*夏の休日*


 吉羅の短い夏休みは、僅か三日。しかもビジネスの相手方が休むという理由で休むだけだ。
 とはいえ、思いがけずに吉羅の休みが取れたのは嬉しい。
 だが、世間はお盆休みで、どこに行っても混合っているし、今更、旅行の予約も出来ない。今年は燃料費高騰のせいで都心のシティホテルも人気で、今更、部屋の予約は出来なかった。
「こんなに混合っている時に、わざわざ人込みに出掛けることはなかろう。うちで過ごそう。ふたりでのんびりするのも悪くはないからね」
 確かに吉羅の言葉には一理あり、香穂子は頷くしかなかった。
「その代わり、秋には落ち着くから少しぐらいは旅行に行けるから」
「はい。楽しみにしています」
 本格的な骨休みは秋に置いておいて、香穂子は吉羅の提案に頷くことにした。
 吉羅が迎えに来てくれると言ってくれたが、香穂子は自分で吉羅の家に行くと答えた。
 たまには吉羅にはゆっくりとして貰いたかったからだ。
 麻布十番まで地下鉄で出て、吉羅の家に向かう。
 テレビ局のあたりはかなりの人だったが、吉羅がいる住居部分は静まり返っている。
 住居である高層マンション前まで来ると、ガードマンが香穂子の顔を見て挨拶をしてくれた。
 セキュリティを解除して、吉羅への連絡を通してくれる。
「有り難うございます」
 香穂子は丁寧に礼を言うと、エレベーターに乗り込み、吉羅の住居に向かった。
 吉羅の家のインターフォンを鳴らそうとすると、ドアが静かに開いた。
「…よく来たね、香穂子」
「お邪魔しますね、暁彦さん」
 香穂子をエスコートするように家に上げてくれると、リビングへと導いてくれた。
 いつもならば週末の1日半だけ一緒にいるのだが、今回はまる三日一緒にいられるのが嬉しかった。
 吉羅とふたりでゆっくりとすることが出来るのが嬉しい。
 香穂子はリビングのソファに腰を下ろすと、思わず笑顔になった。
「暁彦さんとこうして一緒にいられるのが嬉しいです。本当は何処でも良かったりするんですよね、私…。暁彦さんさえいれば」
 本当に、吉羅さえいれば、香穂子は何もいらなかった。
 香穂子が素直に自分の気持ちを告げると、吉羅はフッと甘い笑みを浮かべて、抱き寄せてくる。
「君はどうしてそう可愛いことばかりを言って、私を惑わせるのかね?」
 吉羅に耳たぶに甘く口付けられて、香穂子は心臓がおかしくなるのではないかと思った。
「…昼間から…とは思ったが、君を愛さずにはいられなくなるじゃないか…」
 吉羅はそのまま唇を重ねると、香穂子のワンピースを脱がしにかかる。
「あっ、あのっ! ま、まだ昼間だし、ランチも済んでないし…っ」
「君が可愛いことを言うから悪いんだよ…。こうしてゆっくりとしていると、昼間から…なんて気にならなくなる…」
 吉羅はワンピースを脱がした後、そのまま香穂子を抱き上げると、ベッドに連れて行かれてしまった。

 気怠い感覚にぼんやりとしながら、香穂子は吉羅に抱き締められていた。
「君への欲望だけは、いつも我慢が出来ないからね…」
 吉羅のストレートな言葉に、香穂子ははにかむように見つめる。
「何か食べたいものでもあるかな? お嬢さん?」
「…カフェであずきの焼菓子を食べたいです」
「ああ。それはデザートということにして、メインは何を食べたい?」
「パスタが良いです」
「じゃあ食べに行こうか?」
 吉羅は香穂子を抱き締めたままで、そのまま躰を起こしてくる。
「ふたりだけの時間だ。のんびりとゆっくりと過ごそう」
「はい、有り難うございます
 吉羅は香穂子の額にキスをすると、先にベッドを出て、素早くバスローブを羽織ってバスルームへと行ってしまった。
 吉羅がバスルームから出て来た後、香穂子は慌てて入っていく。
 シャワーを浴びながら、こんなにも気怠い幸せはないのではないかと思う。
 吉羅がプレゼントしてくれたバスローブに身を包んで、ほわほわと幸せな気分に浸る。
 先ほど吉羅に取り払われた服を身に着けて、リップグロスだけをつけて完成だ。
 髪はあげようとしたが、首筋に沢山痕を着けられてしまい、結局は出来なかった。
「お待たせしました」
 香穂子がパウダールームから出ると、吉羅はそっと抱き寄せてくる。
「行こうか。軽めの食事をして、君の好きなデザートでも食べようか」
「有り難うございます。嬉しいです」
 香穂子が幸せな笑みを浮かべると、吉羅もまた薄く笑ってくれた。

