*くちびるから*


 明智に抱く感情の意味が何なのか、ほたるはずっと分からなかった。

 ほたるにとって、誰かを切なく甘く慕うと言う感情を今まで持ち合わせたことがなかったのだ。

 明智を見つめるだけで温かくて、切なくなる。そして、深く幸せな気持ちになるのだ。

 これ以上ないほどに。

 明智にならば、口付けられても良い。

 そんなことすら頭によぎる。

 いけないことだとは、分かっているのに。

 掟破りなことも。

 あの唇に触れられたら、もう後戻り出来ないことも、分かっている。

 この命が尽きるまで、明智から離れることが出来なくなることも、分かりすぎるぐらいに、分かっている。

 だが、口づけをされたい。

 あの艶やかな唇に触れたら、きっとどんな媚薬よりも素晴らしい味わいを覚えるのだろう。

 そんなことばかりを悶々と感じながら、ついつい明智の魅惑的な唇ばかりを、見つめてしまう。

 明智の唇ばかりを見つめ、考えているからだろうか。

 ほたるは、官能的で心臓がいくつあっても足りなくなるような夢を見た。

 

 闇に灯るほのかな橙色の光に照らされながら、ほたるは明智と見つめあっていた。

 そっと明智に抱き寄せられる。

 明智からはほんのりと白檀の香りがした。

 明智の香りを胸に吸い込むだけで、甘く、切ないのに、何処か幸せな気持ちになる。

 ずっとこの香りを嗅いでいたくなるほどの、香しく、愛しい香りだ。

 抱き締められると、優しいのにとても力強く、逞しい温もりを感じる。

 守られているようだ。

 ずっと誰かを守る立場にいた。

 当然、明智を守る立場に、今もある。

 だが、この瞬間だけは、明智に守られたいと、ほたるは思った。

 誰よりも想いを寄せている明智に、守られたい。

 ほたるにはその想いしかない。

 明智の腕のなかにいる幸せに浸りながら、ほたるはそっと顔をあげた。

 すると、明智の麗しいほどに魅力的な瞳がこちらを、官能的に見つめていた。

 動けない。

 これで動けたら、相当のものだと、ほたるは思う。

 自分には無理だ。

 ほたるは固まったままで、じっと明智を見つめた。

 すると明智は、官能的で蕩けるような笑みをほたるに向けてきた。

 その笑みに、心のなかを蕩けさせられる。

「……私は、君を離すことはないから、その覚悟を持っていて」

「明智殿……」

 そのまましっとりと唇を重ねられて、ほたるは全身が水になり、沸騰してしまうのではないかと、思った。

 しっかり抱き締められて、ほたるはこのままでいたいとすら、思った。

 

 そこで、目が覚めた。

 こんな夢を見るだなんて、やはりどうかしていると、ほたるは思った。

 余計に明智を意識してしまう。

 ただでさえ、いつも意識しているのだというのに。

 ほたるは、溜め息を吐いた。

 明智に逢うなり、やはり明智ばかりを意識してしまう。

 明智と目が合うだけで、つい目を逸らせてしまう。

「どうかした? 君はぼんやりばかりだ」

 明智は溜め息を吐くと、目頭を押さえて、呆れるような表情をする。

「何でもありません……」

 明智とは上手く目を合わせることが出来なくて、ほたるは、つい視線を落とした。

 すると明智は皮肉げに眉を上げた。

「君は、何かあると、直ぐに“なんでもない”と言うね。何かあるのでしょう? 正直に言いなさい」

 明智にピシャリと言われても、ほたるは上手く答えられない。

 あなたの唇を意識していますだなんて、到底、言えるはずもない。

「何でもありません。本当に。明智殿が心配されるようなことは、何もございません」

 ほたるは凛とした声で、キッパリと言ったが、やはり明智とは上手く目線を絡ませることが出来なかった。

「本当に君ほど強情な女はいないかもしれないね……」

 明智は深々と溜め息を吐くと、ただ真っ直ぐほたるを見る。

 心を射抜かれる。

 いや、もうとうに射抜かれているのかもしれない。

 明智の顔がすぐ近くにある。

 整いすぎている美しい顔が直ぐ近くにあると、鼓動がおかしなことになる。

「君のその唇に訊かないと、分からないかもしれないね……」

 明智は大きな溜め息を吐いたかと思うと、ほたるの唇にいきなり綺麗な人差し指で触れてきた。

 ほたるは息をのむ。

 まるで、明智と口付けたいと思っていることを、知っているかのようだ。

 ほたるが狼狽えていると、明智の唇が甘く歪む。

「……唇に訊いてかまわないと、いうことかな?」

 明智の艶のある声に、ほたるは抵抗することが出来ない。

 ただ黙ることしか出来ない。

「……それは、肯定していると、取ってもかまわないのかな?」

 先程までの呆れ顔とは裏腹に、今は心から楽しんでいるかのようだった。

 ほたるは、どう答えて良いのかが分からなくて、ばつの悪い気分で、つい黙りこんでしまう。

 上手い言葉が見つからない。

 ほたるが黙っていると、明智は益々楽しそうにする。

「そう、だったら、君の唇に訊くのが一番だね……?」

 明智はどこか危険な雰囲気すら漂わせながら、いきなりほたるを抱き寄せてきた。

 いきなり過ぎて、ほたるは狼狽える。

 だが、白檀の香りにこのまま酔しれたいとも思ってしまう。

 ドキドキしながら、どこか自然に明智に身を寄せていると、顎をついとあげられた。

 明智の美しい顔がそのままとびこんでくる。

 こんなにも近くに明智の顔があると、微動だに出来なくなる。

「……本気、なのですか?」

 ほたるが声を震わせながら訊くと、明智はフッと微笑む。

「本気だよ。唇は何でも教えてくれる。触れたら、何でもわかるよ……」

 明智はゆっくりと顔を近づけてくる。

「唇に訊かせて貰うよ」

「……明智殿の……?」

 更に顔を近づけてくる。

 明智の美しい顔がこんなに近くにあると、鼓動が早鐘のように高まり、おかしくなる。

 つい、目を閉じてしまう。

 明智の少し固さのある弾力的な唇が、ほたるの唇に重なる。

 唇から感情や想いが、体温となって注がれる。

 明智のことが好きだと、明らかに分かってしまう。

 明智から離れようとして、更に強く引き寄せられた。

 唇が離れ、ほたるが目を見開いて動揺していると、明智が笑った。

「君の気持ちは感じ取ったよ」

 明智は甘く笑うと、ほたるを抱き寄せる。

「私から離れないように……」

「はい」

 明智の言葉の裏にある、ほたるへの明らかな好意を感じとると、そっと頷いた。



 クジ