*Classical Festa*


 ゴールデンウィーク後半は、東京国際フォーラム周辺が、クラシック色に染まる。
 クラシックのお祭りの始まりだ。
 香穂子も、国際フォーラムのステージと、ストリートパフォーマンスのどちらにも出演を予定している。
 出演して楽しみ、勿論、見て楽しむつもりでいる。
 お祭りだから、様々なアレンジと出会うことが出来るから、ソリストとして更に成長が出来たらと思わずにはいられない。
 勿論、吉羅もなるべく見に来てくれると約束してくれている。
 それが香穂子には嬉しかった。
 吉羅は多忙だからなかなか時間を取れないが、そこはやりくりをしてくれている。
 今日はストリートで、カルメンを弾く。アコーディオンとの競演なので、どのような音楽を奏でられるのかが、とても楽しみだ。
 このパフォーマンスが終われば、今夜は吉羅とふたりで遅くまでクラシックコンサートを楽しみ、近くのホテルで泊まる予定だ。
 吉羅とのゴールデンウィークも本当に楽しみだ。
 愛する男性と愛する仕事のどちらも手に入れられるのが嬉しかった。
 こんなにも素敵な休日はない。
 まさに黄金週間だと、香穂子は思った。
 七時前に、香穂子はストリートでパフォーマンスを始める。
 陽が随分と長くなってきたせいか、紫だちたる空と、爽やかな初夏の風の中の演奏だ。
 演目がカルメンということで、香穂子は紅いドレスに、アップした髪には花をあしらっている。
 集まってきた聴衆の中には、吉羅がいた。
 香穂子の初めての演目だ。
 素晴らしいゴールデンウィークが幕を開けるのだ。
 香穂子は、アコーディオン奏者とタイミングを合わせると演奏を始めた。
 情熱的なカルメンの始まりだ。
 ヴァイオリンを弾いている間は、奔放で妖艶な女になるのだ。
 香穂子はヴァイオリンの世界に没頭していった。

 香穂子と暫く滞在する予定のホテルにチェックインをした後、車を置いて有楽町方面へと歩いていく。
 素晴らしきゴールデンウィークの始まりだ。
 香穂子がプロのヴァイオリニストとして、クラシックの一大イベントに参加するのだから。
 香穂子がストリートで演奏を行なう場所へと向かう。
 今日はこの演奏だけで、明日からはステージが待っている。
 その隙間を選んで、香穂子と演奏を聴くのを楽しむ予定だ。
 香穂子がヴァイオリンを演奏する場所に向かい、一番聴きやすい場所に陣取る。
 香穂子が準備をしているのが見えた。
 楽曲に相応しくカルメンを彷彿させるスタイルだ。
 本当に美しいと思う。
 こんなにも美しいなんて思ってもみなかった。
「あれ日野香穂子さん、綺麗だよね」
「カルメンスタイルが似合っているよね。美貌のヴァイオリニストと言われているけれど、本当だね」
「だってみんな日野さんばかり見ているもの」

 吉羅は噂話を耳にしながら、香穂子の姿を見る。
 今ここにいるのは、吉羅だけの香穂子ではない。
 それを望んだはずなのに、寂しくて嫉妬すら感じてしまう。
 本当に今日の香穂子は完璧だと思ってしまうほどに美しかった。
 吉羅の姿に気付いたのか、香穂子がにっこりと笑いかけてくる。
 吉羅はそれが嬉しくてしょうがなかった。
 香穂子がヴァイオリンを奏で始める。
 実力に容姿が伴うヴァイオリニストということで、香穂子の注目はかなり集まっている。今もストリートパフォーマンスだというのに、かなり聴衆が集まってきていた。
 香穂子は静かにヴァイオリンに集中を始める。
 カルメン。
 いつもの香穂子にはない妖艶さが、ヴァイオリンの音色に伝わる。
 いや、吉羅の腕の中にいる時だけが、香穂子はカルメン以上に妖艶だった。
 本当にこれほどまでに妖艶な女は他にいないのではないかと吉羅は思う。
 だからこそ独り占めをしたかった。
 ヴァイオリンを奏で終わると、誰もが大きな拍手をする。
 香穂子はまるでカルメンになったかのように手を上げると、深々とお辞儀をした。
 この後は、吉羅とふたりでステージを見に行くのだ。
 香穂子はパフォーマンスを終えた後、控え室に向かって歩いていく。
 直ぐに着替えてくるのだろう。
 香穂子はもう妖艶なカルメンではなく、吉羅だけのいつもの香穂子に戻っていた。

