嵐の日、吉羅のマンションでひとりきりで待つ。 テレビでは、高速道路の閉鎖や、電車の運休を告げるニュースが断続的に流れている。 香穂子は、テレビを見ながら、今夜は帰ることが出来るのだろうかと、ぼんやりと考えていた。 吉羅のマンションには、昨日から泊まりにきていて、今夜帰る予定でいた。 今夜は吉羅と家で食事をした後で、帰ることになっていた。 吉羅も今日は休みの予定だったが、急ぎの仕事があり、そちらにいってしまったのだ。 そのタイミングで帰ろうと思っていたが、結局は、吉羅の自宅で食事をした後に帰ることになった。 吉羅のマンションは最新の設備で固められた要塞のようなものだから、嵐などではびくともしない。 だが、時折、窓の外を見ているとかなりの暴風が吹き荒れていて、香穂子は心配になる。 吉羅はちゃんと帰って来られるだろうか。 それだけが心配だった。 暫くして、吉羅が帰ってきた。 香穂子は直ぐさま駆け出していく。 「おかえりなさい、暁彦さん」 「ただいま…」 吉羅は、甘く優しい声で囁くと、香穂子をギュッと抱き締めてくれた。 「簡単な夕飯を作ってみましたから、食べましょう」 「ああ、有り難う」 本当にシンプルだ。 牛筋と大根のスープ、サラダ、そして豆腐ハンバーグ。 香穂子が夕食の最後の仕上げをしている間、吉羅は着替えにいった。 吉羅がダイニングにやってきて夕食を始める。 「有り難う、いただきます」 「どうぞ」 ふたりでいただきますをした後で、しっかりと夕飯を食べる。 スープが温かくて、とても美味しかった。 「外の嵐は凄かったんじゃないですか?」 「ああ。かなりね。この様子だと、今夜は君を家には送っていけない。危険だからね。今夜はうちに泊まりなさい」 吉羅はキッパリと言い切る。 やはりこの状態だと、横浜には戻り難い。 電車でも、車でも、帰るのは難しいようだった。 「そうですね」 明日は大学があるから、早めに起きてこちらを出なければならないだろう。 香穂子はぼんやりと考えていた。 「明日は送っていくから心配しないように」 「暁彦さん、有り難うございます。学院の手前の駅で下ろして下さいね」 学院の理事長と生徒の恋というのは、色々と制約があるのだ。 「別に隠さなくても構わないだろう。君は既に成人をしているんだからね」 吉羅はさらりと言うと、香穂子の指をそっと握り締めた。 「…暁彦さん…」 「今夜もゆっくりとしたまえ。ご両親もこの嵐ならば納得するだろうからね」 「…確かにそうですね」 香穂子は納得をすると、のんびりと食事を取ることにした。 嵐の夜に吉羅と一緒に過ごせるなんて、なんて素敵なのだろうかと、思わずにはいられない。 不謹慎かもしれないが、それだけ吉羅のそばにいると安心するということもあった。 香穂子はのんびりと夕飯を楽しんだ。 お風呂に入った後、吉羅にリビングに呼ばれた。 するとまるで今から避難するように毛布が用意されている。 「嵐の夜だと、やはり、こうして毛布でくるまるのではないかね?」 「確かにそれは楽しそうですね」 香穂子はにっこりと微笑むと、吉羅と一緒に一枚の毛布にくるまることにした。 吉羅はブランデーを、香穂子はホットミルクを用意した。 「こうしていると本当に楽しくて温かい気分になりますね」 「そうだね」 小さな頃に戻ったかのようなわくわく感に、香穂子はつい笑顔になってしまう。 「こうしていたら、世界の終わりが来ても、怖くないような気がします。不思議ですよね」 香穂子はくすりと笑うと、吉羅に寄り添った。 寄り添っていると本当に温かくて気持ちが好い。 