「桜綺麗になって来たよな」 「そうだね。桜は潔いところが良いんだよねー」 坂を下りながら、ふたりはちらちらと咲いている桜を見ながら、甘い幸せな気分になった。 「香穂、桜でも見に行くか」 「あっ! 良いな! お弁当を持ってね。私が作るよ…!あっ!梁太郎くん、お料理上手かったものね」 困ったように苦笑いをすると、土浦は明るく眩しいくらいの笑顔を向けてくれた。 「じゃあお互いに少しずつ持ち寄るか」 「そうだね」 香穂子はほんの少しドキドキしながら、土浦を見つめた。 「頑張るけれど…厳しい採点はなしだよ?」 「どうかな?」 甘く意地悪や笑顔に、香穂子は魅せられながら、少しだけ拗ねてみた。 「だけどお花見は楽しみだね」 「ああ」 爽やかに太く笑う土浦を眩しく思いながら、香穂子は眩しい光に微笑んだ。 いざお弁当を作るとなると、おかずでどうしても入れたいものがあった。 きんぴらごぼう。 無謀だと思いながらも、どうしても作ってみたかった。土浦が得意とする料理で、調理実習のときに食べて 貰って批評してもらったものだ。 その他にはからあげ、春らしい菜の花のサラダ、アスパラとイカを炒めたものなど、花見には良く似合うおかずを選択した。 朝からキッチンで香穂子は呻き声を上げながら、お弁当作りに励んでいた。 「梁太郎くんはお料理が上手だからな…」 土浦よりも上手くいくとは思ってはいない。だが、少しでも美味しく作りたかった。 「あんたも大変だよねー。カレシが料理が上手いと!」 姉はまるで何かアトラクションを見るかのように、香穂子のお弁当作りを見ている。たまにつまみ食いなどをして喜んでいた。 「…うん、まあ、なかなかかなあ…」 香穂子の姉は全種類のおかずを制覇するとばかりに、モグモグと口を動かしていた。 「ホントに、結局は私が手伝うことになるんだから…」 母親は横で唐揚げを揚げながら溜め息を吐く。 「今度ちゃんと手伝うからねっ! お願いお母さんっ!」 「ホントに約束だからね」 母親は溜め息を吐きながら、料理を作っている。香穂子はきんぴらごぼうに総ての精神を注ぎ込むような勢いで、作り続けた。 時間ギリギリのところできんぴらごぼうが出来上がり、香穂子は慌てて詰める。 「…味よりも見た目重視、見た目重視!」 「もう失礼しちゃうわね、香穂子!」 母親が憤慨するのを苦笑いしながら、香穂子はお弁当に飾りなどで彩りを添える。見た目で美味しそうに見えてホッとした。 「これで出来上がったかな。うん! 見た目と匂いは合格だねっ!」 「見た目と匂いは余計よ。私が手伝ったんだから美味しいのに決まっているの」 「ま、そういうことにしておきます」 母親に意地悪に笑うと、香穂子は頭を軽く小突かれてしまった。 テンションが高まっていく。 土浦とのデートだから余計だろう。ドキドキが止まらなくて、香穂子は落ち着かせるために、結局はヴァイオリンを持って行くことにした。 土浦との待ち合わせ場所に急ぐ。 今日はいつも以上にお洒落をしたつもりではある。ほんのりと桜色のリップクリームをつけて、淡いピンクのワンピース。柄じゃないのは自分でもよく解っているつもりではあるが、それでも大好きなひとの前ではお洒落はしたいものだ。出来れば可愛いと言ってもらいたい。 香穂子はスカートの裾をふわふわと翻しながら、土浦の元に駆けて行った。 土浦はジーンズにパーカーといった、ラフで体育会系のスタイルだ。体躯が良いので、どのようなスタイルでも似合っていた。 「梁太郎くん! お待たせ!」 土浦は真っ直ぐと香穂子を見つめる。一瞬柔らかくなった瞳は、ほんのりと春色に色付いていた。 「香穂!」 お互いにお弁当を持って、花見スタイル万全といったところだ。 土浦は香穂子の姿をじっと見つめる。 