ヴァイオリニストと学校法人の理事長。 どちらも多忙を極める職業で、なかなか時間をコントロールすることが出来ない仕事だ。 だが、吉羅も香穂子も時間を一生懸命にやりくりをして隙間時間を作り、愛を育んできた。 そしてようやく、一緒になれた。 タイミングはベストでギリギリといったところだった。 お互いにこれ以上は待つことが出来なかったからだ。 香穂子と吉羅は、横浜に新居を構えた。 小さな洋館で庭もあり、横浜の街を一望することが出来る。 ふたりにとってはベストな場所だった。 今日は久し振りにふたりきりで幸せな時間を過ごした。 香穂子のヴァイオリンリサイタルが終わり、ようやく過ごせる甘い時間だった。 だが、この時間を作るためには、根を詰めて仕事をしなければならない。 今夜も甘く熱情が迸る時間を過ごし、ふたりはお互いの肌の温もりを共有するように、抱き合ってベッドに横たわる。 このまま優しいまどろみに身をまかせたいところだが、そういうわけにもいかない。 吉羅は、香穂子の髪と、滑らかな背中を撫でた後、名残惜しい気持ちで起き上がる。 もっと抱き締めていたい。 もっと温もりを感じていたい。 だが、明日ふたりでのんびりと過ごすためにも、自ら課したノルマは果たさなければならない。 本当は香穂子を抱く前に仕事を終わらせておけば良かったのだが、香穂子が余りにも可愛くて綺麗で、抱かずにはいられなかった。 我慢することが出来なかったのだ。 自分自身では、かなり我慢強いほうだと思っていたのだが、香穂子に関してはそうではなかった。 我慢が出来なくて愛したひと時は、最高に良かった。 だからこそ今から仕事にかかることが出来た。 吉羅が起き上がると、香穂子が泣きそうなまなざしを向けてきた。 「…暁彦さん、何処に行くの…?」 縋るように見つめられたら、再び愛してしまいそうになる。 そうすればまた時間が取れなくなってしまう。 先のことを考えるには、このまま仕事に向かうしかなかった。 吉羅は名残惜しくてしょうがないと思いながら、香穂子をギュッと抱き締めた。 「…少しだけ仕事をしなければならない…。君は先に眠っていなさい…」 吉羅は、香穂子を宥めるように優しいキスを額に送る。 すると香穂子は甘えるように抱き付いてきた。 「…わがままを言ってはダメですね…。暁彦さん、余り無理をされないようにして下さいね」 「ああ。解っている。有り難う、香穂子」 吉羅はこのまま抱き締めたいと思いながら、香穂子からそっと離れた。 もう少し抱き締めていたかったがしょうがない。 香穂子を離すと、吉羅はベッドから出て、手早く衣服を身に着ける。 そっと寝室を出て、書斎へと向かった。 ひととき仕事を頑張れば、また香穂子の甘い肢体を思う存分楽しむことが出来る。 吉羅は、愛する者のために、更に仕事を頑張らなければならないと思った。 吉羅がベッドから出て行ってしまうと、心地好いまどろみが途切れてしまう。 香穂子は目が覚めてしまった。 吉羅が戻って来てくれるまでは、恐らくきちんと眠ることが出来ないだろう。 ならば、真夜中のティータイムも良いかもしれない。 香穂子はパジャマを身に着けると、ベッドから出た。 書斎を覗くと、吉羅が仕事をしているのが見える。 仕事をしている吉羅を見るのは、高校生の頃から大好きだった。 吉羅が仕事をする姿は、本当に素敵だ。 うっとりとすると言っても良かった。 吉羅が仕事に集中が出来るように、香穂子はほんの少しだけ手伝おうと思った。 吉羅のために、紅茶を用意する。 これなら吉羅も大丈夫だろう。 