*恋に溺れて*


 久しぶりに腕のなかに閉じ込めた恋人の温もりと柔らかさに、吉羅は酔っ払ってしまいそうになるぐらいに幸せな気分を味わっていた。
 こんなにも愛しい感覚を味合わせてくれる女性は、他にいない。
 躰を重ねることなんて、今まではタダの欲望のはけ口に過ぎなかった。
 吉羅にとってのセックスは、割り切れるひと時の快楽に過ぎなかった。
 自分に本気にならない、関係を割り切ることが出来る相手だけを、今まで選んできた。
 だが、日野香穂子だけは違った。
 初めて心底欲しいと思った相手だった。
 初めて大切に恋情を育みたいと思った相手だった。
 愛とは、ひとを愛することがどのようなことであるかを、香穂子に教えて貰ったのだ。
 生涯大切にしたい。
 いや、たとえこの命が消えたとしても、大切に見守りたい相手だった。
 香穂子の滑らかな肩に唇を寄せる。
 シルクのような肌触りの弾力のある肌に、吉羅は溺れてしまいそうになった。
 吉羅が香穂子の肩にキスをしていると、夢見るように恋人の瞳が開かれた。
「…暁彦さん…」
 ふたりだけの時だけは、こうして名前で呼んでくれるのが嬉しい。
 吉羅はフッと微笑みながら、香穂子を更に強く抱き寄せた。
「…今日はかなり無理をさせてしまったね。躰は大丈夫かね?」
「気怠いですが…気持ちが良い気怠さですから、大丈夫ですよ…」
「そうか…」
 吉羅がむき出しの背中を撫でると、香穂子は心地良さそうに吐息を漏らす。その微かな声がとても艶やかだ。
 吉羅はもっと聴きたいとすら思う。
 香穂子を強く抱き寄せて、背中の窪みを撫でれば、こちらがうっとりとしてしまうような吐息を漏らしてくる。
 こうなってしまうと、欲望は止められなくなる。
 自分では性愛に対する欲望なんて人並み以下だと思っていた。
 しかし、香穂子と出会ってから、欲望が誰よりも強いことを知った。
 今まではただ欲望のはけ口に過ぎなかったからだろう。
 だから特に欲しいとは思わなかったのだ。
 将来的には性愛など必要なく生きていけると思っていたのに、香穂子と出会ってそれが崩れてしまった。
 彼女以上に愛せる女は他にいないとすら思う。
 逢えば抱きたくなる。
 独占したくなる。
 ようやく手に入れた至極の恋人だからだろうか。
 こうして肩のラインに唇を落としていると、欲望が躰の奥から込み上げてきて、吉羅を狂わせる。
「…香穂子、構わないかね…?」
「…大丈夫だと…思います…」
 香穂子ははにかみながら答えると、吉羅を受け入れてくれる。
 いつもそうなのだ。吉羅が望みさえすれば、香穂子は肌を許してくれる。
 初めて香穂子を抱いた時、吉羅は夢中になる余りに気遣うことすら出来なかった。
 香穂子は初めてで、リードしてやらなければならなかったのに、そんな余裕すらなかった。
 今だってそうだ。
 吉羅は完全に香穂子に溺れてしまっている。
 それは覆すことが出来ない事実だ。
 吉羅は香穂子を抱き締めると、そのまま官能の縁に墜ちて行く。
 どうしようもない程の快楽を求めて。

