大学の講義の後、いつもよりも早く仕事を終えた吉羅と、彼のマンションで過ごしていた。 テレビを見ていると、今夜は大雪になり明日の朝まで続くらしい。 香穂子は名残惜しいと思いながらも、明日の講義のために、ソファから立ち上がった。 いつもよりも早いが、今夜は電車で帰ったほうが良さそうだ。 「暁彦さん、これから雪がかなりきつくなるようなので、今夜は早目に帰りますね。電車で帰りますから、送って頂かなくても大丈夫ですよ」 香穂子がにっこりと微笑むと、吉羅は立ち上がった。 「…それはいけない。ちゃんと送っていこう」 「帰りが大変ですよ?」 香穂子が心配そうに見上げると、吉羅はフッと微笑んだ。 「大丈夫だ。明日の夜までに止めば良いから。香穂子、うちから最低限の泊まる用意を持って行くように。私も泊まる用意をするから」 「…え…? 泊まるって…?」 「学院の近くでふたりで泊まろう。そうすれば明日は大丈夫だからね」 吉羅に甘く微笑まれると抵抗することは出来ない。 出来るだけ長い時間一緒にいたいのは、香穂子も同じだからだ。 「解りました。準備します」 香穂子はある程度の日数生活が出来るようにと、半ば強制的に着替えや日用品を吉羅の家に置いている。 だからいつでも泊まることが出来るのだ。 「雪が降り出してひどくなる前に、横浜に向かおう」 「はい」 香穂子が準備をしている間、吉羅は手早く準備をした上に、予約を入れてくれているようだった。 「さあ、行こうか」 「はい」 ふたりで手を繋いで、小さなひとつのバッグにお互いの荷物を詰め込む。 まるで小さな旅行をするようで、香穂子は楽しかった。 「暁彦さん、何だか旅行をするようで凄く楽しいです」 「そうだね。君なご両親には少しばかり狡いかもしれないが、雪が降り出して帰れなくなってしまったと連絡をしてくれたら良い。勿論、もう少し後からね…」 「…はい」 先ほどまでは、雪は切ないものだったが、俄然、楽しくて幸せをもたらしてくれるものに変わる。 香穂子は笑顔で吉羅を見上げると、そっと寄り添って甘えた。 車で六本木から横浜へと向かう。 「雪の横浜の夜景はさぞかし美しいと思うよ。本当に楽しみだ」 「はい。私もとても楽しみなんですよ。幸せな気分です」 「それはよかった」 横浜に着くタイミングで雪が降ると良い。 ひどくなると良い。 そんな自分勝手なことを、香穂子は思ってしまう。 闇の中、景色を眺めていると、白いふわふわとしたものが降りてきた。 「…雪…」 「とうとう降り出してきたね…。ひどくなる前に横浜に着けば良いがね」 「そうですね」 本当にそうだ。 都会の雪は慣れていないから、やはり怖いところはあるのだ。 ギリギリの良いタイミングで、横浜のホテルにたどり着いた。 駐車場に車を置いたタイミングで、雪がひどくなってくる。 「本当にギリギリのタイミングだったね」 「そうですね」 「だがこれでふたりでゆっくりと過ごせるね…。朝まで…」 吉羅に言われて、香穂子は華やいだ気分になった。 手を繋いでフロントに行きチェックインをする。 こうしているだけで、なんてしあわせなのだろうかと思った。 ジュニアスィートに通された後、ふたりで窓辺を見つめる。 横浜が白に奪われている。 闇の中の白は、なんて美しいのだろうかと、香穂子は思った。 「本当に綺麗だね…」 「はい。暁彦さん、有り難うございます。暁彦さんのお陰で、とてもロマンティックな横浜を見ることが出来ました。嬉しいです」 「それは良かった…。お母さんに連絡してくれたまえ。この雪なら許してくれるだろう。