のんびりとしたい温かな昼下がり。 静かな森の広場には、さり気なく瑞々しいカップルたちが花盛り。 誰もが青春を謳歌している。 幸せな日だまりがあちこちで見られて、辺りを明るく幸せな雰囲気にしている。 森の広場には、勿論、知る人ぞ知るカップルには人気の隠れたスポットもある。 かなでと大地も、こっそりとそんな隠れたロマンティックスポットに向かう。 人がいてもいなくても、いつも大地はかなでを大切にしてくれる。 それがかなでには幸せなこと。 大地が温かく見守って支えてくれたからこそ、前向きに頑張ることが出来たのだ。 大地は明るく軽いイメージがあるが、本当は誰よりも大人で、みんなを上手くまとめてくれた。 ナンパなのは口先だけで、本当は誰よりも硬派だった。 芯の強い大人のひと。 それだからこそ、かなでは好きになったのだ。 大地は人目を気にすることはなく、かなでとしっかり手を繋いでくれる。 「誰にも邪魔されずにのんびりと出来る場所を見つけたんだよ。とても静かで和めるよ」 「何だか楽しみです」 森の広場の奥には行かないようにと言われてはいるが、素敵なスポットであるならば是非とも行ってみたいと、かなでは思う。 「火原っちには困ったように怒られるかも」 「火原先生も学院の生徒の時には色々とイタズラしてそうだし」 かなでと大地は、顔を見合わせて、くすりと笑いあった。 「だろうね。理事長閣下が言っていたからね」 「…閣下…。たしかに」 かなでが同調してくすりと笑うと、大地も微笑んだ。 大地とこうしてのんびりと出来るのが嬉しい。 「ここに来ると鳥も結構いますね。鳥さんのアンサンブルみたいで楽しい!」 「流石はひなちゃん!」 大地の大きな手で、わしゃわしゃと頭を撫でられて、かなでは恥ずかしいような嬉しいような気分になる。 子供扱いをされたために、つい拗ねてしまいたくなる。 ニンマリと笑いながらも、かなでは頬をわざと膨らませてみた。 「私は小さな女の子じゃないですよー」 わざとそっぽを向くと、大地は笑って、またわしゃわしゃと大きな手で頭を撫でて来る。 こうして頭を撫でられるのは心地良い。 だけど素直には言えなかった。 かなでの気持ちを察しているのか、大地は小首をかしげて優しく微笑む。 「ひなちゃんを子供とは思ってはいないよ…」 甘くよく響く声で言われると、かなでの心はとろとろに甘くなる。 大地は笑うと、かなでを引っ張って更に奥へと進んでいった。 「此処だよ。俺が見つけたわけではなくて。教えて貰ったんだけれどね」 「そうなんですか…」 大地は静かでロマンティックな、森の広場の一角の木陰の場所に案内してくれた。 「うわあ!」 木漏れ日が優しく綺麗で、かなではうっとりと見つめてしまう。 木漏れ日の反射光が、リラックス出来る雰囲気を作っている。 かなでは思わず見惚れてしまった。 まるで外国のおとぎ話にでも出てきそうな雰囲気だ。 「…気に入った…?」 「はい!」 「ここでクラシックを聴きながら本を読んだら最高だろう? 極上の昼寝場所」 「そうですね」 かなでが幸せな気分でくすくすと笑うと、大地は嬉しそうに微笑んでくれる。 「ひなちゃんに喜んで貰えて嬉しいよ」 大地の言葉も、この場所と同じぐらいにとろとろに蕩けてしまうぐらいに甘かった。 芝生が気持ち良い。 敷き物なんていらない。 ふたりはそのまま腰を下ろすと、お互いに微笑みあった。 「聴く?」 大地はipotのイヤホンを差し出してくれ、かなではそれを素直に受け取る。 「有り難う」 片方ずつイヤホンをつけて、ご機嫌なクラシックをシェアする。 二人が聞いているのは、大先輩でもある日野香穂子演奏の、“ユーモレスク”だ。 