情熱的な影と甘さが潜んだ瞳で見つめられると、何だか照れてしまう。ドキドキが激しくなり、香穂子は耳まで真っ赤にした。 「…あ、その、…ま、似合っているって言うか…」 土浦はスポーツマンらしく爽やかに照れてはいるが、香穂子から視線を外さない。 「…有り難う…」 外さない視線にドキドキしながら、香穂子は俯きながら礼を言う。 「あ、香穂、荷物を持ってやるよ。両手が塞がったら動き難いだろ?」 「大丈夫だよ」 「お前が大丈夫でも、俺が困るの」 土浦は先ほどの延長のように照れながら、香穂子から荷物を取り上げる。 「こうしたらお前の手が空くだろ? そうしたら…」 突然、土浦の大きくて逞しい手が、香穂子の手をしっかりと握り締めた。 強さと暖かさに、香穂子の鼓動はマックス値を振り抜く。 甘いのに苦しくて、痛いのに気持ちが良くて…。この感情をなんて表現したら良いのだろうか。 「そろそろこうやって堂々と手を繋いでも構わないだろ?」 「うん…」 香穂子は土浦の手をギュッと握り返す。 手を繋ぐ仕草は、お互いの温度を確かめるにはちょうど良いのだと、香穂子は改めて思う。 少し強い力で手を繋がれると、総てを土浦に預けたくなる。頼りたくなるような力強さだ。 「小学校の近くの桜だよね! 凄く懐かしい。私たちは知らずにあの桜を見ていたんだねー」 「そうだな。同小なんて思わなかったからな。実際、卒業アルバムを見てびっくりしたし」 「狭い世界なのにねえ! 一度も同じクラスにならなかっただけなのに」 「ホント!」 ふたりは小学校の前に並んで立つと、日をたっぷりと浴びて光り輝く桜の花びらを眺める。 自然が見せてくれる美しさは、時折、とんでもないほどの美しさを醸し出す。 「…今年は同じクラスになれると良いな…」 「私たちは目指すところも同じだし、選択科目も同じだから、その可能性に期待をしたいよね」 「ああ」 ふたりは小学校の桜を先ずは堪能したあとで、その近くにある公園の桜を見に行く。 「綺麗だね!」 「あ、あの辺りが花見には良いかもな」 「うん、行こうよ!」 ふたりは特等席とも言える場所にレジャーシートを敷いて、そこにゆっくりと腰を下ろす。 「ホントに綺麗だよ」 「ああ」 香穂子がはしゃぎながら桜を見ていると、土浦の視線を感じる。 春色にときめいて、蜂蜜のように蕩ける気分を味わいながら、香穂子は土浦を見た。 「…いや、綺麗だと思ってな」 「さ、桜、綺麗だよね」 「いいや。お前がな」 土浦は照れたように笑いながら、香穂子の髪に絡み付いた桜の花びらを指先でそっと絡め落とす。 「べ、弁当にするか」 「そ、そうだねー」 お互いに意識をし過ぎてしまったせいか、花見弁当に助けを求める結果となってしまった。 「きんぴらごぼうか」 「うん、作ったんだ。以前のリベンジ」 「どれだけ成長したか、見てやるよ」 土浦はそう言ってきんぴらごぼうに箸を伸ばす。土浦が食べている間、香穂子は気が気ではなかった。 ドキドキが脳天を突き抜けてしまうほどに緊張してしまう。 「…うん、悪くない。前より上手くなってるぞ! 美味いっ!」 土浦が春の陽射しよりも温かくて眩しい笑顔を浮かべてくれたものだから、香穂子はうっとりと見惚れた。 「良かったよ!」 その後、土浦とお弁当を交換しながら美味しい時間を過ごした。 「腹いっばいだな!」 「私も!」 土浦は思い切り伸びをすると、いきなり香穂子の膝を枕にして寝転がる。 「…少しこのままでいさせてくれ。香穂」 「…うん…」 「なあ、“愛のあいさつ”を弾いてくれないか?」 「うん良いよ…」 香穂子はヴァイオリンを持つと、愛のあいさつを奏で始める。 桜がはらはらと舞いまるでヴァイオリンに合わせてダンスをしているかのようだった。 恋いも桜も満開---- |