*重なる想い*


 温かくて気持ち良い吉羅の肌に包まれながら、香穂子はうとうとしていた。
 いつも吉羅と激しく愛し合った後は、幸せな温もりに包まれてまどろむ。
 この時間が何よりも大切で幸せだ。
 うとうとから目覚めると、喉がからからであることに気付いた。
 香穂子はベッドサイドのテーブルに置いていたミネラルウォーターの入ったペットボトルに手を伸ばす。
 身動ぎを感じたのか、吉羅に強く抱き締められた。
「…どうかしたのかね?」
「…喉が渇いたから、ペットボトルを取ろうと思って…」
 吉羅はほんの少しだけ抱擁の腕を緩めると、香穂子にペットボトルを取ってくれた。
「どうぞ」
「有り難う」
 香穂子がミネラルウォーターで喉を潤している間も、吉羅は全く離してはくれない。
 普段の吉羅は香穂子に対してもかなり冷たく接してくるのに、ふたりきりになると、途端に、甘えてくるのだ。
 香穂子を極限まで求めてくる。
 こうして甘えてくれて、本当にこころから愛してくれるから、普段が多少冷たくても、切なくはならない。
 だが、時々、不安になる。
 香穂子は吉羅が初めての男性だから、他の誰とも比べることが出来ないけれども、吉羅はどうなのだろうかと。
 吉羅に愛される度に、彼の巧みな愛撫に翻弄されてしまい、いつも溺れてしまう。
 女性を肉体で愛することに、かなり慣れているような気がする。
 きっと吉羅のことだから、大人で理知的な美しい女性が傍らにいることが多かったことだろう。
 だから不安になってしまうのだ。
 吉羅は果たしてずっとこのまま愛してくれるのだろうか。
 他の女性と比べて、子供で物足りないと思っているかもしれない。
 そんなことばかりを切なく考えては、香穂子は溜め息を吐いていた。
 深く恋をして、溺れている証なのかもしれない。
「…香穂子…」
 低く掠れた声で囁かれて、香穂子の躰は欲望で疼く。
 抱き締められて、吉羅の熱く笠が張ったものを腰骨あたりに感じてしまい、香穂子は躰の芯を潤ませた。
 既に激しく求められた後なのに、吉羅が再び求めてくれるのが、女として嬉しい。
 週末だけの熱い時間。
 それもお互いに忙しくて、いつも共有出来るとは限らない。
 だからこそ貴重な時間であるのだ。
「…香穂子…。愛してる…」
「…き…ら…さん…」
 闇のなかで浮かぶ鍛えられた吉羅の裸身は、半獣神のように美しい。
 扇情的な愛撫に高められて、恍惚を呼吸する。
 こんなにも甘く幸せな快楽があるなんて、香穂子は今まで知らなかった。
 躰もこころも何もかもが熱くなり、追い詰められる。
 吉羅は婀娜めいた笑みを香穂子に浮かべながら、総てを奪い尽くすように抱いてくれた。
 肌を重ねる度に、吉羅はいつも生きる意味をくれる。
 こうして愛し合っている時は、吉羅の総てを感じられるから、不安はなかった。