温かくて優しくて、この日だまりにはぴったりだ。 本当に人々を幸せに温かな気分にしてくれる演奏だと思う。 心地よい場所に、心地よい音楽。 最高の組み合わせだ。 いつの間にか大地は目を閉じていた。 「大地先輩、疲れています?」 「これでも受験生だからね」 大地は苦笑いを浮かべている。 かなではフッと微笑んだ後、少し頬を赤らめた。 我ながら大胆なことが思い浮かんでしまったからだ。 言い出す前から、ドキドキしてしまう。 「あ、あの…、大地先輩…」 なかなか言い出せない。 すると以心伝心したのか、大地がいきなり、かなでの膝を枕にしてきた。 「………!!!」 自分で枕になろうと思ってはいたけれども、こうして大胆にされても緊張してしまう。 かなでがドキマギしていると、大地はフッと微笑む。 「…少し、枕を貸して、ひなちゃん…。これでまた頑張れると思うから…」 「はい…」 大地の頭の重さは、かなでにはとても心地が良い。 かなでは甘く微笑むと、大地の髪を優しく撫でた。 柔らかでさらさらとした髪。 触れているだけで幸せな気分になれるのだから不思議だ。 ずっとずっと、このまま一緒にいられたら良いのにと、思わずにはいられなかった。 きっと大丈夫だ。 この学院には“ヴァイオリンロマンス”の伝統があるのだから。 「…先客がいたようだね…」 吉羅は苦笑いを浮かべると、気付かれないようにそっと離れる。 気分転換をしようと思って、とっておきのこの場所にやってきたが、先客がいたようだ。 しかも、榊大地と小日向かなでときている。 ふたりの邪魔は、したくはなかった。 かつての自分自身も、この場所で愛を育んできたのだから。 吉羅は、ふたりの姿を見て、甘酸っぱい幸せな気分になると、理事長室へと戻っていった。 ある意味ではあるが、幸せな気分転換が出来た。 それは幸せなこと。 吉羅は妻を恋しく思った。 かつてはふたりと同じようにこの学院の生徒だった妻。 懐かしくてとても幸せな想い出が蘇り、吉羅は幸せな気分になれた。 不意に理事長室のドアをノックする音が聞こえる。 「吉羅理事長、日野です」 わざとかつての名前を言う愛しい者に笑顔になる。 「日野君、入りたまえ」 「はい、失礼します」 少しくすりと笑うところが可愛らしい。 ドアが静かに開けて、愛しい女性が入ってくる。 「お仕事は如何ですか? 理事長」 「休憩しようと思っていたところだよ」 「では良いタイミングだったみたいですね」 香穂子は花のような笑顔を向けてくれる。 香穂子とは結婚して、3か月が経過しようとしている。 とても幸せだ。 「香穂子、少し休みたいのだが…」 「分かりました」 香穂子はにっこりと微笑むと、ソファの端に腰を掛けてくれた。 以前のようにほんのりとはにかんでいる。 吉羅は、幸せな気分で満たされるのを感じながら、香穂子の膝を枕にする。 幸せそうにしていた生徒たちに感化されたのだろう。 たまにはこうしてご褒美もあると良い。 香穂子が膝枕をしてくれると、吉羅は静かに目を閉じた。 香穂子の繊細な指先が頭を撫でてくれる。 それがとても心地よい。 何だかとても寝心地が良くて、そのまままどろんでしまった。 優しい香穂子の声が、意識の遠くに聞こえる。 「………が……たんですよ…」 吉羅は、香穂子が何を言ったのか、よく聞こえなかった。 だが恐らくは幸せなことだ。 吉羅はそのまままどろみに意識を預けた。 「眠っちゃったんですね…」 香穂子はくすりと笑いながら呟く。 「折角、素敵なことを言おうと思ったのに…」 拗ねるように言うと、香穂子は甘く笑う。 「…赤ちゃんが出来たんですよ…」 幸せな呪文を吉羅に呟く。 吉羅が目覚めた時のリハーサルのように。 |