帰れなくなったことをね…」 「はい」 香穂子は甘い嘘を吐いている気分になりながら、携帯電話を手に取る。 こんなにも甘いドキドキは他にないと思う。 「…あ、お母さん、あのね、雪がひどくなってきたから、そう…六本木から帰れなくなって…。うん、暁彦さんと一緒だよ…。心配しないで、大丈夫だからね。うん、じゃあおやすみなさい」 香穂子が電話を切ると、吉羅が背後から抱き締めてきた。 「大丈夫かな?」 「…はい、大丈夫です…。お母さんも危ないから今夜は泊めて貰いなさいって…。そちらに生活用具はあるから大丈夫だろうって。心配していませんでした」 香穂子が苦笑いを浮かべながら言うと、吉羅は更に抱き締めてくれた。 「…今夜は寒いからね…。たっぷりと温め合おうか…。雪のせいにしてね…」 吉羅は甘い声で囁くと、香穂子を軽々と抱き上げる。 「今夜は一緒に風呂に入って温めようか…」 吉羅の甘い声とまなざしには結局は抵抗することなど出来なくて、香穂子は頷くしかなかった。 浴室とベッドで愛し合った後、ふたりは生まれたままの姿でしっかりと抱き合う。 「パジャマを着ないと…。風邪を引いてしまいますから…」 「大丈夫だ。風邪なんか引かないだろう…。こうしてふたりで抱き合って眠っているほうが温かいからね…」 「もう…」 香穂子が甘く悪態を吐くと、吉羅は更に躰を密着させてきた。 「…冬山とかでは鉄則だよ? 裸になって抱き合うのは…。今夜はかなり冷えてまだまだ寒いからね…。こうして抱き合って眠るのが一番良いかもしれないよ」 「…暁彦さん…」 恥ずかしくてしょうがないが、嬉しくもあり、香穂子は苦笑いを浮かべる。 「このまま朝まで眠ろう…。学院は直ぐ近くだから、ふたりして明日は寝坊出来るしね…。明日はゆっくりしよう」 「そうですね…」 吉羅をしっかりと抱き締めて、甘えるようにその逞しい胸に顔を埋める。 香穂子はそのまま穏やかな気分で、緩やかな眠る。 明日は素晴らしい雪の朝だと想像しながら。 朝、早目に目が覚めてしまい、ふとベッドサイドの時計を見ると、いつも吉羅の家で泊まる時よりも1時間 早い時間だった。 もう一眠りが出来る。 そう思ったところで、吉羅に組み敷かれてしまった。 「あ、あのっ!?」 「今朝は寒い朝だからね、しっかりと温まらないといけないからね。私たちも…」 吉羅はそう言いながら、香穂子を愛し始める。 甘くて官能的な目覚ましに、香穂子はくらくらした。 愛し合った後、お互いに脚を絡ませてベッドに横たわる。 「…こうしていると一日中ベッドの中にいたくなるね…」 「そうですね…」 吉羅は香穂子を抱き締めながら、背中を撫ででくれた。 「暁彦さん…、外の様子が見たいです…」 「外を見ようか」 吉羅はバスローブを羽織って先にベッドから出た後、香穂子にバスローブを手渡してくれる。 「有り難うございます」 香穂子がバスローブに袖を通すと、吉羅に抱き上げられた。 「外は白くて綺麗だよ」 吉羅は窓辺まで連れていってくれると、香穂子に微笑んでくれた。 窓から見える横浜の朝の様子を見る。 本当に珍しい白い朝だ。 だが、昼間には総て溶けてなくなってしまうだろう。 雪が溶けてしまった後の状況を考えるだけで、香穂子はほんのりと切ない気分になった。 「雪って切ないですね。存在はとても綺麗でロマンティックなのに、何だか儚いから」 「そうだね。だが、こうしてふたりで雪の朝を迎えられたのは嬉しいよ。これからも沢山の雪の朝があるだろうが…、ふたりで見ていこう」 「はい…」 香穂子は吉羅とキスをしながら思う。 雪がくれたロマンティックは、雪が溶けても消えやしないことを…。 |