*初雪の降った日*


 この週末は、かなり寒くなると、テレビの天気予報で言っていた。

 都心でも雪が積もるらしい。

 この週末は、外でのヴァイオリンの練習はムリだと思いながら、香穂子はぼんやりとニュースを見ていた。

 今日は、遅くならないうちに早目に帰らなければならないかと、香穂子はぼんやりと考える。

 吉羅とのデートの約束はしていないから、今週はおこもりになりそうだと思っていた。

 家を出るタイミングで、携帯電話が鳴り響く。

 着メロで分かる。

 吉羅だ。

 香穂子はときめく嬉しさを覚えながら、電話を手に取った。

「おはようございます、暁彦さん」

「おはよう、香穂子。突然だが、この週末、時間が出来た。一緒に過ごすことが出来るかね?」

 今週は、吉羅と一緒に過ごすことが出来ないかと思っていたので、香穂子は嬉しくてしょうがない。

 踊ってしまいたくなるような嬉しさだ。

「大丈夫です」

 香穂子がハキハキと返事をすると、吉羅が電話口でほっと息をしたのが聴こえた。

「それは良かった。とても楽しみだよ。今日は、うちに行って待っていてくれるかね」

「はい。では、大学が終わったら、暁彦さんのところに向かいます」

「ああ。今夜は雪だと聴いているから、簡単に食事が出来るような食材を、沢山、買い込んでくれないかね。明日も雪らしいからね」

「はい、解りました」

 香穂子は、吉羅が意図していることを然り気無く読み取ると、明るい声で返事をする。

 だが、内心は、官能的な期待で華やかに震えていた。

「では、頼んだよ。また、後で」

「はい、また、後で……」

 携帯電話を切った後で、香穂子はまだときめく余韻に鼓動を震わせる。

 雪の夜に愛しい吉羅と逢う。

 甘いロマンティックに、香穂子は震えずにはいられなくなる。

 ときめきすぎて、つい、ドキドキしてしまう。

 色々と甘い妄想をしながら、吉羅の家に行くことばかりを、つい考えてしまっていた。

 

 大学が終わった後、香穂子は吉羅の家に向かう。

 雪ごもりをするための、様々な食材の買い出しに余念がない。

 ふたりで雪の朝を迎える。

 ロマンティック以外の言葉は見つからない。

 ステキな時間だ。

 香穂子は想像するだけで、嬉しくて少し恥ずかしいような、そんな気持ちにならずにいられなかった。

 週末に、外に出なくても大丈夫なように、香穂子は沢山の食材を買い込んで、吉羅の家に向かう。

 恋する恋人同士だからこそ、出来ることなのだ。

 香穂子は、吉羅の恋人であることに優越感を浸りながら、ときめいた気持ちで、家に向かう。

 もちろん、恋と同じぐらいに甘いスウィーツも忘れてはいなかった。

 甘い時間に甘いスウィーツほど、心を蕩けさせるものはないと、香穂子は思っているから。

 吉羅の家に入ると、先ずは部屋を快適にするために加湿器と暖房のスイッチを入れ、食事の準備をする。

 窓の外を見ると、本格的に雪が降ってきている。

 雪が積もるのはロマンティックだと思いながら、香穂子は吉羅が無事に帰ってくることが出来るようにと、小さく祈らずにはいられなかった。

 

 支度が終わると、香穂子は課題をしながら、吉羅の帰りを待つ。

 吉羅とゆっくりのんびりとした時間を過ごしたくて、課題はある程度、進めておくつもりだったからだ。

 だが、課題は終わってしまい、手持ちぶさたで香穂子は吉羅を待った。

 吉羅の仕事はかなり忙しい。ましてや、こうした一月の週末となると、かなりのバタバタは必至だ。

 しょうがないと思う。

 だが、今夜は雪だからこそ、きちんと帰ってくることが出来るのか、そればかりが心配になってしまった。

 それはそれで、ある意味切ないと思わずにはいられない。

 携帯電話が鳴り響き、香穂子は慌ててそれに出た。吉羅だ。

「はい、香穂子です」

「私だ。遅くなってしまったね。今から帰るから、待っていてくれたまえ」

「はい」

 吉羅がもうすぐ帰ってくると思うと、それだけで、香穂子は小躍りしたくなってしまった。

 電話を切ると、香穂子は直ぐに食事を作ることにした。

 

 香穂子が、食事を暖め直していると、セキュリティが解除される音が聞こえて、直ぐに玄関先に吉羅を迎えにいった。

「お帰りなさい、暁彦さん」

 吉羅は寒そうな表情で、家に入ってきた。

「ただいま、香穂子」

「お帰りなさい」

「遅くなってしまったね。外は相当寒いよ。私の車はかなり雪に弱いからね。この時間に帰ってこられて、本当に良かったよ」

 吉羅は苦笑いを浮かべながら、香穂子を見つめる。

 確かに吉羅の車はスポーツカーだから、雪に弱いのは間違いなかった。

「うちは暖かいにね。やはり」

「はい。暖かくしておきました」

「だけど、身体は冷えたままだよ……」

 吉羅は静かに甘い声で囁くと、香穂子の華奢な身体をギュッと抱きすくめた。

「……あ……」

 息が出来ないぐらいに、甘くてロマンティックな抱擁に、香穂子は溺れてしまう。

 体温が一気に上がってゆく。

「……君は暖かいね……。心も、身体も……」

 吉羅の甘い言葉に、香穂子はこのまま総てが蕩けてしまうのではないかと思った。

「さあ、食事を取ろうか。ふたりでゆっくりしよう」

「はい」

「またその後で、ゆっくりと君の温もりを感じさせて貰うよ。たっぷりとね」

 吉羅の一言に、香穂子は照れながら頷くことしかできなかった。

 

 食事が終わり、お風呂も入ると、いよいよ眠る時間だ。この時間になると、流石に雪はかなり酷くなってしまっていた。

 吉羅とふたりで、いつも以上に密着をしてベッドに入る。

 吉羅はしっかりと足を絡めて、しかも抱き締めてくれる。

 この瞬間がなんて幸せなのだろうかと、香穂子は思わずにはいられない。

「幸せですね。こうして暁彦さんと雪の夜に抱き合うのは」

「そうだね。もっとふたりで温まろうか?」

「暁彦さん……」

 甘くて濃密な温かな時間に肌を震わせながら、香穂子は幸せに身体を委ねた。

 雪に感謝をしながら。

 

 翌朝は、酷く寒いと天気予報で言っていたのに、今朝はとても幸せな温もりに包まれている。

 香穂子がゆっくりと目を開けると、そこには愛しい吉羅の顔が見えた。

「……おはよう、起きていたのかね?」

「はい、おはようございます、暁彦さん。暖かくて幸せだと思っていました」

「……そうだね、暖かいね……」

 吉羅は香穂子を引き寄せると、そのまま甘いキスをくれる。

 寒い雪の日の朝。

 恋人たちにはロマンティックな朝になった。

 



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