*優しい嫉妬*


 吉羅と待ち合わせをするために、香穂子はカフェでゆっくりとお茶を楽しんでいた。
 勿論、甘いケーキも欠かせないアイテムになっている。
 元町ロールを食べながら、大好きなひとを待つのは、なんて幸せなのだろうかと思った。
 カフェのドアが開き、誰かがやってきた。
 一瞬、吉羅だろうかと思ったが、違っていた。
 いや。ある意味吉羅と近い人物だ。
「こんなところで逢うなんて奇遇だ」
 声を掛けられて、香穂子はふわりとした笑みを浮かべた。
「衛藤君!」
「ひとり?」
 衛藤の声掛けに、香穂子は軽く頭を横に振った。
「待ち合わせをしているんだ」
 ついほんのりと頬を赤らめてしまい、衛藤に邪推するようなまなざしを向けられる。
「…カレシ?」
 少しだけ衛藤の声が低くなったのに気付くことなく、香穂子は耳まで真っ赤にさせた。
 これなら言葉にしなくても、答えているようなものだ。
「…そっか…。それって学院関係者?」
 まるで天羽のように色々と訊いてくるものだから、香穂子は困ってしまう。
 思い切り学院関係者で、しかも衛藤とはかなり近い間柄のひとだなんて言えやしなかった。
「…それはそうなんだけれど…その…」
 上手く伝えることが出来なくて、香穂子はもどかしさを感じてしまう。
「なんだ、歯切れ悪いな」
 衛藤は少しムッとしたように言うと、香穂子の前に座ってしまった。
「…待ち合わせの相手が来るまで、付き合うよ」
 結構だなんて言えない。たいせつなひとの従弟だから。
 香穂子はすっかり困り果ててしまい、衛藤に話題を変えるように仕向ける。
「衛藤君も待ち合わせ?」
「まあ、そんなところ。新しいCDの企画があって、ここで話を聞くことになっている。ここは待ち合わせには無難だし、雰囲気も打ち合わせにあっているしね」
 衛藤の言葉を聴きながら、香穂子は次からはここの待ち合わせは拙いことを悟った。
「…誰が来るんだろうね? 君が頬を染めて待っている相手…なんて…興味があるけれどね。俺よりも下の相手だったら…」
「…え?」
 珍しく衛藤の言葉尻が曖昧になり、香穂子は思わず訊き返した。
「何でもない」
 衛藤は素っ気無く言うと、コーヒーを注目する。
「俺とこうしていたら相手は妬くかな?」
「…さあ…」
 香穂子は何気なく言いながらも、内心は気が気でない。
 吉羅のことだ。
 確実に甘い“お仕置”が待っていることは、間違いはない。
「…表面上は…ないとは思うんだけれど…」
 香穂子が曖昧に言うと、衛藤は訳が解らないとばかりに眉を上げた。
 何だかこうしていると落ち着けない。
 これ以上は根掘り葉掘り訊かれたくはないと思っていたところで、カフェのドアが開いた。
 そのタイミングで、香穂子も衛藤もドアに注目をする。
 現われたのは吉羅だ。
「「暁彦さん…!」」
 香穂子と衛藤の声が見事にハモってしまい、吉羅は僅かに眉を上げた。
 いつものようにクールな雰囲気を滲ませてはいるが、香穂子には解る。
 吉羅はそこはかとなく怒っている。
 後の“お仕置”を考えるだけで、躰が甘く震えた。
「…まさか、待ち人って暁彦さん…!?」
 衛藤は驚いたように香穂子を見ていたが、香穂子は何も答えることが出来なかった。
「待たせたね、香穂子」
 吉羅は香穂子に声を掛けた後、ちらりと牽制するように衛藤を見やる。
「…桐也…、どうしたのかね?」
 吉羅の視線の鋭さに気付いたのか、衛藤はコーヒーを飲み干すと、席を立つ。
「たまたま日野さんを見掛けたから、挨拶をしていただけ。まさか、待ち合わせの相手が暁彦さんだとは思わなかったけれどね」
 衛藤は少したじろいでいるようだったが、動揺は隠しているようだった。
「…お前はここで誰かと待ち合わせでもしていたのかね?」
「…ああ、レコード会社のひとと打ち合わせをするんだよ。で、たまたま日野さんを見掛けて声を掛けたわけ」
「そうか…」
 吉羅は軽く溜め息を吐いた後、衛藤を威嚇するように見た。
「…香穂子の退屈凌ぎをしてくれたようだね。有り難う。私達はこれから私の自宅に向かう。行こうか、香穂子」
 見事に威嚇をした後、吉羅は香穂子に手を差し延べる。
 ちらりと衛藤を見つめたまなざしは、完全に敵視していた。
 いくら従兄弟といえど、香穂子が絡めば別物なのだろう。
 そこまで愛されているのが、くすぐったくなるほどに誇らしい。
 香穂子は吉羅の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「衛藤君、有り難う。お陰様で楽しい時間を持てました」
 香穂子はふわりとした笑顔で、なるべく衛藤のこころを和ませる。
「ではまたな桐也」
「またね、衛藤君」
 吉羅は香穂子の手をこれみよがしにしっかりと握り締めると、スマートにカフェを後にした。
 カフェを出てからも、衛藤がこちらを見ているのが解る。
 香穂子が気付いたということは、吉羅もとうに気付いており、香穂子を躰に抱き寄せてきた。
 そうしてくれるのはとても嬉しいが、やはり恥ずかしい。
「…暁彦さん、ひとが見ています」
「構わない。見せつけてしまえば良いんだ」
 吉羅はキッパリと言うと、ほんの一瞬、香穂子の唇を奪う。
 誰も気付いてはいないだろうが、それでも香穂子はかなりドキドキした。
 衛藤には確実に気付かれているだろうから。

