*眠れぬ夜のために*


 夜は大好きで、大嫌いだ。

 美しい夜空を見上げるのはとてもロマンティックだけれども、同時に、闇の恐さも感じる。

 闇の孤独と呑まれてしまうのではないかと思う底なしの恐怖。

 それと同時に、闇の優しさも感じるのだ。

 総てを優しく包み込んでくれるような大きな安堵が、疲れを取ってくれる。

 特に大好きなひとと一緒に眠る幸せは、言葉では表すことが出来ないぐらいに幸せで、ロマンティックな気分になれる。

 これ以上ないぐらいに幸せな気持ちでいられるのだ。

 愛するひとの温もりを躰で受け取りながら眠る幸せ。

 満ち足りていて幸せで堪らない眠り。

 こんなにも満たされていたら、安心して眠ることが出来る筈なのに、眠れない夜もある。

 愛するひとだけが眠っていて、自分だけが眠れない夜は、特に切なくて堪らなくなる。

 泣きたくなるぐらいの孤独と切なさで、不安になって満たされない時間が続く。

 そうすると余計に眠れなくなってしまう。

 どうか。

 どうか、愛するひとが、目覚めて、物語や子守歌を紡いでくれたら良いのにと思わずにはいられなくなる。

 

 吉羅にロマンティックに愛されて、まるでお姫様にでもなったような気持ちになりながら、眠った。

 漂うように眠っていたのに、ふと目が覚めてしまった。

 甘くて気怠い感覚が、未だ残っている。

 香穂子は思わず甘く声を乱すように息を吐いた。

 ドキドキが止まらなくて、よく眠れない。

 香穂子はそっとベッドから抜け出すと、キッチンに水を飲みに行った。

 喉がカラカラになってしまったから、目覚めてしまったのだろうか。

 そんなことをぼんやりと思いながら水を飲み終わった後、いきなり背後から抱き締められた。

「……あ……」

 吉羅の唇が首筋に感じて、つい掠れるように甘い声を出してしまった。

「どうしたんだ? 君がベッドにいないから、目が覚めてしまったよ」

 吉羅は甘くて低い声で囁くと、香穂子を離さないように更に強く抱き締めてくる。

「…喉がからからになってしまって…。水を飲んだら、直ぐに戻ろうと思っていたんですけれど…、暁彦さんを起こしてしまったみたいですね……」

「ああ。私は君がいないと眠れないからね」

 吉羅はそう言って笑うと、香穂子を軽々と抱き上げる。

「戻ろうか」

「はい」

 ベッドまで運ばれると、香穂子をゆっくりと寝かせてくれる。

 吉羅のパジャマを半分こ。

 香穂子が上をネグリジェのように着て、吉羅が下を着る。

 お泊まりをする時はいつもそうだ。

 ベッドの中にもに入ると、吉羅は香穂子をしっかりと抱き締めてきた。

「……これで眠れるかな?」

「……何だか余計にドキドキしてきました」

 香穂子が苦笑いを浮かべながら言うと、吉羅もまた笑った。

「だったら、余計に眠れなくなった……。ということかね?」

 吉羅はしょうがないとばかりに苦笑いを浮かべている。

 だが、本当のことだ。

「だったら、君が眠れるようになるまで、こうして起きていようか?」

「暁彦さんは眠って下さいね。だって、明日は早いんですから」

「有り難う。だが、君も同じだろう? それに君は、私の睡眠導入剤なんだよ。君をしっかりと抱き締めていないと、私は上手く眠れないんだよ。だから、起きているよ」

 吉羅のさり気ない優しさを嬉しく思いながら、香穂子はつい笑顔になった。

 本当に愛されているのだということを実感することが出来た。

「……有り難うございます。暁彦さん」

「こうしていたら、君もそのうちに眠れるようになるかもしれないからね……」

「そうですね。私も眠れるようになるかもしれませんね……」

 吉羅は香穂子を抱き寄せながら、安心出来るようにと背中を撫でてくれる。

 とても心地好い感覚ではあるけれども、ドキドキもしてしまう。

