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帰る前に、ふたりは教会に立ち寄ることにした。 昨日、ふたりでキスをした教会だ。 生涯、忘れることが出来ない教会になるだろう。 中に入ると、誰もいない。 ふたりは手を繋いだままで、ゆっくりと宣誓台に歩いていった。 「暁彦さん、私…ここを一生忘れません。大好きなひとと初めてキスをした場所ですから…」 「私も、ここが運命を変えてくれたところだと思っているよ」 ふたりは昨日の夕刻と同じように見つめあうと、ゆっくりと唇を重ねあった。 きっと神様が一生離れないようにしてくれるだろう。 香穂子は背伸びをしてキスを受けながら、強く愛を感じる。 きっと大丈夫。 神様に守られているのだから。 教会から出た後、車に乗り込んで、横浜へと向かう。 もう少し吉羅と一緒にいたいが、致し方がない。 計画よりも長く一緒にいることが出来たのだから。 車が出ると、流石に寂しい気分になった。 その切なさが伝わったからか、吉羅はフッと優しい笑みを浮かべてくれる。 「また、何時でも来られるから」 「はい。そうですね。また、いつでも来られますね。ここなら」 香穂子は気持ちを切り替えて、横浜までのドライブを楽しもうと思った。 暫く走って、ドライブインのレストランで軽く昼食を取る。 そこにも名物のソフトクリームが売っており、香穂子は思わず吸い寄せられる。 「暁彦さん、ソフトクリームだよ」 「君は…全く懲りないね」 吉羅は苦笑いを浮かべると。香穂子の髪をくしゃりと撫でる。 「今日だけは許せないからね。ソフトクリームは禁止だ」 「はい…」 やはりソフトクリームを止められてしまった。 香穂子は溜め息を吐きながら、吉羅を恨めしい気持ちで見上げた。 「アイスクリームの美味しい店に連れて行くから我慢しなさい」 吉羅はまるで小さな女の子に言い聞かせるように言うと、なだめるように香穂子の手を握り締めた。 「香穂子、子どもをふたり面倒をみるのは困るから、もう少しばかり君には大人になって貰わなければならないね」 「…解りました…」 香穂子は、子ども扱いをされるのが哀しくて、少しだけ肩を落とした。 「君が母親になる日は、もうそう遠くはないんだからね。気をつけたまえ」 「…え?」 子どもの母親になる。 その言葉を言われて、香穂子はようやく、吉羅が言った意味を解する。 香穂子が驚いたように口を開けていると、吉羅はフッと笑った。 「私の子どもの母親は、君以外には考えられないんだけれどね。ファータのことを解ってくれるのは君だけだからね。そして私がこころから恋をしているのもね…」 「…暁彦さん…」 吉羅は香穂子を抱き寄せながら、ゆっくりと車まで歩く。 「子どもと奥さんが同じようになると、可愛いが、私も色々と困ってしまうからね」 「…そうですね。気をつけます」 香穂子は真っ赤になりながら、いつか吉羅とふたりど子どもといるシーンが思い浮かんで、甘いときめきを感じていた。 そこからは横浜までのドライブになった。 吉羅とはずっとそばにいたい。 だが、お互いの帰るべき場所に帰らなければならない。それが少しだけ切なかった。 間も無く横浜にさしかかろうとした頃、離れたくない余りに泣きそうになった。 前よりもずっとずっと吉羅のことを好きになってしまっている。 こんなにも好きになるなんて、思ってもみなかったほどに好きだ。 抱かれたことで、益々愛が深くなるのを感じた。 横浜に近付くにつれて、吉羅は六本木の自分の家に連れて帰りたくなる。 このまま六本木方面に車線変更をしたくなった。 香穂子を抱いてから、益々愛しくなる。 本当に好きで好きでしょうがない相手だ。 こんなにも愛しいと思った相手は、他にいないかもしれない。 香穂子をちらりと見ると、とても切なそうな顔をしている。 恐らくは吉羅と同じ気持ちなのだろう。 だが、今後、香穂子を連れ出すためにも、両親には信頼を売っておかなければならない。 それは絶対だ。 吉羅は車線変更したいのを何とか踏みとどまり、元町で高速を下りた。 香穂子から切ない溜め息が聞こえる。 「…私も君を離したくはないが、今後、君と週末をずっと過ごすためにも、ご両親にはきちんとしたところを見せておかなければならないからね。今夜は済まないが、家に送るよ」 「…暁彦さん…。有り難うございます…。私もわがままばかりだとダメですね…」 香穂子は穏やかな笑みを反省するように浮かべると、吉羅を見つめた。 車はやがて香穂子の家の近くにやってくる。 ギリギリのところで止めると、吉羅はギュッと抱き締めてキスをした。 「…有り難う、香穂子」 「私こそ有り難うございます。最高の二日間でした…」 香穂子は今にも泣きそうな顔で言うと、吉羅に軽く抱き付いた。 車を出して、いよいよ日野家へと向かう。車を家の前に停めると、助手席のドアを開けた。 「おやすみ。また明日」 「はい。また、明日」 香穂子が車を降りたタイミングで、吉羅は車を発車させる。 切ない幸せが胸を貫いた。 翌日、香穂子はひとりで彼と対峙することにした。 「…本当にごめんなさい…。私…、あなたとはお付き合いは出来ません…」 否定されるのは覚悟の上で、香穂子は深々と頭を下げて謝った。 だが彼は、穏やかだった。 「…解っていたよ。君をずっと見ていたから、君が誰を見ていたか、僕には解っていたんだ。だから、謝らなくて良いよ。君が素直に好きなひとと一緒にいてくれて幸せなほうが、僕は嬉しいから」 彼は悔しさと諦めが滲んだ表情をすると、香穂子を見つめた。 「…僕は君に幸せな笑顔をさせてあげることが出来ないから…。君が…理事長を見つめていたり、理事長と一緒にいる時は、いつも幸せそうに笑っているだろう? 悔しいけれど、僕にはそんな顔をさせてあげることが出来ないから…。それに僕は、君が理事長に恋をしている姿が好きだったからね…。だから、君も幸せになって」 彼はしょうがないとばかりに自嘲気味に笑うと、頭を下げた。 「僕と付き合ってくれて有り難う」 「こちらこそ有り難う」 香穂子は、自分はなんて身勝手なのだろうと思いながら、泣きそうになった。 彼は振り返ることなく、そのままゆっくりと歩いていく。 その後ろ姿を見つめながら、香穂子は涙がこぼれ落ちた。 わがままに付き合ってくれて有り難うと、こころから思いながら。 「…香穂子…」 様子を見ていた吉羅が静かに横にやってきて、そっと手を握り締めてくれる。 その手が温かくて柔らかい。 「…彼に感謝しないとね。それ以上に、私たちも幸せにならなければと思うよ」 「…そうですね…。幸せになりましょう」 吉羅は香穂子の手の甲を愛しげに親指で撫で付けると、甘いまなざしを向けてきてくれた。 「…香穂子…、君を愛しているよ。未来永劫離さないから、そのつもりで」 「私も未来永劫離れませんから」 香穂子が力強く言うと、吉羅はフッと微笑む。 「君に飢えているんだ…。仕事が終わったら共に過ごさないかね? 新しい私たちの始まりをお祝いするためにも…」 「…はい。喜んで」 香穂子が吉羅だけにとっておきの微笑みを浮かべると、吉羅もまた香穂子にしか魅せない笑みを浮かべてくれる。 甘くて幸せで、少し切ない想いを浮かべながら、ふたりは新しい一歩を踏み出した |