吉羅とこうして嵐の夜を過ごせるだけて、なんて幸せなのだろうかと思わずにはいられない。 「外は嵐で雨と黄砂が混じって凄いことになっているのに、ここは平和だね、とっておきの楽園のように思えるよ」 「そうですね。外で嵐が起きているなんて信じられないです」 香穂子は幸せな気分で笑うと、ホットミルクに口をつける。 こうしているだけで、ホワホワと幸せな気分になれるのが、素敵だった。 香穂子がミルクが入ったマグカップをテーブルに置くと、吉羅が引き寄せる。 そのまま唇を重ねると、ほんのりと芳醇なブランデーの味がした。 香穂子は、吉羅のキスに酔っ払いそうになりながら、うっとりとした気持ちで甘える。 吉羅と一緒にいるだけで、ほわほわとした幸せな気持ちになることが出来た。 「…香穂子…、愛してる…」 「…私も暁彦さんを世界で一番愛していますよ…」 愛を囁くだけでも、キスだけでも足りないから、ふたりはそのまま抱き合って、愛の世界へと向かう。 かけがえのない甘くて激しい愛の世界。 外の嵐よりも激しくて、幸せな感覚へと、香穂子は溺れていった。 激しくて愛し合った後、ふたりは一枚の毛布にくるまって、幸せでしょうがない時間を過ごす。 「…外が嵐だなんて信じられないぐらいですね。温かな楽園にいる気分ですよ…」 「確かに、君はとっても暖かいからね」 吉羅は誰にも聞かせないような優しいトーンで話をする。 誰にも聞かせたくなくなるほどの、甘くてとっておきの声だった。 香穂子は、吉羅の胸に顔を埋めながら、幸せな気分を満喫する。 「…幸せです…。このような素敵な時間が過ごせたのは、嵐のお陰かもしれませんね。感謝しなくちゃ」 「そうだね」 吉羅も同じように微笑むと、香穂子を更に腕に閉じ込めた。 「ずっと嵐でここに閉じ込められていたら良いのにって、思ってしまいますよ…」 「そうだね…。こうしていたら幸せだね…」 吉羅は香穂子に触れるだけの軽くて綿菓子のようなキスをくれた。 幸せ過ぎる。 嵐の日に幸せだと思えるのは、吉羅がそばにいてくれるからだ。 香穂子はそばに置いておいたミルクが入ったマグカップを手に取る。 「すっかり冷めてしまいました」 香穂子が苦笑いをすると、吉羅もまたブランデーグラスを手に取った。 「アルコールよりも酔えるものがあるから、もうこれはいらないかな…」 吉羅は意味深に微笑むと、香穂子を引き寄せる。 「私もミルクよりも安心出来るものを手に入れられたから、このミルクはいらないかも」 香穂子も微笑むと、吉羅は奇遇だと笑った。 近くのテーブルにマグカップとブランデーグラスを置くと、吉羅は香穂子を毛布ごと抱き上げる。 「香穂子…。夢の続きを見ようか…。あちらで…」 「…はい…」 香穂子はうっとりと頷くと、吉羅にそのまま身を任せる。 幸せでしょうがないと思いながら。 朝起きると、マグカップとブランデーグラスは綺麗に片付けられていた。 几帳面な吉羅が片付けたのだろう。 香穂子はリビングに入ると、昨日とは打って変わって爽やかな青空が窓越しに見えた。 嵐があったなんて信じられないぐらいだ。 簡単に朝食を作った後、吉羅と一緒に食べる。 今朝は一緒に出勤が出来るのが嬉しかった。 とはいっても、香穂子は近くの駅で一足先に降りるのだが。 車に乗りながら見える青空は、本当に美しい。 「…嵐があったなんて、本当に嘘みたいですね…」 香穂子が笑顔で呟くと、吉羅もまた頷くわ 「そうだね。私にとっては有り難い嵐だったけれどね」 吉羅の言葉に、香穂子は幸せそうに笑顔で頷いた。 |