?」 「はい…」 香穂子が返事をすると、吉羅はわざとチョコレートケーキを手で摘んで香穂子の口に持っていく。 なんて官能的なのだろうかと思わずにはいられない。 ブランデーの効いたケーキを食べ、香穂子は吉羅の指を舐める。 「…ケーキには媚薬が仕組まれているようだね? 媚薬の効果をベッドで堪能させて貰おうか…」 「…はい」 香穂子がはにかんで微笑むと、吉羅は抱き上げてベッドへと連れていってくれる。 これ以上に甘いバレンタインはないから。 |