*Whiteday*


 決戦のバレンタインディの後は、乙女にとってはドキドキのホワイトディがやってくる。

 大好きなひとがどのような愛を見せてくれるのかが、楽しみであり不安になる。

 

 ホワイトディは、今年度の決算時期にあたるから、吉羅はかなり忙しい。

 元より、ホワイトディなんてないものと思ったほうが良い状態なのだ。

 だから毎年、香穂子は期待なんてしてはいない。

 吉羅のことをきちんと解ってあげたいというのがあるから。

 一生懸命に学院や生徒の為に頑張ってくれているのを、充分過ぎるぐらいに解っているから、我が儘を言うよりも、感謝が大きかった。

 ホワイトディ以外のイベントや記念日は、きちんと祝ってくれるから、香穂子はそれだけでも充分なぐらいに満足をしていた。

 だからこそ、ホワイトディなんて無くても良いといった気分になれるのだが。

 ホワイトディの約束は、当然ながらない。

 これは毎年しょうがないことなのだから。

 香穂子は、ホワイトディに盛り上がっている友人たちを尻目に、淡々と過ごしていた。

 本当に、いつもの平日と同じだった。

 今日は大学の教授に頼まれたものを、高校の校長に渡しにいく。

 メッセンジャー扱いをされてはいるが、香穂子としては大好きなひとが働いている場所にいけるから、それはそれで嬉しかった。

 学院の門を潜ると、つい頬が緩む。

 大好きなひとが、正に学院の為に頑張ってくれているのだから。

 香穂子は直接校長室へと向かう。

 吉羅のいる理事長室に立ち寄ろうとも思ったが、仕事の邪魔はしたくはなくて、直接、校長室へと向かったのだ。

 校長室のドアをノックをする。

「校長先生、大学から参りました日野です」

「日野さん、お入りなさい」

「失礼します」

 香穂子が校長室に入ると、校長は懐かしい笑顔で出迎えてくれた。

「すまないね。シコースキー教授からの書類だね。使い立てして申し訳ないね」

 相変わらず、校長は穏やかな笑顔だ。とても吉羅暁彦と血縁者には見えない。

 あのシャープで冷たい雰囲気をひしひしと醸し出している吉羅暁彦と、穏やかで可愛い校長とは、本当に血縁者なのだろうかと思ってしまう。

「どうぞ、校長先生」

 香穂子が書類を差し出すと、校長は笑顔で頷いてくれた。

「有り難う」

「では、私はこれで」

 香穂子が校長室から出ようとすると、止められる。

「待ちなさい、日野さん」

「はい?」

 香穂子が振り返ると、校長が懐かしい呼び出し状を持っていた。

「理事長から呼び出しがかかっているよ」

 校長はそう言うと、嬉しそうに笑う。

「…暁彦が待っているから、行ってあげなさい。君を待ち焦がれているようだから」

 香穂子を見つめる校長の瞳はとても温かくて、甥への愛情が感じられた。

「…有り難うございます」

 香穂子は呼び出し状を受け取ると、つい笑顔になった。

「では行っておいで」

「はい」

 まさか吉羅から呼び出しが来るとは思わなかった。

 だからこそ嬉しい。

 ホワイトディに、ほんの少しでも大好きなひとに逢えるのは嬉しくてしょうがなかった。

 香穂子はスキップをしたい気分を何とか抑えながら、吉羅のいる理事長室へと向かった。

 吉羅はホワイトディだから、こうして呼び出してくれたのだろうかと、つい思う。

 香穂子は大好きな理事長室の前に立つと、ドアをノックした。

「吉羅理事長、日野です」

「入りたまえ」

 いつものように隙のない冷たい吉羅の声が聞こえる。

 香穂子は本当に、事務的な連絡だけなのだろうかと、思ってしまう。

 吉羅は忙しいのだから、それはあり得るのだが。

「失礼します、理事長」

 香穂子が声をかけて入ると、いきなりドアの前に吉羅が立っていた。

「あ、あの!?」