 吉羅は香穂子の温もりを感じながら、幸せを噛み締めていた。
 これ程までに幸せを感じさせてくれる温もりは、他に存在しない。
 吉羅は離したくない想いを、腕の強さに込めていた。
 愛しいくてたまらない、ようやく手に入れることが出来た至上の恋人。
 今までの人生が、総て彼女と出会うために用意されていたものだと感じてしまうほどに、愛しい。
 離したくなくて、愛しい過ぎて、いつもふと思うことがある。
 自分の独占欲が強い愛情を、香穂子は重いと思ってはいないだろうかと。
 彼女は自分よりもずっと若いから、その愛がいずれ苦しくなるのかもしれない。
 そのうえ本人は無自覚だが、香穂子はかなりの男達に慕われている。
 いつでも他の男が自分の代わりにならないとも限らないのだ。
 香穂子の最初の男になれたが、最後の男になれるとは限らないのだ。
 失うのが恐ろしいほどに愛しくてたまらない存在。
 香穂子を永遠にこの腕のなかで抱き締めていられたら良いのにと、思わずにはいられなかった。
「…香穂子…」
 この世で一番愛しい名前を囁くと、腕のなかに閉じ込めると、その鼓動を感じる。
 これほど安らかでいられるリズムはないのではないかと、吉羅は感じていた。
 香穂子の無防備な白い肌が見える。そこには自らが刻んだ紅い欲望と所有の華が咲き乱れていた。
 全身キスをしても足りない。
 普段は誰よりもクールに接しているのは、激情の裏返しであることを、香穂子は気付いているだろうか。
 どれ程吉羅が愛しいと思っているか、彼女は気付いているだろうか。
 その笑顔を見ているだけで癒されて、そばにいるだけで抱きたくなる。
 生涯ただひとりの相手だと、吉羅が思っていることにも、気付いてくれているだろうか。
 不意に香穂子が身動ぎをして目を開ける。そのまま腕から離れようとしたので、思わず抱き締めてしまった。
 喉が渇いたのか、ペットボトルを取ろうとする。
「…どうかしたのかね?」
「…喉が渇いたから、ペットボトルを取ろうと思って…」
 吉羅はほんの少しだけ抱擁の腕を緩めると、抱き締めたままで香穂子にペットボトルを取ってやる。
「どうぞ」
「有り難う」
 香穂子がミネラルウォーターで喉を潤している間も、吉羅は離す気などさらさらなくてずっと抱き締め続ける。
「有り難う」
 香穂子が横になったのを見計らって、深く抱き込んだ。
 また欲しくて堪らなくなる。
 今までこんなに欲望を感じた相手はいなかった。
 それどころか、こうして連続で抱けなかった筈なのに、香穂子が相手だと出来てしまう。
 吉羅は欲望が満ち溢れたキスを香穂子に与える。
 いつも香穂子を気絶させてしまう程に、奪い尽くしてしまう。奪い尽くしても少しも足りなかった。
 香穂子の滑らかで柔らかな躰を抱き締めただけで理性が吹き飛ぶ。
 吉羅は夢中になって香穂子を愛した。


 お互いに疲れ果てて、良質な眠りを得た後、ふたりはほぼ同時に目覚めた。
 香穂子が目を開けると、吉羅は優しく抱き締めてくれる。
「おはよう」
 吉羅の声にうっとりとしながら、香穂子は「おはようございます」と返事をする。
「また、君を激しく求めてしまったね。平気かね?」
「大丈夫です…」
 香穂子はふんわりと柔らかな絹のような笑顔を浮かべると、吉羅に甘えるように躰を寄せた。
 香穂子はチカチカと光るデジタル時計の日付を確認して溜め息を吐く。今日はもう月曜日だ。
「…終わってしまいましたね。折角の週末が…」
 幸せで温かな週末が終わってしまった。
 また吉羅に飢えていく日常が始まるのだ。
 香穂子はまるで遊園地帰りの子供のように、しょんぼりと肩を落とした。
「…そうだね。終わってしまったね」
 吉羅の声もまたどこか名残惜しげだ。
「…ずっとこうしていたいけれど、仕方がないね…」
「そうですね…」
 今週もまた吉羅は忙しい。香穂子もそうだ。
 逢えない日々がまた続くのだ。
 普段の理事長と生徒に戻るだけだ。
「…ずっと週末であったら良いのにって思います…。そんなこと、有り得ないですよね、我が儘ですね、私の…。こんなの子供っぽいですよねっ!い、今まで吉羅さんの好きになった、お、女のひとは、こ、こんなことは、言わなかった…ですよね…。こ、こんなことばっかり、言ったら、ほ、本当に吉羅さんが綺麗なひとのとこに…」
 切なくて卑屈な気持ちを誤魔化すように香穂子が笑うと、いきなり吉羅に抱きすくめられた。
「…私だって同じだよ…。君が私ではない他の誰かにさらわれるんじゃないかと、気が気でないからね…」
「吉羅さん…」
「…香穂子、ここにこっそり越してくることは出来ないか…?」
「え…?」
 吉羅の言葉に、香穂子は目を大きく見開く。
 嬉しさと驚きに香穂子は震えた。
「…香穂子…」
 一瞬、不安そうに見つめて来る吉羅に、香穂子は泣きそうな笑顔を浮かべた。
「良いんですか? 吉羅さん…私で…?」
「私は君以外に考えられないよ…。私は、君にそばにいて欲しい、ずっとね…。だけど君はどうかね?私で構わないか?」
 吉羅の誠実で優しい瞳が香穂子に向けられる。
 このようなまなざしを向けられたら、迷うことなんて出来ない。
「吉羅さん以外に考えられないです…。…私も一緒に暮らしたいです…」
「…有り難う。幸せにするよ…」
「私も幸せにしますね」
 ふたりは唇を重ねる。
 永遠の相手を得て、お互いに抱いていた不安は消えて行く。
 お互いの腕のなかこそが帰る場所。



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