 香穂子は直ぐに衣装を着替えて、ラフなワンピースになる。
 髪を下ろして、化粧を整える。
 それが嬉しい。
 吉羅に逢うために、本当に綺麗になりたかった。

 控え室を出て、吉羅が待つ国際フォーラム前に向かう。
 吉羅の姿は遠くからも直ぐに確認が出来るほどに素晴らしかった。
 本当にうっとりとしてしまうほどに、吉羅は完璧だ。
「暁彦さん、お待たせしました」
 吉羅はフッと微笑むなり、香穂子の手をしっかりと握り締めて、引き寄せてくる。かなりの密着だ。
「さあ行こうか」
「はい」
 先ずは一本目のコンサートを見に出掛けた。

 夜遅くまで沢山のクラシックコンサートを楽しめるのが良い。
 食事は屋台などで取り、大いに楽しんだ。
 吉羅が屋台の食事をするなんて想像することは出来なかったが、それでも見ているだけで楽しかった。
 吉羅とこうして屋台の食事を食べる。
 本当に親密でいられるのだと感じて、香穂子は嬉しかった。
「…こうして、暁彦さんと屋台で食事が出来るのが嬉しいです」
「たまにはこういうのも楽しいね。今は気候も良いから、本当に楽しめるからね」
「はい」
 食事やクラシックコンサートを大いに楽しんで、結局、ホテルに戻ったのは十一時過ぎだった。
 直ぐにシャワーを浴びて、ふたりはゆっくりと寛ぐ。
「明日は昼過ぎに会場に着けば良かったね?」
「はい。ですから明日はゆっくりと出来ます。明後日は早いので、早目に切り上げなければなりませんが」
「解った」
 吉羅は香穂子を抱き寄せると情熱的なキスをしてくる。
 息も着けないほどのキスに香穂子は溺れ、このまま吉羅が紡ぐ情熱的な世界へとさらわれた。

 愛し合った後、吉羅は香穂子を優しく引き寄せてくれる。
 それが幸せだ。
「今日の君のカルメンはとても良かったよ。とても情熱的だった」
「有り難うございます」
 吉羅に褒めて貰えるのが一番嬉しい。
「だが、少しばかり嫉けてしまったけれどね。あのような情熱的な雰囲気は、私だけに見せて欲しいと思うよ」
 吉羅は首筋に唇を押し当てると、強く痕がつくほどに吸い上げる。
「…暁彦さん…痕をつけたら…」
「ストールを首に巻いて隠してしまえば良いんだ…」
「…もう…」
 一瞬、焦ってしまったが、それでも嬉しいのには違いない。
「暁彦さんと一緒だから楽しくてしょうがないです」
「私も、君とこうして過ごせるのはとても嬉しいよ」
 吉羅は優しくて蕩けてしまうほどに甘い笑みを零すと、香穂子を再び組み敷く。
「明日はストール決定ですね」
 香穂子が笑みを浮かべると、吉羅も微笑む。
「君の美しい項を誰にも見せたくはないからね。当然だろう…?」
 吉羅の独占欲の強い言葉が、香穂子は素直に嬉しかった。
「…君は私のものだからね。君がカルメンを奏でている間、私は男達の視線が気になってしょうがなかったよ。君は私だけのものなのにとね…」
「私は暁彦さんだけのものですよ…」
「有り難う。だが、君が私のものだということを、近いうちに宣言しなければならないね…」
「…え…?」
 香穂子がそれは何かと訊こうとしたところで、吉羅に深いキスをされる。
 甘い熱いキスには、その意味が込められていた。



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