 吉羅の牽制と威嚇ぶりに、衛藤は肝が冷えるのを感じた。
 空笑いすら出来ない。
 吉羅がクールで、女性に対しても執着を見せない男だと、ずっと思っていた。
 だが、実際にはこころから愛する相手を見つけてしまうと、そうではないことに衛藤は気付いた。
 しかもかなりの独占欲だ。
「…しかし、あの暁彦さんがね…。そうさせた彼女は、物凄い女性なんだろうね…」
 感心すると同時に、とてつもないショックを覚える。
 相手が従兄の吉羅でなければ、諦めることはなかったが、あの威嚇ぶりではダメだ。
 諦める以前に、勝ち目がない。
 衛藤は再び溜め息を吐くと、香穂子が吉羅のもので有る限りは手出し出来ないと感じていた。
「…暁彦さんのものでなくなるなんて日は来ないんだろうな…」

 吉羅の車に乗り込み、香穂子は甘い吐息を吐く。
 吉羅は車に乗り込むと、直ぐに香穂子を抱き寄せてきた。
「…暁彦さん…っ!」
 吉羅は香穂子の首筋に唇を近付けると、思い切り吸い上げてくる。
 香穂子が甘い声を上げて肌を震わせると、吉羅は首筋から唇を離した。
「…暁彦さ…ん…」
 吉羅は香穂子を見つめると、スッと目を細めた。
「いつも君には、こうして男避けを刻んでいるのだがね、桐也のように無視をする輩が出て来るから、気をつけなければならないね…」
 吉羅は低い声で言うと、香穂子をそっと抱き寄せた。
「…暁彦さん…」
「桐也にはきちんと君が私のものだということを示しておかないとならないからね。調子に乗られては困ってしまうからね」
 吉羅はキッパリと言うと、香穂子を真直ぐ見つめる。
 珍しい吉羅のあからさまな嫉妬に、香穂子は思わず笑顔になった。
「…私には暁彦さんだけです」
 はにかんだ表情で呟くと、吉羅は困ったようにフッと微笑む。
「…君は本当に…なんて可愛いんだろうね…」
 吉羅は柔らかく呟くと、香穂子の背中を優しく撫でてくれた。
「…うちに行ったらたっぷりと堪能させて貰うからそのつもりで…」
「はい…」
 ほんのりと笑うと吉羅もまた微笑み返してくれる。
 幸せ過ぎる気分に、香穂子はにっこりと微笑んだ。



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