 吉羅に抱き締められていると、他には何もいらなくなる。
 このまま抱き締められていたい。
 こんなにも幸せな温もりは他にないと、香穂子は思う。
 うとうとしていると、吉羅はゆっくりと肩のラインにキスを落とす。
 滑らかなキスが気持ち良くて肌が沸騰するのを感じた。
 こんなにも気持ちが良いキスは他にない。
 吉羅に抱かれてから、性愛の素晴らしさを知った。
 こうして躰で愛し合う行為に溺れてしまう。
 セックスなんて自分には関係ない恥ずかしいことだと思っていた。
 だが、吉羅に出会って変わってしまった。
 吉羅に抱かれてからというもの、このひと時の気怠い幸せがとても愛しい。
 逢えば抱かれたいと思ってしまうのは、相手が吉羅だからなのだろうと、香穂子は思っている。こうして抱き 締められてキスをされるだけで、感じてしまうのだから。
 もっと吉羅の艶やかさを感じたくて、香穂子は夢見るようにゆっくりと目を開ける。
 すると吉羅が官能的な瞳で見つめてくれているのが見えた。
「…暁彦さん…」
 その名前を呼ぶと、吉羅は逞しい腕でしっかりと抱き締めてくれた。
 その強さが、香穂子にとっては、気持ち良い。
「…今日はかなり無理をさせてしまったね。躰は大丈夫かね?」
「気怠いですが…気持ちが良い気怠さですから、大丈夫ですよ…」
「そうか…」
 吉羅がむき出しの背中を撫でると、香穂子は心地良い吐息を漏らす。
 こうして触れられると、本当に幸せだ。
 ようやくそばにいることを許してくれた、香穂子にとっては至上の恋人。
 ずっと背伸びをしていると思い続けていた。
 ずっと手の届かない存在だと切なく思っていた。
 だが、それは杞憂に過ぎないことを、吉羅は教えてくれた。
 こうして躰に刻み付けるように。
 吉羅は本当によくモテる相手であることは、香穂子も充分過ぎるほどに解っていた。
 綺麗な女性ばかりが吉羅のそばにいたせいか、どうしても自信が持てなかった。
 それでも、コンクールに優勝して、告白をしようとしたところで、逆に告白をして貰った。
 これ程嬉しいことは他になかったのを覚えている。
 それから直ぐに躰で愛し合う関係になり、本当の意味で“恋人同士”になった。
 経験のない自分には、吉羅は満足しないのではないかと切なく思った。いや、今も思っている。
 あの時は、吉羅が上手くリードをしてくれたから、何とかなったが、今もその状況から余りにも変わってはいない。
 こうして今も吉羅に完全にリードして貰っているのだ。
 こんな自分には取り立てて魅力などありはしないのに。
 いつか吉羅を他の女性に奪われてしまうかもしれないという危惧は、香穂子からは完全に拭い去ることは出来なかった。
 無防備な肌に吉羅のキスが舞い降りてくる。
 ふわふわとした感覚に、香穂子は溺れてしまいそうになった。
 このまま酔い痴れてしまえれば良かったのに。
 吉羅が欲しい。
 先程まであんなにも激しく抱かれたというのに、また抱いて欲しくなる。
 全く吉羅中毒だと、香穂子は思った。
「…香穂子、構わないかね…?」
 吉羅の声に、待構えていた欲望が小躍りする。
「…大丈夫だと…思います…」
 香穂子は欲望の強さが恥ずかしくて、はにかみながら答えると、吉羅を受け入れる。
 いつもそうなのだ。吉羅が望みさえすれば、香穂子は肌を許す。
 そうしたいと思う程に、吉羅のことを求めていた。
 こんなにも吉羅が欲しい。
 こんなにも溺れたいと思う欲望が、香穂子の躰の奥からアドレナリンを放つ。
 香穂子は吉羅を抱き締めると、欲望の世界へと墜落していった。


 何度愛し合ったか分からないほどに、愛し愛された後で、ふたりは寄り添って眠る。
 それがとても幸せだ。
 こんなに心地好いまどろみや眠りは他にない。
 もしこのままこの世に終わりが来たとしても、このままでいられるなら満ち足りる。
 お互いの“好き”を肌の熱に、想いに忍ばせながら、ふたりは夢を見る。
 この幸せが永遠に続きますように。
 そして、お互いにずっと一緒にいられますように。
 願いが重なり、ふたりの幸せと充足感は最高潮になっていた。



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