 ときめきと安堵が交互にやってきて、とても忙しい。

「……君は眠れない夜はどうしているんだ?」

「私は本を読んだり、後はモーツァルトを聴いたりしていますよ。そうするといつの間にか眠れてしまうんですよ。暁彦さんは?」

「そうだね。私は、本を読んだり、モーツァルトを聴いたりするところは君と同じだけれど、違う所は、街の夜景を見たりすることだね」

「小さい頃は、お母さんやお姉ちゃんと手を繋いでお話をしながら眠ったり、お母さんには子守歌を歌って貰ったり、お話を読んで貰ったりして眠っていましたよ。暁彦さんは?」

 一瞬、吉羅は切なそうな遠い瞳をしていた。

 香穂子は直ぐに、吉羅が姉のことを思い出していると気付いた。

「私は、姉さんに手を握って貰ったり、ヴァイオリンを聴かせて貰ったりしていたね……。今はただ懐かしいよ。私を寝かせてくれるのは、母親ではなくて、姉の役割だったからね……」

「そうですか……」

「だけど今は、君を寝かせる係だからね。しっかりとその役割に徹することにしようか」

 吉羅はほんのりとノスタルジックを滲ませながら呟くと、香穂子の瞳を覗き見た。

「どうして欲しい?」

「ジョスランの子守歌を歌って欲しいです……。以前のように……」

「解ったよ。そうしよう」

 吉羅は静かに言うと、優しいリズムで、ジョスランの子守歌を口ずさんでくれる。

 吉羅の声を聴いているだけでうっとりとした幸せな気持ちになる。

 幸せだと、心から感じずにはいられなかった。

 ジョスランの子守歌を歌っている吉羅を、香穂子はじっと見つめる。

 歌い終わると、吉羅は香穂子を見つめて、唇を不意に重ねてきた。

 深い角度で口付けられて、香穂子は一瞬、びっくりしてしまう。

 おやすみのキスとしては全く相応しくないものであったからだ。

 舌を香穂子の口腔内に這わせて愛撫をし、情熱を伝えてくる。

 こんなにも激しいキスは、やはり愛し合う前だけだ。

 息が奪われてしまうと思うぐらいのキスを何度も受けた後、香穂子の唇がようやく解放される。

 ただじっと吉羅を見つめていると、覆い被さるように抱き締められた。

「その潤んだ瞳で君に見つめられてしまうと、流石に私も堪らなくなってしまうよ……」

 吉羅は低く掠れた声で囁くと、香穂子のパジャマのボタンを丁寧な乱暴さで外してゆく。

 肌を曝されると、そのまま吉羅は香穂子を丁寧に愛し始めた。

「……暁彦さん……」

「今度こそはきちんと眠れるようにしてあげるよ……」

 吉羅は甘く囁くと、そのまま香穂子を濃密に愛し始めた。

 

 香穂子を貪り尽くすまで愛した後、吉羅はようやく解放してやった。

 すっかり疲れ果てた香穂子は、すやすやと寝息を立てて、安らかに眠っている。

 その寝顔が、また蕩けるぐらいに可愛いらしかった。

「結局、いつものオチだったね……。君を寝かせるつもりが、また私が我慢出来なくなって、暴走してしまったね……。君のことになってしまうと、私は歯止めが利かなくなってしまうようだよ……」

 吉羅は自嘲気味の笑みを浮かべると、ぷっくりとした愛らしくも艶やかな香穂子の唇にキスをした。

「香穂子、愛しているよ……。今度こそはゆっくりと安らかに眠りなさい……。おやすみ、良い夢を……」

 吉羅は慈しむ声で呟くと、香穂子を思い切り抱き締めて、その温もりを感じる。

 吉羅は目を閉じて、幸せな温もりを全身に感じながら、ホッと深呼吸をする。

 こうしていると本当に幸せで安堵する。

 香穂子をそばに置かないと眠れないのではないかと思ってしまうほどに。

 吉羅は香穂子を抱き締めながら、幸せな眠りに墜ちていった。




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