 商業施設がひしめきあう部分に出て、ふたりは手を繋ぎながら歩く。
 こうしているだけで、とても幸せで満たされた気分になる。
 吉羅は白いシャツにジーンズというシンプルなスタイルなのに、いつも以上に艶やかだった。サングラスが整った鼻や唇の綺麗さを助長しているような気がした。
 思わず見惚れてしまう。
 じっと見ていると、吉羅が不思議そうに見つめ返してきた。
「…どうしたのかね?」
「…暁彦さんが素敵だなって思っただけです」
 照れたように言って俯くと、吉羅は手を更に強く握り締めてきた。
「…君は全く…。このまま家に帰りたくなるだろう?」
 吉羅は苦笑いを浮かべながら、イタリアンレストランへと香穂子を誘った。

 パスタはいつも通り美味しくて、香穂子は幸せな気分でにこにことしてしまう。
 パスタを食べた後、展望台に昇って、定番すぎるデートを楽しんだ後で、和菓子で有名な老舗が展開しているカフェに入った。
 ここは静かで、一瞬、都心なのかと思ってしまう。
 夏の眩しくて何処か気怠い切なさがある陽射が、窓越しに入ってきて、とても気持ちが良かった。
 吉羅の家からも近いこともあり、よくここを使っている。
「君はいつもので良いね?」
「はい」
 ここで食べるスウィーツは、和菓子と洋菓子の融合で、とても素敵だと思う。
 こうして大好きな男性と、甘いスウィーツがあれば、世界で一番幸せなのではないかと思ってしまう。
「世界で一番の幸せ者の気分ですよ。本当にのんびりとしていて、最高の休日です」
 香穂子はうっとりと外を眺めながら、くすりと微笑んだ。
 こんなに素敵な瞬間は、他にない。
 外には小さな子どもが楽しそうに走っているのが見えて、香穂子は更に幸せな気分になった。
「可愛いですね。ああやって走り回っている子どもは…」
 にっこりと笑いながらスウィーツを頬張っていると、吉羅が不意に手を握ってきた。
 突然のことに、香穂子は驚いて顔を上げる。
 ひとが見ている店の中で、こうして手を握り締めてくれるのはとても珍しかった。
「暁彦さん…?」
「…甘いものを食べたら、うちに帰ろう」
 吉羅は低い声で言いながら、香穂子の手を放そうとはしなかった。
 手からは、“早く帰ろう”という気持ちが伝わってくる。
「…はい。そうですね」
 香穂子は残りの焼菓子と紅茶を手早く食べて飲んだ。
 吉羅は焼菓子をテイクアウトしてくれ、そのまま家へと連れて行ってくれる。
「…家には食材を買い込んであるから、困らないだろうからね。君を閉じ込めたくなった…」
 吉羅はそう言いながら、セキュリティを解除する。
 部屋の中に入るなり、吉羅は抱きすくめてきた。
「…香穂子、私は…、君が子どもを見るまなざしを見て、子どもが欲しくなった…」
「…暁彦さん…」
「休み中、君を独占して、君との子どもを得たい…。これ以上に美しい君を独占する方法はないかと思うがね…」
「…私も…暁彦さんの赤ちゃんが欲しいです…」
 香穂子は甘く呟くと、そのまま吉羅を抱き締める。
 利害が一致したふたりは、再び気怠い幸せに酔い始めた。


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