香穂子は自分にはミルクティーを、吉羅にはストレートを淹れる。 吉羅が気持ち良くいられるようにと、香穂子は美味しくなるように魔法をかける。 想いを込めれば、きっと魔法はかかると、香穂子は思っていた。 紅茶を淹れて、香穂子は吉羅の書斎に運ぶ。 書斎のドアをノックして、香穂子はそっと開いた。 「…暁彦さん…、紅茶はいかがですか?」 吉羅はゆっくりと振り返る。 「お邪魔でなければ」 「有り難う。頂こう」 「はい」 吉羅がフッと微笑みながら答えてくれたのが香穂子は嬉しくて、つい笑顔になった。 「どうぞ」 「有り難う」 吉羅のそばに紅茶を置く。 「お仕事の邪魔をしないようにしますから、お茶を飲み終える間、こちらにいても構わないですか?」 「ああ。ゆっくりとしなさい」 「有り難う」 香穂子は、吉羅の仕事に支障がない程度に、少し離れたソファに腰を掛けた。 こうして吉羅を見守るような位置でいられるのは、香穂子にとっては心地が良かった。 吉羅が仕事をする姿は、なんて素晴らしいのだろうかと思わずにはいられなかった。 香穂子がカフェインフリーの紅茶を淹れてくれた。 その気遣いが吉羅には嬉しかった。 このままだと仕事がかなり捗って、予定よりも早く終わることが出来るだろう。 これには吉羅も有難く思った。 「香穂子、君は先に寝ても良かったんだが…」 「暁彦さんがいないと、上手く眠れないみたいです」 香穂子は苦笑いを浮かべると、紅茶に口付ける。 その笑みと仕草が、かなり可愛い。 今直ぐにでも抱き締めてしまいたくなるぐらいの愛らしさだ。 「…じゃあ眠くなるまでここにいるかね…?」 「…はい」 眠くなるまでそばにいてくれる。 こうして寄り添ってくれるのが、吉羅には嬉しかった。 「深夜のティータイムなんて結婚したからこそ出来ることですね。暁彦さんの妻の特権かな?」 香穂子は幸せそうにくすりと笑うと、紅茶を啜っていた。 「そうだね。こうして君と真夜中のティータイムが出来るのは、夫としての特権だと思うよ」 お互いに素晴らしくて甘い時間を過ごすことが出来る。 こんなにも素晴らしい時間はないのにと、思う。 香穂子がほんの近くにいる。 それだけのことなのに、とても幸せなことだと思った。 吉羅が仕事をしている姿を見ながら飲む紅茶は、なんて美味しいのだろうかと、香穂子は思った。 このまま仕事が終わるまで、香穂子は一緒にいたいと思った。 吉羅のそばにいれば、それだけで幸せだった。 香穂子とほんわかとした時間を過ごすことが出来た。 香穂子がそばにいてくれているだけで、かなりのスピードで仕事を片付けることが出来た。 いかに香穂子効果が高いかをしらしめられる。 いつもよりも短い時間で、予定以上の仕事をこなすことが出来た。 今夜はもう切り上げても大丈夫だ。 「香穂子、仕事は終わった。ベッドに戻ろうか」 「はい」 香穂子が吉羅を潤んだ瞳で見つめてくるものだから、愛しくてそのまま抱き締めてしまう。 「…君の甘さを堪能しないと、どうやら私は眠れないようだね」 香穂子がくすりと笑うと、吉羅はその甘い躰を抱き上げる 吉羅はそのまま香穂子をベッドに連れていくと、熱くて幸せな時間を過ごすために抱き締めた。 愛し合った後、ふたりは今度こそ優しい温もりに包まれる。 お互いに幸せなまどろみに包まれながら、心地好く目を閉じた。 「愛しているよ」 吉羅は甘く囁くと、更に深く抱き締める。 香穂子といれば、こんなに幸せな時間を共有することが出来る。 これからもずっとこの幸せが共有出来るのが、吉羅にとってはなによりものことだった。 |