 素早く理事長室のドアの鍵を掛けたかと思うと、吉羅はいきなり香穂子に深いキスをしてきた。

「…あっ…んっ…」

 吉羅のキスに香穂子は一気に魅せられて、腰が砕けそうになる。

 吉羅のキスはそれぐらいに破壊力があり、香穂子は抱き着かないと、立っていられなかった。

 何度も唇を重ねて、香穂子は甘い恍惚を感じてしまう。

「……ん……」

 何度もキスをして、もう降参だと思ったところで、唇を離された。

「…理事長…」

「…君に逢いたかった」

 ギュッと吉羅の広い胸に抱き締められて、香穂子は幸せで泣きそうになった。

「私も逢いたかったです」

 ずっと忙しくて逢えなかったから、今、こうしているのが嬉しい。

「ホワイトディなのに忙しくて申し訳ないね」

「いいえ。暁彦さんが学院の為にしっかりと頑張って下さっていますから、大丈夫」

「君は全く…。たまには我が儘を言ったほうが良いと思うがね」

 半ば吉羅は呆れ返るように言うと、香穂子を更に抱きやすいように体勢を整えた。

「暁彦さんが毎日、しっかりとお仕事をしているのが解っているからですよ」

 香穂子は笑顔で言うと、吉羅を見た。

「時間が出来たからね、ホワイトディのデートでもしようかと思ってね」

「本当ですか!?」

 ホワイトディデートがまさか出来るとは思ってはいなかったから、香穂子は嬉しくて笑顔になった。

「まだ仕事をしなければならないからね。すまないが、少し待っていてはくれないかね?」

「解りました」

 吉羅が机に戻って仕事を始めると、香穂子も課題をすることにした。

「暁彦さん、待っていますね」

「ああ」

「暁彦さん、今回の呼び出し状はわざとですか?」

「さあ……。どうしたのだろうかね」

 吉羅ははぐらかすように言うと、そのまま仕事に熱中した。

 そうだったら本当に嬉しいのではあるが。

 香穂子もまた課題に取り込んだ。

 課題が出来上がり、香穂子はちらりと、吉羅を見る。するとまだ真剣に仕事に向けているようだった。

 吉羅が仕事をする姿は、横顔から見ると更に素敵だ。

 飽きない。

 じっと見つめているだけで幸せだ。

 吉羅の仕事はかなり時間がかかってはいたが、こうして待っているのも楽しかった。

 暫くして、吉羅が仕事を終えて、時計を見た。

 もう八時近い。

 流石に驚いてしまっているようだった。

「香穂子、済まなかったね。かなりお待たせしてしまったようだ」

「大丈夫ですよ」

 香穂子は笑顔で言うと、吉羅を見た。

 すると吉羅はブリーフケースから、指環のケースを取り出す。

「香穂子、ホワイトディだ。バレンタインのチョコレートを有り難う」

 吉羅は静かに言うと、香穂子の横に腰掛け、じっと瞳を見つめた。

「これを君に」

 吉羅は、香穂子の左手を手に取ると、指環をゆっくりと薬指にはめてくれる。

「この指環を左手薬指につけて、予約したい。君の左手薬指は、私が予約する。いつか、君のここには本物を填めたいものだね」

 吉羅は愛しそうに香穂子の指先を丁寧に触れてくれる。

 そうされるだけで、胸の奥が甘く切なくなる。

「嬉しいです……」

「いつか……、近い未来に、本物の指環を君に填めたい」

 吉羅の言葉に、香穂子は感動してしまい、つい涙ぐんでしまう。

「有り難うございます」

 涙ぐんでばかりはいられないから、香穂子はなんとか笑顔を向ける。

 すると吉羅は、眩しいぐらいに甘い笑みを浮かべてくれた。

 吉羅は香穂子を抱き締めると、官能的なキスをくれる。

「香穂子、これからきちんとホワイトディをしようか。行こうか」

「はい」

 差し延べられた吉羅の手を、香穂子はしっかりと取った。




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